第78話

 シナリスはもう一度だけ大きくあおると、どかっと音を立ててジョッキをテーブルに置き、顔を寄せて声を潜めた。


「噂くらいなら知ってるだろ? 悪魔の斥候の話」


「い、いえ……。せっこう? 何です? それ」


「決闘場の連中のあいだじゃあもう広まってるぜ? 知らないのか?」


「ええ、僕はこの街に来たばかりで、正直何も……。例の決闘場の件もホントに偶然で……」


「…………まあいい」


 予想以上に想次郎が何も知らない様子だったので、シナリスは一から説明することにしたようだ。


「良いか? 最近このあたりで悪魔の斥候らしき魔物がうろついてるらしい。そのへんの魔物とはわけがちげー。魔王軍の幹部が直接従える配下の魔物だ」


「それって……その魔物は何の為に?」


「そりゃあこれから攻め込む人間様の陣地を視察してるんだろうよ」


「そんな……」


 それを聞いて想次郎の中で色々な考えが過る。


 エルミナの為を除けばわざわざ強敵に挑む理由はない。しかし、シナリスの話が本当だとすれば、この街はいずれその魔王の幹部とやらに攻め込まれることになる。当然その前にこの街を去るのが得策だ。しかし、今世話になっているクラナやミセリたちを残して逃げ去って良いものか……。


 色々な考えが巡りながらも、その「悪魔の斥候」に立ち向かうという選択肢は思考をかすめることすらなかった。


「今、あの決闘場で腕のある連中を中心に国が有志で討伐部隊への参加者を募ってる。参加するだけである程度のはした金が貰えるが、もしその魔物の一体でも打ち取ることができれば大金が支払われるってこった」


「その魔物ってどんな魔物なんです?」


 想次郎は訊きながら緊張感で喉を鳴らす。


「目撃者の証言じゃあドラゴンってのが濃厚らしい」


「ど…………」


 想次郎の中で元々ほとんど存在しなかった〝参加〟という選択肢が遠くの彼方へ吹き飛び、完全に見えなくなった。


「あぁ……やっぱあいつらドラゴンか……。ったく、ぶんぶん飛び回りやがって……」


 ナツメはどうやら心当たりがあるようだ。しかし、そんなナツメの反応に気付けないくらいに、想次郎は断り文句を考えることで精一杯だった。


「どうだ? やるだろ? 大金が入ればちまちま雑魚狩って稼がなくて済むんだ」


 想次郎の胸中を知らないシナリスは、その身を以て想次郎の実力を思い知っているるだけに、ほとんど決定事項のように話を進める。


「大金……」


 断り文句を探す想次郎の耳に刺さるそのフレーズ。急に意識を会話に戻される。今や想次郎にとって金を稼ぐ手段は最重要だ。


「えっと、し……、シナリス……さんは、何でそんなにお金がいるんですか?」


 すぐに結論を出せない想次郎は時間稼ぎ的な意味合いを込めて、そうシナリスに質問挟んでみる。


「『さん』はやめろ。敬語もな。てめぇは俺に勝ったんだからよ。ムカつくことによ」


「じゃ、じゃあ、シナリス。何でシナリスはお金が必要なの?」


「反対に聞くが? この世に金が必要じゃねぇ人間なんているのか?」


「あ、いえ、それは……」


「金さえあれば何でも買える。こいつも、女も。そうすれば愉快に面白可笑しく日々を暮らしていけるってもんさ」


 シナリスはジョッキをかざしながら声高らかに答えた。


 ある程度見掛けや素行で判断していたとはいえ、返って来た回答は想次郎の想像以上に俗物めいたものだった。


「あの決闘場でもあまり稼げなくなってきてたとこだしよぉ」


「決闘場にそういった話が来るのは、やっぱり戦える人が多いからなのかな?」


「そりゃそうだ。元々あの決闘場は表向きは趣味の悪ぃ娯楽施設だが、国が運営する真の目的は、腕に覚えのあるやつを探し出して軍に引き抜く為のもんだからな」


「そうなの?」


「…………。ところでお前……何でそんなに無知なんだ? どっか別の世界からやって来たわけでもあるまいし」


「はは……まさか……」


「ま、もしそうだとしたら、一面お花畑の悪人なんていないさぞお気楽な世界だろうな」


「ははは……」


 想次郎は笑って誤魔化すしかなかった。








------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【魔法】

雷属性C2:エレクトゥム

装備武器に一定時間、雷属性をエンチャントする。

雷の魔力を付与された武器は仄かに青白い光を帯び、閃光の尾を引きながら刃が舞う様子は流麗ですらある。強力な電気が流れる為、金属製の鎧や剣で防ごうとするのは愚行と言える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る