第4話
「うがぁぁぁ」
想次郎が近づくとバンシーIは呻き声を上げながらその爪で想次郎を引っ搔こうとする。しかし、想次郎はひらりとそれを躱し、バンシーIの真横に位置取る。
「いきなりだなぁ……はは……」
いきなりも何も、モンスターなので敵対は当然の反応なのだが、想次郎には常人とは違ったものが見えているのか、プレイヤーへの敵意を男女のじゃれ合い程度にしか思っていないようだ。
C2のモンスターとはいえ、仮に攻撃が当たったところで大したダメージはないくらいにはレベル差がある。
傍から見れば〝変態〟そのものなのだが、幸いここはゲームの中の世界。想次郎は人目を気にせず、思う存分彼女との時間を漫喫できた。
想次郎がこのバンシーと出会ったのは実に三か月程前。
彼がこのゲームを購入して間もない頃。偶然この隠しダンジョンを発見し、元よりRPGがあまり得意でなかった想次郎が思わぬボス戦に四苦八苦しながら無限湧きするグールとオブソリートリッチとの戦闘を行っていた時のことである。
件の容姿のバンシーが出現したのだ。
その瞬間、想次郎は彼女の美しさに目を奪われ、そのままオブソリートリッチから即死攻撃である〝首刎ね〟を貰い、ゲームオーバーとなった。
一目惚れであった。
GAME OVERの表示と共に暗転していく視界の中で、想次郎は彼女の姿を眺め続けていた。
想次郎は近くでバンシーIの姿を確認する。
何度見てもその姿は想次郎にとって〝完璧〟であった。
女性らしい細くしなやかな身体のライン。その長い銀髪はアンデッドとは思えない程艶やか。浅黒い肌や青みがかった肌が継ぎ接ぎされた肌の中には、しかし女性の白く透き通った肌が多く残されており、身に纏うぼろ布が見えそうで見えない、絶妙な魅惑を演出していた。そして何よりも、胸が大きかった。
このバンシーに最初に出会った時、彼女は〝バンシーD〟とネーミングされて出現したので、このDはもしやDカップのDなのではと本気で考察した想次郎だったが、その前に出現したバンシーBがバンシーCよりも大きかったところ鑑みて単なる妄言だと気付いた。
「がぁっ!」
世間擦れなどまるでしていない男子高校生からするとその豊満な胸は少々刺激的で、想次郎が思わず視線を逸らしたその時である。バンシーが想次郎の腕に噛み付く。これはただの攻撃ではなく、〝毒の牙〟というモンスター特有の攻撃スキルだ。
バンシーには他にも対象に確立で状態異常〝恐怖〟を付与する〝
「今度は毒かい? 危ないなぁ……はは……。確かに毒なら防御力は関係ないからね」
いかにリアルであろうと現実世界で痛みなど感じる筈もない。ステータス表示に毒状態を意味するドクロマークが表示されるのを確認すると、想次郎は慣れた様子で解毒薬を使用する。
「これでよしと」
周囲の雑魚敵を狩り続けて得た資金は回復薬とこの解毒薬だけに使用していた。今の使用で解毒薬の残り残数はカンスト状態の99から98へと減る。
「バンシーさん……」
想次郎はたった今リポップしてきたグールを一撃で葬り、バンシーIへと声を掛ける。届かないとわかっていても。
「今日はIだからアイさんって呼びますね」
そう言って笑みを見せるが、バンシーは赤く狂気に満ちた瞳を見開きながら想次郎の腕へ噛み付き続けた。
「アイさん……聞いて頂けます?」
先程まで見せていた笑みが想次郎の顔から消え失せる。
バンシーに言葉が届かないからではなかった。これはゲームだ。いかに想次郎であろうとその自覚はまだ持っている。
意中のバンシーに会う為に、先のシナリオへ進むことなくこのEXシナリオに挑戦し続け、その度クリアすることなくあえてゲームオーバーとなり、それを延々と繰り返す毎日。
このバンシーに会い、彼女に色々と悩みを打ち明けるのが想次郎の日課となっていた。
嫌なことがあった日は特にその時間が長くなった。何も答えてはくれないが、ずっとそばで話を聞き続けてくれる存在。想次郎にとって彼女は単なる恋慕の対象だけの存在ではなくなっていた。
精神的にも未熟な未成年の想次郎にとって、これが彼なりの心のバランスの取り方であるのかもしれない。
「今日はですね……特に……嫌なことがあったんです……」
しかし今日の想次郎はいつになく重症であった。感情のある筈のない相手に向けた声は震えており、いつしか涙が滲み始めていた。
VRゴーグルの所為で目元を拭うことができず、バンシーIの姿が微かにぼやける。
これまでも嫌なことはたくさんあったが、そんな日々に慣れてすらいた想次郎は彼女の前で涙を流すことなど一度もなかった。
しかしこの日は違った。
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【モンスター】
アンデッド族C2:バンシー
人の女性がアンデッド化した姿の一種であると言われている。虚ろな眼差しで徘徊し、夜な夜な空に向かって泣き声を上げる。その劈くような叫びは耳にした者に死をもたらすが、しかし、それは本来生者の死を嘆くものであった。
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