第6話 俺を頼れ

 スクールタイムが終わり俺は放課後、屋上へと向かっていた。扉を開けると俺が呼び出した相手は既に来ており、肩までかかる金髪を風になびかせながら町を儚げに見下ろしていた。


 こちらに気付いたのか、すぐに元気な顔を繕って振り向きざまに笑顔を向ける。




「おっす蓮。珍しいね、蓮の方から呼び出すなんて。もしかして告白かなぁ」




 そんな事を言いながら俺をこちらへ手招きする。俺は璃子のいる手すりにまで近づき同じく町を見下ろす。




「それで、どしたの」


「佐倉先輩って人が俺のところを訪ねてきたんだ。それで、その人からいろいろ聞いた」


「舞さんが・・・」




 驚いたのか一度こちらに視線を向けるが、再び町の方へと視線を戻しながらその顔を下に向けてしまう。




「もしかして、聞いたの?」


「バンド仲間のことだろ、それでお前が落ち込んでるから何とかしてくれってさ」


「・・・そっか」




 そう言うと璃子は雰囲気を重くして黙り込んでしまう。やはり人前には出さないだけで、相当落ち込んでいるんだろう。




「あたしがもっとあの子のことを気にかけていたらって、だってあたしが一番仲良かったんだし」


「同じクラスなんだろ?」


「うん。1年生の頃から一緒に軽音楽部に入ってさ、それからずっと一緒に練習してきた。それがこんな簡単にいなくなちゃうなんて。警察の人も探してるらしいけど、まだ手掛かりは何もつかめていないって」




 そう言いながら璃子は目をつぶる。よほど心配しているらしいがそれだけではない。


 どうやら罪悪感を感じているらしい。一番の友達が自分が知らない間にいなくなってしまったのだ。自分がその日何かしらの行動をしたり、もっと話したりしていれば、確かに何も言わずに疾走するなんてことはなかったのかもしれない。


 もしそれが事件だった場合、どうしようもないことだ。何せ本人の意思は関係なかったのだから。


だが璃子はそうは思わないらしい。泣きかけているこの顔がその証拠だろう。


友達のことに関して責任を感じてしまうこと。その点では葉島とは真逆なのかもしれない。


もちろんこの件に関して、璃子が責任を感じる必要は一切ない。何せ璃子には関係のないことだからだ。事件だった場合犯人が悪いし、もしこの失踪が本人の意思によるものだったとしたら、その責任は佐藤和奏本人にあるだろう。




、手遅れになちゃった・・・」


「っ・・・」




 そう言って俺は思わず息を詰まらせる。


 この鳴崎璃子は俺の過去に深くかかわっている。


俺が両親の元を離れ独り暮らしをすることになった要因の一つだ。




「あの時のことは、お前は完全にとばっちりだろ。それにもう終わったことだ。いつまでも引きずる必要はない」


「そうかもしれないけどさ、あの時もあたしがもっと早く気づいていたら・・・」




 世の中にはどうしようもないことがいくつもある。だからある程度の理不尽は受け入れないといけないのだ。そうしないと、俺は生きていけなかったのだから。




「確かに結果は変わったかもしれない。でも、正直俺は今の暮らしの方がいい。結果よければすべてよしだ」


「・・・」




 璃子は何も答えない。やはり自分が悪いのだと思い込んでいるのだろう。




 あの時のことは俺の両親が悪いし、なにより一番悪いのは何もできなかった無知で無力な俺自身なのだ。




「それで、お前はもう諦めているのか」


「そんなこと!」




 やはり友達のことは諦めていないらしく、まだ無事に生きていると信じているらしい。




「お前のことだから何かしら動こうとしたんだろ。そのクマがいい証拠だ」




 精神状態が不安定なのもあるが、恐らく佐藤和奏の痕跡をたどっているのだろう。


 クラスメイトや部活の仲間にも明かしてはいけないとなると、かなり慎重になる必要がある。




 そしてその結果が恐らく今の璃子の精神状態に行きついているのだろう。




「・・・確かに、あたしなりに動いてみたし、実家のつてで色々調べてもらった」


「それで、何かわかったのか?」


「・・・事件性はないって」


「・・・は?」




 予想外の答えに俺は思わず聞き返してしまう。これが不審者や異世界人による誘拐などではないとしたら・・・




「その時間帯は不審者の目撃情報もなくて、怪しい人影とかもなかったんだって」




 俺は一つの結論にたどり着いてしまう。




「つまり、自分の意志で失踪したのか!?」


「・・・」




 何かあると思っていたが、これで璃子が落ち込んでいる本当の理由が分かった。


 つまり璃子の友達である佐藤和奏は自らの意志でどこかへ失踪したのだ。しかもそのことをだれにも相談せず一人で決行した。


 璃子はそれを止められなかったことを後悔しているのだろう。




「やっぱりあたしはダメだ・・・また何もできなかった」




 そう言ってとうとう璃子は静かに泣き出してしまう。




(久しぶりに見たな、こいつが泣くの)




