第12話

「ちょっと出てくるよ」


 そう告げると、マーガレットが扉の前に立ちふさがった。


「エルムス様を呼びますので、待ってくださいな」

「別に逃げやしないよ。ちょっと野暮用があるだけさ。すぐ戻る」


 出発を三日後に控えているのだ、ここでの用事は全て済ませておかなくては。

 世間では終活とか言うんだっけか?

 まあ、毎朝毎朝、飯の前に「死を想えメメントモリ」なんてありがたいお話をされれば、アタシだって準備するべきかと思う。


「他の方の目があります」

「言わせとけ」

「嫌ですよ。セイラさんは、すぐそうやって悪ぶろうとするんですから。とにかく、待ってくださいな」


 マーガレットが鈴を鳴らすと、別の修道女がすぐに駆け付けて、言伝を持ってまた去っていく。


「信用ないねぇ……」

「前科十五犯ですからね」


 げ、何でバレてんだ……。

 もしかして、アタシの行動筒抜けだったってのか?


「バレますよ、そりゃ。ほら、エルムス様が来てくださいましたよ」


 早めの靴音と共に、エルムスが姿を現す。


「お出かけですか?」

「……はぁ、そうだよ」


 こうなっては仕方ない。

 今日ばかりは、その偉そうな司祭服の御威光にあやかるとしよう。


「どこに?」

「下町だよ」


 もう面倒になったので、自分も着替えずに向かうことにする。

 このひらひらとした聖女候補用の服だって、もしかしたら何かしら御利益があるかもしれないしな。


 エルムスと一緒に、街の大通りを歩く。

 大聖堂があるこの街じゃ、聖職者は珍しくもない。

 誰にも注目されることなく、アタシ達は下町の奥に入り込んでいく。


「まずは、あそこだ」


 貧民街スラムとの境が曖昧な下町の一角。

 その中でも異彩を放つ大きな建物を、アタシは指さす。


「あれは……」

「依頼斡旋所だよ。日雇いから魔物退治まであらゆる依頼があそこに集まってくる場所さ」

「冒険者ギルドではないんですか?」

「冒険者ギルドじゃはねられるような仕事もここじゃ斡旋してくれる。命の価値の軽い人間が多いこの辺りならではの依頼も多いけどね。こっから先はちょっと黙ってな」


 開けっ放しの扉をくぐって、奥へと進む。

 中は薄暗く、酒とたばこの臭いが充満している。

 さすがにこの辺りに聖職者が来ることは珍しいので不躾な視線が投げかけられるが、気にしていても仕方がない。

 かけられる声も諸共に無視して、最奥のカウンターへと向かったアタシは、気だるげに座るスキンヘッドの大男に、舌打ちで合図した。


「バックヤードに通しな」

「……あん? って、おめぇ、セイラか。いい服着て僧侶たらし込んだのかよ」

「教会侮辱でしょっ引かれたくなかったらさっさとしな」

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