第50話

「あなたはこの街のお人ではありませんね」


「はい。そ、想次郎・皆月と言います。この街には来たばかりでぼぼぼ、僕……な、何も知らなくて……」


 想次郎は冷静になれと自身に言い聞かせながら答える。しかし震え声はどうしようもなく、言葉の端々が危うい。


「そうですか……。安心してください。わたしはキチンとあなたの話を伺います」


 アウルムはにこやかな笑みで絡めた指を組みなおした。


「あの……僕は何で連れて来られたんですか?」


「ふぅむ……本当に何もご存知でない?」


「と、当然です! 僕、知らない人から換金を頼まれて……それで……」


「これのことですかな?」


 アウルムは懐から一枚の投票券を取り出し、テーブルに置く。細かい部分を覚えているわけではないが、想次郎が見る限りでは確かに自身が先程まで持っていたもののようだった。


「これを別の方から譲り受けたと?」


「はい、そうなんです……」


「ということはこれがどんなものかも――」


「わかりません!」


 必死だった想次郎はアウルムの言葉を最後まで待たず、そう答える。


 アウルムはもう一度「ふぅむ」と息を漏らすと、懐から今度は別の物を取り出す。それは換金所で見たレンズのような道具だった。


「この投票券は偽造や不正防止の為に魔法でとある仕掛けが施してあるんです。ほら」


 男は先程換金所の受付がしたのと同じようにレンズのようなものを紙の上に載せる。すると、レンズを透かして見たところだけに青白く何かの図形が浮かび上がっているのが想次郎にも確認できた。


 アウルムがその太い指でレンズを滑らせると、紙の至る所にその図形が確認できる。それは線が波打ったような形であったり、錨型であったり、数字の6や9のような形であったり、様々だった。


「全部で12のサインが刻まれています。わかるでしょう?」


「え、ええ……」


「この紋様は魔法によって全ての投票券に刻まれるものです。通常は不可視なものですが、こうして特殊な魔道具を用いることで人間には不可視な魔力線の波長を歪め、目に見えるようになるのです」


「でも……それなら――」


「これは本物だと、そう言いたいんでしょう。サインが見えたから」


 想次郎が言いたいことを予期するようにアウルムは説明を続ける。


「確かに偽造が難しいものですが、魔法の技術を使用している以上不可能ではない。魔法を使える人間は珍しくありませんから。だからこれにはもう一つ対策があるのです。このサインの位置、これは試合毎に変更が加えられる決まりになっているんです」


「じゃ、じゃあ……」


「はい。これは今回の試合のサインと一致しませんでした。つまり精巧な偽造です。ここまで精巧なものは中途半端な粗悪ものと比べて、より一層悪質と言えるでしょう。間違いなく重罪です」


「重罪……」


 その言葉を聞き、想次郎の顔からいっきに血の気が引く。


「これ、見えるでしょう」


 アウルムは紙面のとある箇所、判の押されている部分を太い指先でをとんとんと叩いた。


「この印は国の正式な国璽です。これが入っているということは、この投票券はその辺の賭博屋の適当なものとは違う、国の認めた正式な金券ということです。それを偽造したとなると紙幣の偽造と同等の罪とみなされますね」


「どんな罪です……?」


 想次郎は切迫した現状に吐き気を催しながらも、恐る恐る訪ねる。


「貨幣の偽造は例外を除き、極刑です」


「きょ……」


 あまりのことに胃の中身が込み上げる想次郎。言葉が出ず、口元を抑えた手をわなわなと小刻みに震わせることしかできない。


「いや……でも……ぼく……本当に頼まれて……」


 それでも何とか弁明をしようと言葉を絞り出すが、上手くいかない。今すぐこの場から逃げ出したい気持ちで一杯だった。だが仮に、今立ち上がってもその震える足が上手く言うことを聞いてくれる自信が想次郎にはない。


 目の前の太った男から逃げることができたとしても、扉の外には警吏の人間が待ち構えているに違いない。そう考えると迂闊に動くことすらできなかった。


「えっ……と……あ……の…………」


 何とか弁明を続けようとする想次郎だが、その口から出るのは最早言葉とはいえない呻きのようなものばかりであった。






------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【魔法】

氷属性C2:ヴァランシュ

対象一体へ氷属性中ダメージを与える。

魔力で空中に浮遊する氷の矛を形成し対象を貫く。突き刺された外傷だけに終わらず、氷の魔力は対象の体内に留まり、内側から凍り付かせる。苦しむいとまなど無い。傷は瞬時に凍り付き、そして凍死とは微睡みにも似た心地良さなのだから。

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