 最後に見たのは小学生の時に転んでひざを擦りむいて泣いた時だ。あの時は膝に来る痛さで泣いていたが今は違う。


 璃子の心が泣いているのだ。


 俺は璃子のことをすべて理解しているわけではない。


 二人の関係に何ら関係のない俺が口を挟むのはお門違いだし、そもそも俺が何かを言えるような人間ではないのだ。


 だが俺は璃子に聞いておきたいことがあった。




「もう一度聞くぞ璃子、お前は諦めるのか?」




 そう言って泣きながら俺のことを見る。その瞳はうるんでいてクマを隠してしまうほど赤く腫れていた。




「諦められるわけ、ないじゃん! だって友達なんだよ? あたしの一番大事な親友。もう一度会って話をしたい。そして困っているなら力になりたい。でも・・・」


「何もできないと?」


「もうこれ以上はあたしじゃ何も調べられないし・・・警察の人だってお手上げなんだよ? もう何もできることはないよ・・・」




 あとは友達の無事を祈るしかできることはないらしい。だが、俺は違うと思った。




「お前が取れる行動はまだあるぞ」


「何言って・・・」


「頼ることだよ」




 そう言って俺は璃子の涙をハンカチでふき取り、それを彼女の手に持たせる。




「お前は友達を助けたいんだろ? なら、助けるために助けを求めるのは間違ったことか?」


「・・・」


「お前が助けてほしいなら、俺は喜んで助けるさ。それにこう思うのは俺だけじゃないだろ? お前の部活の仲間たち、クラスメイトに学校の連中。たくさんいるじゃないか」


「でも、みんなには関係のないことだし」


「友達が困っているなら助けになりたい。お前が今言ったことだろ」




 だから俺は彼女を助ける。正直俺はこれ以上あのウィッチとかいう少女に関わるのはよした方がいいだろう。俺の体を回復させなければならないし、幼馴染が助けを求めているのだ。敵を倒すことより誰かを助けることを俺は優先したい。




(お前もそう思うだろ・・・リブラ)




 きっと俺の相棒もそう考えるはずだ。


 だからウィッチのことはリブラに任せて俺は彼女を助けることにしたい。


 リブラには何の相談もしていないが、もし今日のことを話せば俺と同じことを言い出すと思う。




「だからさ、俺も力になるよ。だからお前も諦めるな」


「・・・ぐすっ」


「ほら、まだ全然遅くはないぞ。」


「・・・・・うん」




 そう言いながら俺たちは日が沈むまで屋上で空を眺めているのだった。






  ※






「そういえばさー蓮、一つ聞きたいんだけど」




 多少の元気が戻ったのだろう。しばらく会話をしていた璃子が疑問を浮かべこちらに話しかける。




「舞さんに頼まれたって言ってたけどさ、蓮って舞さんと知り合いなの?」




 そう言えば俺もこいつに言いたいことがあったんだよな。




「いいや、今日初めて会って、お前のことを頼まれたんだ」


「は?・・・どういうこと」




 俺は璃子を問い詰めるように話し出す。




「お前さ、部活で俺のことをしゃべってるそうだな?」


「・・・・・へ?」




 ぽかんとしたらしい璃子が目を大きく見開いていた。




「お前さ、何をしゃべったか知らないが、あんまり余計なことを・・・」


「えっ、えぇぇぇぇーーーーー!!!」




 何故だか急に璃子が慌てだした。夕日のせいでよく見えないが心なしか顔が真っ赤に染まっているような・・・




「なんで、どうし・・えっ、聞いたの、先輩言ったの、言っちゃったのー!?」


「ちょ、お前落ち着けって」


「ど、どこまで聞いたの。なにを、どこまで!」


「いや、俺はお前が俺のことをペラペラしゃべっているとしか」


「ほんと! ほんとにそれだけ!?」




 まるで正気を失ったように荒れ狂う璃子を落ち着けながら俺は自分が聞いたのはそれだけだと改めて伝える。




「いやそうだよ。どうせお前、余計なこと喋って笑いのネタにしてんだろ!」


「いや、それはー」


「俺の目を見て答えろ」


「えっと・・・まあ、そんな感じ?」




 俺は思いっきり呆れるが、なぜだか璃子はほっとした様子を見せる。




 よくわからないまま俺は璃子を家に送るために駐輪場へと向かうのだった。


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