第9話

 しばらく歩くと、目当ての街が見えてくる。


 ゲーム内において全てのプレイヤーが最初に辿り着く始まりの街、〝エアスト〟。この世界における大国の一つ、〝カイアス公国〟に属する街だ。


 赤茶色の屋根と黄土色の壁でできた建物が並び、舗装された地面は少なく。殆どが渇いた砂で覆われている。全体的に色彩の少ない地味な景観だ。荒涼とした街中に一つ、街の中央に位置する円形状の大きな建物が数少ない特徴と言えた。


 EXシナリオ以外に見向きもしなかった想次郎自身、あまり詳しいとは言えない。


「あの、ちょっと良いですか」


「なんです?」


 街の入口に差し掛かった時、バンシーIは立ち止まって想次郎を呼び止める。


「わたし、このまま街に入るのは良くないのでは?」


 その言葉で「はっ」となる想次郎。想次郎自身あまり意識していなかったが、彼女は一応モンスターだ。


 想次郎もまた、バンシーIと視線を合わせたまま足を止める。


 彼女の顔には額の中央から斜め下へ縦断するように縫い目が入っている。その縫い目は額から右目の下、右頬を伝うようにして流れている。そして明らかに常人ではない燃えるように赤い瞳。


「そうでした……」


 少し考えてから想次郎は口を開く。


「アイさんは街の外で隠れて少し待っていてください。何か身を隠せるものを探して来ます」


 そう想次郎が提案すると、バンシーIも他に案が浮かばなかったのか、一度頷き、大人しく近くの茂みの中へ入って行った。


 一人街へ入る想次郎。


 夕暮れ時だからなのか、元から人口が少ないのか、今からでは判断が難しいが、街の中の人通りは少なかった。


 それでも自分以外の人間とすれ違う度、想次郎は不思議な感覚になった。


 街並みも通行人の服装も元いた世界とは違う。しかし先程のグールのようなモンスターを見ていなければ、ここが自身の世界とは別世界だということを信じなかったかもしれない。想次郎はそう思った。


 眠らされて遠くの異国の地に連れ去られた可能性の方が幾分信憑性が高いものであった。


 しかし想次郎は目の当たりにしてしまっている。人外であるモンスターの存在を。自身が使った魔法を。そして何よりもゲームの中の憧れの存在であった彼女を。


 しばらく街のあちこち見て回っていた想次郎だが、一件の店らしき建物の前で立ち止まる。窓から覗くに、どうやら服屋のようであった。


 ゲーム内ならば装備品が売っているアイテム屋の位置付けだろうかとあたりを付ける想次郎。


「ここなら何かしらあるかもしれないな」


 そう意を決すると、想次郎は店に入った。


 店の外観こそ他の建物とそう遜色のない寂れた様であったが、中は意外と小奇麗で、とりどりの服が陳列されており、ドレスが着せられた木製のマネキンのようなものまで飾られていた。


 想次郎がおずおずとした挙動で店内を見渡していると、奥の方で店主であろうしっかりと整えられた口髭姿の男性が足を組んで椅子に座っているのが確認できる。


 想次郎の姿を値踏みするように眺めたかと思うと、その目はどこか訝し気なものに変わる。客に対しての挨拶すらしないまま想次郎の動向を鋭い目付きで追っていた。


 恐らく場違いな客を怪しんでいるのだろうと確信し、早くも心が折れかける想次郎。


 しかし目的を果たさないまま去るわけにはいかない。


 想次郎は居辛さを押し殺し、女性向けの服を一着一着確認していく。そして偶然目に留まった一着を手に取り、広げてみた。服には値札が付いており、5,000Fと表記されている。


「通貨は、ゲーム通りだ……」


 Fとはフィグを意味する通貨単位で、リリィ・オブ・ザ・ヴァリの世界ではフィグの他にプラム(表記はP)とオウル(表記はO)という通貨単位がある。それぞれ1P=10,000F、10P=1Oだ。


 想次郎は自身が見知っている通貨単位であることにやや安堵しかけたが、すぐに顔が青ざめた。


「そういえば、お金……」


 自身が金を持っていることを確認しないまま、半ば勢いで入店してしまった想次郎は焦りで表情そのままに硬直してしまう。


 その僅かな表情の変化に気付いてか、店主は徐に椅子から立ち上がるとあからさまな咳払いをしながら想次郎の傍で様子を伺う。


 想次郎は慌てて服を棚に戻し、ポーチの中をまさぐり始める。ゲーム通りならストーリーを進めず、散々のレベル上げで得た資金がある筈、そう信じて。


 店主が監視する前でポーチの中から革製の財布らしきものを見つけると、慌てた手つきで中を確認した。中は無数の硬貨と数枚の紙幣だった。硬貨は銅色と銀色のものがあり、どうやら銅貨はフィグらしく、1Fの銅貨もあれば、10F、100Fと種類があるようだ。対する銀貨はプラムらしいことがわかった。


 続いて紙幣だが、想次郎が確認するより早くその紙幣がオウク紙幣だと知る店主は、それが少なくとも3枚はあることに気付き、すぐに目の色を変えた。


「おやおやお客様! どんなものをお探しで?」


「え? あ、えぇっと……これ……なんですけど……」


 店主の変貌ぶりに戸惑いながらも、想次郎は先程一度手にした服を指差す。


「お目が高いですねぇ。! ああ……、ただお嬢さんには少々サイズが大き過ぎるかも……」


 どうやら店主は細身な体格の想次郎のことを女性だと勘違いしたようだった。そのことに少しショックを受けながらも想次郎は、


「あ、いえ、僕はお使いで来ただけですので、これを頂きます」


 目当ての服を即決で購入する。


「ありがとうございます! で、他には?」


「え? そ、そうだなぁ……」


 態度が良くなった店主にすっかり緊張が消えた想次郎は他にも数点、その店で選んだものを購入した。


 総額2プラム程であり、想次郎にはその価値感覚というものがいまいちわからなかったが、店主のほっこり顔を見る限り、少なくともこの街では高い買い物の部類に入るのだろうと予想する。







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【魔法】

闇属性C1:第三の眼サードアイ

対象一体のレベル、ステータス、弱点を確認することができる。

知りたいが為に人は闇の住人との契約に及んだ。深淵の中で開かれるその眼は、常人には見ることのできない何かを映し出す。何かを知ることで、知ってしまうことで、人は何を得るのか。或いは、失ってしまうのか。

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