第49話 

 建物の中は外からは想像できないくらいに煌びやかな内装をしていた。


 足元は赤い布製の絨毯のようなものが敷き詰められ、想次郎の世界の映画館のように、飲み物の売店らしき一画も確認できる。中にいる警吏の人間たちは相変わらず無表情を貫いていたが、その反面案内係りらしき女性たちはにこやかな笑顔を振りまいていた。


 想次郎はこの街が寂しく廃れた印象でしかなかっただけに、そのやけに色彩の多い光景が酷く新鮮に感じた。


「えっと、換金は……と」


「お困りですか?」


 想次郎があたりを見回しながら右往左往していると、案内係りの女性の一人が優しく声を掛ける。


「あの……換金は……」


「投票券の換金はあの列です」


 女性が示す先には新たな列ができている。また並ぶのかと嘆息しながらも想次郎は女性に礼を言い、列の最後尾についた。


 入口の列に並んだ時程の緊張は想次郎にはなかった。それよりも早く換金を済ませ、エルミナへプレゼントを買って帰りたい。今の想次郎はその気持ちで一杯だ。


「はーい次の方―」


 受付の女性に呼ばれ、想次郎は嬉々として投票券を差し出した。


「えーっと……」


 受付の女性はまず紙に書かれている文字をチェックし、それから何やら柄の無い虫眼鏡のようなレンズを紙の上に滑らせていく。想次郎にはそれが何の行程なのか全く見当も付かなかったが、物珍しい光景に興味深く女性手元を見入る。


「うーん……」


 しかし次第に女性は表情を曇らせ始め、手元のレンズのようなものを何往復も滑らせる。時折顔を上げ、想次郎の方へちらちらと視線を向けていた。


 ようやく想次郎も様子がおかしいことに気付き始める。前に並んでいた客の時はここまで時間が掛かっていなかった。


「少々お待ちを……」


 女性は何度もレンズを滑らせたり、紙を光に透かすような仕草をした後に、そう言い残し、神妙な面持ちのまま、カウンターの奥へ行ってしまった。


 次第に想次郎に緊張感が戻り始める。何があったかはわからないが、それがあまり芳しくない方だということは何となく想像できた。


 このまま立ち去ってしまった方が良いだろうかと、周囲を確認しようとした時であった。警吏らしき男二人が想次郎の両脇から挟み込むような形で立ち塞がる。


「ちょっとこちらへ」


 男の一人がカウンター横の扉を手で示す。


「あの……えっと……僕はただ頼まれて……」


「良いから黙って付いて来い」


 想次郎が言い分を話そうとするが、男は声を押し殺しながらも語気を強めて想次郎の腕を掴む。


 想次郎は黙って付いて行くしかなかった。頭の中は後悔で一杯だった。


 扉を通ると廊下に続いており、その奥の突き当りの扉の前で男たちは立ち止まる。


「武器を出せ」


 想次郎は大人しく両腰に下げていた双剣と、腰の後ろに忍ばせていたカランビットナイフを男の一人に手渡す。


「入れ」


 そう言われるがまま中に入ると、そこは応接室のような部屋だった。中央に木製のテーブルと、対面するように二人掛けのソファがテーブルを挟んで置かれている。


 想次郎はソファに座らされると、男たちは何も言わずそのまま退室して行った。


「もう、何だってんだ……」


 想次郎は最早泣き出しそうだった。静かな部屋、先程から上がりっぱなしの心拍数の所為で身体の内側だけが忙しない。


「帰りたい……」


 少し経って、一人の太った男が部屋に入って来た。


 てかてかに纏められた髪、いかにも上等そうな服装。風船のように膨らんだ腹が今にもシャツのボタンを飛ばしそうだ。


 想次郎は思わず立ち上がって頭を下げる。


「ああ良いですよ。どうぞ掛けて」


 男は想次郎に着席を促し、自身はテーブルを隔てて対面に腰掛ける。男の体重を受けてソファは深く沈み込み、ぎしぎしと唸り声を上げた。


「さて、わたしはアウルム・オーロと申します。カイアス公国諸侯の身分を頂いておりますが、このような廃れた街を取り仕切る、しがない田舎の役人ですよ」


 アウルムと名乗る男は指を絡めながらそう簡潔に自己紹介をした。絡めた指には金色の指輪が怪しく輝いていた。







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【魔法】

雷属性C2:ライデルス

対象一体へ雷属性中ダメージを与える。また確率で麻痺状態を付与。

その魔法は雷を纏うとある幻獣の名が由来となっている。劈くようなイカヅチと共に地表に舞い降りたとされるその幻獣は、四足歩行の獣に似た外形をしており、しかしその逆立つ体表は常に青白い光で覆われている。

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