第5話

「で、こいつ誰なワケ?」

「ポリー伯爵家のご令嬢、アンナ様です。『光の刻印』がお身体にある、今代の聖女候補ですよ」


 マーガレットの紹介に、渋々といった様子でスカートをつまみ上げカーテシーをするアンナ。


「おう、そうかい。アタシはスラムの何でも屋、セイラだ。覚えなくていいぜ。ここにはよくわかんねぇ仕事できただけだ」


 礼儀として、軽く会釈だけ返しておく。

 カーテシーなんて、アタシはまともにできないし、摘まみ上げるスカートも履いちゃいない。


「あなたにも『光の刻印』がありますの?」

「似たような形の痣があるだけさ。いい迷惑だよ」


 心底のたっぷりとしたため息を披露する。

 こんなキラキラした適当な候補がいるなら、何もどぶの底スラムからアタシを捕まえてくることないだろうに。


「セイラ様は今から湯あみですので、これで失礼いたしますね」

「……ええ。ごきげんよう」


 アンナの言葉に「ゴキゲンヨウ」とオウム返しをして、マーガレットの後ろについて行く。

 背後から視線を感じるが、タダ見するくらいなら金でも恵んでほしいところだ。


「なぁ、マーガレット」

「はい?」

「ああいうのが何人もいるのかい?」

「はい。現在十余名の候補者様がこちらの大聖堂に御滞在されてますよ」


 はぁ……場違い感が増してきた。

 そんなにたくさんいるってのに、何だってアタシなんかが連れてこられたのか。

 あれか?

 あえて、下の人間を一人置くことでガス抜きしようって魂胆か?


 まったく、エルムスめ。性格の悪い。

 まぁ、金の為なら少々のサンドバッグくらいにはなってやるさ。

 この様子だと、命のやり取りはなさそうだし、それで金貨が手に入るなら儲けものだ。


「さぁ、セイラさん。上から下までピッカピカにして差し上げますからね」

「はぇ?」


 エルムスへの文句を考えているうちに、いつの間にか浴室についていた。


「さ、脱いで脱いで。手伝いは必要ですか?」

「いらねぇよ! ってか、マーガレットも一緒なのか?」

「当たり前でしょう? きっちりと、お世話させていただきますからね!」


 やる気みなぎる様子のマーガレットが、修道服をするすると脱いでいく。

 心の中で舌打ちしていると、その肌に目が留まった。


 腕、脚、背中、腹、胸。

 マーガレットの体中に、ミミズ腫れのような傷がある。

 視線に気が付いたらしいマーガレットが、小さく俯く。


「これは見苦しいものを……失礼しました。すぐに湯衣で隠しますので」

「いや、じろじろ見ちまってすまなかったね」


 あれは、鞭で打たれた後の傷だ。

 こんな年若い女に、誰があんなことをしたのか。

 相変わらず世界は狂ってる。


「さぁ、セイラさま。お覚悟なさいませ」

「待て、アタシは自分でできる!」

「はいはい、これもお仕事の内でございますよ」


 すっかり道具を取りそろえて笑うマーガレットに、アタシは渋々うなずくしかなかった。

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