第6話

 大聖堂に来て、一ヵ月がたった。


 食事メシは少々味が薄いものの三食美味いし、おかわりもできる。

 ベッドは柔らかくて、毎日洗濯されるシーツからはいつもいい匂いがする。

 一日だらだらしていても誰も怒らないし、逆に何かしていても誰も咎めない。

 多少、肩身の狭い思いをしないでもないが、命の危険がないというのはいい。


 ……こんなところにいたら、人間駄目になるんじゃないか?


「セイラ。ここでの生活はどうですか?」

「飽きた」


 毎日顔を出すエルムスの問いに、率直な意見を端的に伝える。

 相変わらずの細目に柔和な笑みを浮かべて、首をひねるエルムス。


「おかしいですね。僕に黙って何度か抜け出しているのに、暇ですか?」

「げっ」


 何でバレてるんだ。

 マーガレットにだって一回しかバレてないのに。


「セイラ。あなたの安全を考慮してのことですから、次からはきちんと知らせてくださいよ?」

「めんどくせぇんだよ」

「契約違反は報酬減ですよ?」

「く……ッ!」


 なんだってこの男はこうもアタシに拘るのか。理解に苦しむ。

 聖女候補は他にも数人いて、いずれも貴族や商家のキラキラしたご令嬢たちだ。

 はっきり言って、アタシの出番はないだろう。


「もう、あのアンナとかいう貴族のお嬢さんでいいじゃないか」

「確かに、彼女は随分と精力的に奉仕活動をされておられるようですね。聖女の呼び声も高いとか」

「そりゃそうだろ」


 初日に廊下で会ったアンナが真の聖女に違いないという噂は、そこらかしこで聞かれた。

 あのお嬢様は騎士の詰め所に積極的に訪れては愛想と回復魔法をふりまいたり、大聖堂の司祭たちとも積極的に親交を深めているらしい。

 仕事熱心で結構なことだ。


「今日は午後から、出席していただく催事がありますので外出しないでくださいね」

「めんどくせぇなぁ……」

「午前中は好きにしてもらっていいので、そこを何とか」


 エルムスは大聖堂所属の司祭様だ。

それが、どうしてスラムの便利屋に頭を下げてるのかもよくわからない。

 しかし、こうして頭を下げられたら、アタシとしては無碍にすることは難しい。

 何と言っても、この太っ腹な司祭様は毎日きちんと報酬を払ってくれるのだ。

 誠意ある依頼主には誠意でもって返す。


 それが、便利屋としてのアタシの矜持でもある。


「んじゃ、適当にぶらついてっから。午後に呼びに来てくんな」

「承りました。では、後ほど」


 会釈して出ていくエルムスの背中を見送って、そっと控えていたマーガレットをちらりと見る。


「バラしたね?」

「バレるのがいけないんですよ。わたしの事もうまくごまかしていただかないと」

「はぁ……ったくよ。お出かけくらい好きにさせろっての」

「エルムス様は心配しておられるのですよ。……わたしもね」


 そう微笑まれると、今度こそ何も言えない。

 この数週間で、マーガレットについていろいろ知った。

 彼女ばかりは、少し信用していて……少し頭が上がらない。

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