第8話

 バンシーIに迫るグール。爪を見せ、鋭い視線で威嚇しながら後退る彼女。


 その様子を見て、瞬間的に想次郎は期待してしまった。


 ゲーム通りならばグールは最低クラスの下級モンスター。C2であるバンシーの方に分があるのではと。


 しかし、


「それはダメだ」


 想次郎は不意に描いてしまった期待を掻き消すように頭を振った。


「好きな女性が危ない時に男の僕が黙って見ているなんて」


 何かないかと必死で考える想次郎の頭に過る、一つの打開策。


「そうだ魔法!」


 そう。魔法は先程〝第三の眼サードアイ〟を使用したことにより使えることが実証されている。


 そして幸いなことに、このステージ攻略だけを念頭に置いてきていた想次郎には、アンデッドに対して最良な聖属性魔法がある。


 これ以上は考えている暇はなかった。想次郎は震える右手のひらを開き、丁度手刀のような形にすると真っすぐと前へ突き出すように構え、グールへと狙いを定める。


 そして先程したように頭で念じると手首から指先に掛けて白く輝き出した。


 最初はぼんやりと手のひらを覆うような淡い光。しかし次第にその輝きは強さを増していく。


「アイ……さんっ!」


 想いに呼応するが如く、強く、強く、より強く、際限なくその輝きを増していった。


 そして光が収束し、安定した頃合いを見計らって想次郎は叫んだ。


「フォルス!」


 瞬間、手に収束していた光は一筋の閃光となり、グール目掛けて飛んでいく。そしてグールがその緩慢な動作で想次郎の方を向くよりも早く、その頭部を貫いた。


 ぐしゃりと湿り気のある断末魔を立てながら四方に弾け飛ぶグールの頭部。頭を失ったまま二三度、左右によろめいたかと思うと、グールはその場にくずおれた。


「やった……の……?」


 数秒程魔法を放った態勢のまま硬直してしまってから、想次郎はバンシーIの元へ駆け寄る。


「あの! 大丈夫ですか!?」


 バンシーIは頬に掛かったグールのどすい黒返り血を拭いながら、


「ええ」


 とだけ、短く応える。


「その魔法、間違ってもわたしの近くでは使わないでください。危うくわたしも死ぬところでした」


「はい……すみません……」


 心の隅の方では少しは良い所を見せられたと思い上がっていただけに、辛辣な物言いに想次郎は肩を落とした。


「まあ、既に死んでいるんですけど」


 と、ジョークとも嫌味ともとれる言葉を吐き捨て、バンシーIは先を急ぐように目配せした。


 それからは一層警戒を強め、二人はやや速足になりながら出口へ辿り着く。幸いにもそれ以上モンスターにエンカウントすることはなかった。


 想次郎は墓下の迷宮を抜け、地上へ出る。


 空は夕焼けで赤く染まっており、遠くの方からは正体のわからない鳥の声が聞こえた。


 生温い風が想次郎の頬を撫でる。微かに感じる土と草の香り。


 想次郎は空を仰ぎ、立ち尽くしてしまう。傍にいるバンシーIは何の感慨もないような瞳でそんな想次郎を眺めている。


 魔法を放った右手はまだ微かに震えている。抑えるように右手にそっと左手を添えた。


 想次郎は今、異世界の空気というものを全身で感じていた。





「で? どうするんです?」


 墓所を抜け、宛てもなく歩き出す想次郎にバンシーIは尋ねる。「どうする」と言われても想次郎自身どうして良いかわからなかった。


「とにかく街へ行きましょう。とにかく落ち着ける場所を探して、考えるのはそれからです」


「…………」


「さ、さあ。行きましょう。記憶が正しければこっちであっている筈です」


 無言で返すバンシーIに狼狽えながらも、否定はされなかったので一応は肯定と受け取り、想次郎は街を目指すことにした。


 バンシーIは振り返り、遠くなっていく墓所を一瞥する。


 想次郎にはその何かを惜しむような視線が酷く寂し気に見えた。






------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【魔法】

聖属性C1:フォルス

対象一体へ聖属性弱ダメージを与える。

救いを求める者に主は微かな光を与えた。その儚い光はしかし、敬虔なる信徒を救う一筋の光明となる。魔術が異端視されていた頃に唯一許されたのは、悪魔祓いをはじめとする祈りの類であった。

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