第6話

「あ……ああああ…………」


 先程まで赤く染めていた想次郎の顔はみるみる青ざめていった。


「ああ……もう……だめそうです……。この状態から入れる保険ってありますかね……」


「何を意味のわからないこと言っているんですか。解毒薬、使っていたでしょう」


「解毒薬? ああそうか解毒薬解毒薬……」


 ゲームと違い、コマンドでメニューが出て来るわけもなく、想次郎は必死で肩に掛けていた革製のポーチ内をまさぐる。いつのまにこんなものを持っていたかということなど、考えている余裕すらなかった。


「あ、あった! これ……かな?」


 ポーチの中からこぶし大の巾着袋を見つけると、結び目を解こうとする……が、


「あ、あれ? あれ? 開かない……はぁはぁ……」


 毒の影響で身体の麻痺が始まっているのか、手がおぼつかず、上手く解けない。そうしている間にも想次郎の呼吸はみるみる荒くなっていく。


「まったく、何をしているんです。かしてください」


 傍らで様子を見守っていたバンシーIは想次郎の手から巾着袋をほとんどひったくるように取ると、細い指先でするりと結び目を解き、想次郎へ返した。


 想次郎が中を見ると正露丸のような黒い粒上の丸薬がたくさん入っている。その中の一粒を口に放り込み、死に物狂いで嚙み潰した。


「あ! おえっ! にが! まっず!」


 想次郎はその味に嘔吐しそうになりながらも何とか胃に収めると、徐々に身体が楽になっていくのを自覚でき、安堵した。


「大丈夫なようですね。まったく、いきなり話し掛けたわたしに驚きもせず、余裕な表情で『綺麗な声』だなんて返しておいて、今更これですか。毒で頭がおかしくなったのかと思いました」


「き、君……いえ、あなたは本当に……」


 無事解毒をして落ち着きを取り戻した想次郎は、地面に座り込む自身を覗き込むようにするバンシーIへ手を伸ばす。


「な、なんです?」


 しかし、バンシーIはまるで気味の悪いものを見るかのように、半歩後退った。


「どうするんです……これから」


 想次郎から一定の距離を取りながら、バンシーIは尋ねる。想次郎と比べると冷静というだけで、彼女も同様にどうして良いのかわからない様子であった。


 これまでずっと(敵モンスターとして)自分の傍にいてくれた女性が、まるで現実世界の学校のクラスメイトたちが見せる自身へ扱いと似た振る舞いを見せたことに、ややショックを受けながらも想次郎は考える。


 しかし当然、考えてもろくな解が出る筈もなかった。


「とにかくここを出ましょうか。その……なんだか怖くて……」


 やや冷静さを取り戻してから周囲を確認してみると、薄暗い石造りのドーム内のいたるところにグールの残骸が散らばっていた。


 想次郎は吐き気を催し、思わず地面から視線を背ける。


「そうと決まれば早く出ましょう」


 人間の心を取り戻したバンシーにとっても、この光景はあまり気味の良いものではないらしかった。


 想次郎がふとボスエリアの出入り口へ目を遣ると、塞いでいた筈の石板がなくなっていた。想次郎とバンシーは連れだって歩を進める。


 出入口へ向かって歩いている最中も嫌でも目に入る凄惨極まる光景。


 地面をまばらに覆うグールの残骸。その中にバンシーの姿も複数見える。


「あああ、あのこれは……その……」


 想次郎はバツが悪そうに歯切れを悪くし、横目にバンシーIの様子を伺う。


「別に何も言っていませんが。それにこれはあなたが自分でやったことではないですか」


 そう言われても、想次郎は未だに信じることができなかった。確かにゲーム内の敵モンスターとして多くのグールやバンシーを倒した記憶が己の中に存在する。しかし同時に今感じているどうしようもない現実感。


 今同じことをやれと言われても到底無理な気がした。


「あなたのことは……、僕はアイさんのことは傷つけるつもりはありません」


「だから何も言ってないではないですか。わたしはあなたに対し恐怖を感じているわけでも、我が身の心配をしているわけでもないですし、そこに倒れている彼らに対し仲間意識があるわけでもありません」


「そう……ですか……」


 ドーム状のボスエリアを抜けた二人は、そのまま連れだって石の迷宮を抜けるべく、先を進む。






------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【特殊スキル】

闇属性C2:恐怖の叫びクライオブフィアー

対象に確立で状態異常:恐怖を付与する。確率は対象とのレベル差に依存する。

叫びを聞いた者の心の奥底に眠る根源的な恐怖を呼び起こすと言われている。恐怖の最中、気付く者はいない。喉が裂けそうな叫び上げる彼女自身の瞳もまた、恐怖に揺らいでいるのだということを。

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