第47話

「……? なんです?」


 想次郎が尋ねると男は懐に手を入れ、


「これなんだが……」


 と言って一枚の紙を取り出した。人名らしき文字列や数字が書き込まれている他はレイヴトラオム闘技場の文字と、赤い朱肉で何らかの判が押されている。


「これは……」


「ふむ。あそこの決闘場の投票券だ」


 想次郎が何か言うよりも先に男は答える。


「実は当たっているんだが、換金に少々手間取りそうでな」


 そう言って男は咥えている葉巻を水平に立て、決闘場の入口の方を示した。


 どうやら入場待ちの行列は先程よりも長くなっており、奥の方は見えないが、男が言うには、中は中で換金待ちの行列もできているそうだった。


「わたしはもうこの街を出なければならないのだが、あれではな……」


 そこまで聞いて想次郎にも大体の察しが付く。


「ああ、つまりその券を僕に買って欲しいと」


「うぬ」


 想次郎の言葉に、男はこくりと頷く。


「いくら、勝ってるんですか?」


「まあ、そんな大げさなもんじゃない。ざっと1Oオウク程だ」


「1オウク……」


 この世界に来たばかりの時ならば仕方ないとして、日々の魔物狩りで小銭を稼ぐ今の想次郎には、その額の価値というものがありありと分かる。


「でも僕、1Oオウクなんて手持ち、ありませんけど」


 想次郎がそう言うと、不愛想だった男が初めて微かな笑みを見せた。


「少年、真面目だな」


「え?」


「不躾な使いを頼むんだ。券の価値と同額なら割りに合わなくて当然だろう」


「ああ……」


 想次郎は「確かに」と納得する。初対面の人間に対してタダ働きをするのはお人よしも良い所だ。


「半値で良い」


 次いで男は手間賃の金額を示した。想次郎は頭で勘定をする。1Oオウクの半分、すなわち5Pプラム。差し引きで5Pプラムの儲け。


(5Pプラムか……)


 それは先程の店で見たネックレスの金額と丁度同額であった。


 財布の中身を思い出しながら、心が揺らぎかける想次郎。


(でも……)


 しかしすぐに考えを改めた。想次郎はこの街に来て酷い目にあったことを忘れてはいない。金を巻き上げられた時と比べれば大分紳士的な成りをした御仁だが、それでもこの異世界が想次郎にとって未知の世界であることに変わりはない。


「でも、僕あそこに入れますかね……?」


 しかしキッパリと断る勇気もない想次郎は、遠回しに遠慮したいことを示そうと、まずはそう尋ねた。


「ああ、それならこれを使うと良い」


 男は投票券に次いで、もう一つ、何かを取り出して想次郎に手渡す。それも同様に紙製だったが、明らかに投票券とは異なる上等な質の紙で、色々と細かい文字が書かれている他には投票券と同じく判が押されている。


「会員証だ。少年にやろう」


「え? でも、こんなもの頂いてしまって良いんですか?」


「問題ない。仕事の息抜きに観戦したのだが、わたしも次はいつこの街に来られるかわからないしな」


「で、でも……」


 想次郎は依然として上手い断り方がわからず、煮え切らない様子で言葉を濁す。


「はぁ……」


 すると男が大きな溜息を吐く。


「いずれにしても時間がない……。仕方ない。その投票券も少年にやる。捨てるなり換金するなり好きにしろ」


「えぇ!?」


 まさかの事態に想次郎は会員証と投票券を持ったまま、みっともなく上擦った声を上げた。


「少年の真面目さが気に入った。ではこれで」


「え? ちょ、ちょっと!」


 想次郎の呼び掛けも虚しく、咥えた葉巻を上下に揺らしながら男は平然とその場を立ち去ってしまった。







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【魔法】

風属性C2:フルトーナ

対象一体へ風属性中ダメージを与える。

風の魔法は発生させた風を敵に直接ぶつけるだけではない。強力な風で飛ばしてしまえば、それがどんなものであれ強力な攻撃となる。鉄くずであれ、木片であれ、例え脆い紙くずであったとしても。風に乗ってしまえば全ては十分に人体を深く切り裂く凶器だ。

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