第51話
「まあまあ、落ち着いてください」
只ならぬ想次郎の様子に、アウルムは両手を広げ、身振りを交えながら想次郎を宥めた。
「ほら、深呼吸して」
想次郎は言われた通り深呼吸をする。一度大きく息を吸い込み、吐く時は弱々しく、ゆっくりと。あまり勢いよく吐き出してしまっては涙が先に毀れてしまいそうだった。
「いいですか?」
「はい……」
想次郎の返事を聞き、アウルムは話を続ける。
「そんな様子では建設的に会話を進めるのは無理でしょうから、まず結論から言います。あなたが罪に問われない方法があります」
それを聞いて一瞬、想次郎は時が止まったように錯覚した。
「ほ、本当ですか!?」
たっぷり一秒程固まって、それから想次郎は思わずテーブルに身を乗り出す。
「ですから落ち着いてください」
「す、すみません」
想次郎は目元を拭い、ソファに腰を落ち着けた。
「僕、何でもします!」
「実によろしい」
極刑に比べればそれ以上に辛いことなどないと思った想次郎は、真剣な眼差しをアウルムに向ける。アウルムは両手をすり合わせながら口を開いた。
「方法と言いますか、これはある種の取引です。あなたには次の決闘の試合に出場して頂きたいのです」
「はい…………。はいぃっ!?」
その言葉に、想次郎は思わず声を荒げる。
「大丈夫、大丈夫ですから。まったくあなたは忙しい人だ」
アウルムは想次郎を宥めつつ、説明を続ける。
「あなたには次の決闘に出て、それで勝ってほしいのです」
「ぼぼぼぼ僕が?」
「ええ、あなたが」
アウルムは当然とでも言いたげな様子でさらりと返す。
「で、でも! 決闘……なんですよね? 死んじゃう危険とか……あるんじゃ……」
先程「何でも」と口にした手前ではあるが、想次郎にとってそれは死刑宣告も同義であった。レベルという戦闘能力の上では想次郎の方が優勢である可能性が高いものの、実際に人間と戦う勇気など今の想次郎は持ち合わせていない。
「まあ、通常の試合ならそういう不幸もあるでしょう」
「『通常の』ってことは……」
「あなたにお願いしたいのは少し特別な試合です。いわゆる演武みたいなものです。観客を楽しませる為のね」
「あの……話が見えないのですが」
これまで狼狽する想次郎にも構わず、躊躇いなく本質を突いていたアウルムの言葉が、ここに来て急に要領を得なくなる。
「つまり、次に行われるのは予め勝ちの決まっている試合になるわけです」
「勝ちが……決まって?」
「実は既に対戦相手となるもう一人とは話が付いています。決闘が始まって、程良いところでその彼が降参する手筈になっています」
「降参しても良いんですね」
「おや、あなたは本当に何も知らずにここに来たのですね」
「ええ、それはまあ……」
想次郎は考える。窮地を脱したとは言い難いが、焦燥感でいっぱいだった先程に比べると、多少考える余裕くらいはできていた。
「そもそも何でそんなことをするんです?」
想次郎は思い切って核心に触れる。ギャンブルに対する造詣は決して深くない一高校生である想次郎だが、それでも彼にも何となく〝八百長をする意味〟というのが想像できていた。
それでも聞いておかなければと思った。常識も法律も不確かなこの異世界の地で、何もわからないまま進めるのは命取りになりかねない、今回の件で想次郎はそれが痛い程わかった。
「そのあなたのお相手の男というのが、些か強過ぎたんです」
「強い相手」それを聞いて想次郎は思わず固唾を呑んだ。
「その男というのがですね、当レイヴトラオム闘技場においても大変人気の出場者でして、我々としても今後大切にしていきたいのですが、強過ぎる所為で最近はあまり賭けにならないのですよ。わかりますね?」
「ええ、ここまでは……」
「ですから次の試合でその男が敗北することで、その次以降の決闘がより有意義でスリリングななものになるようにと、端的に言えばそういった算段です。当然その負け役の男も勝った時の賞金目当てで出場しているわけですから、それなりの依頼料をお支払いしています。今回あなたに対する依頼料は、これをわたしたちが見なかったことにする。それでどうでしょうといったお話しです」
アウルムはまたも太い指でテーブルの紙面をとんとんと叩いた。
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【魔法】
地属性C2:ヴェンデ
対象一体へ地属性中ダメージを与える。
岩や砂、大地といった既に存在している物質そのものに影響を与える地の魔法は、火や水のような魔法と違って、魔力が力へ変換される効率が良く、少量の魔力でも比較的大きな破壊力を得られる。しかしその見た目通り繊細さには欠けるようだ。
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