第142話:次元融合

 ぞっとする浮遊感を覚えたミラは、どこか虚ろな思考の中で自分は今落ちているのだと理解した。

 何故――?


 周囲には光も風も無い奇妙な空間が広がっている。


 バチン、とどこかで魔力が爆ぜると、ミラの意識は即座に覚醒した。


 遠くから、ジョットの強気な声が響く。


「これが計画通りってんなら! ベルさんよお、全員ちゃんといるんだろうな!?」


「既に魂は体から離れている! 意識を強く持つんだ! 自分が何者なのかを、思い描いて、家族の顔と、友達の顔と!」


 ベルヴィンの声だ。


 まず最初に、ジョットが姿を現した。

 少し遅れてベルヴィン、ブランダークと続き、気がつけばミラも自分の両の手を自身の目で確認できていた。


 やや遅れて、リディルが姿を現し――。


「……メスタちゃんは?」


 と緊迫した様子で周囲を見渡す。


 きぃん、と耳鳴りがし、遠くにいくつもの知らない景色が見えた。


 知らない誰かの記憶が流れ込んでくる。


 ――里で一番だった。

 忌み子として疎まれた。

 だけど、力があった。

 誰よりも強かった。

 全てをねじ伏せてきた。

 ……弟を守らなければならない。

 弱くて、不出来な、弟。


 暗闇に飲み込まれた時、これで楽になれるのだと思ってしまった。

 自分の醜さに気付かされた。


 過去から逃げるようにして、戦いに明け暮れた。

 ……気に食わない男がいた。

 尊敬できる人がいた。

 元の世界に、年の離れた妹を残してきた男がいた。


 最初はただ、話し相手が欲しかっただけだったのかもしれない。

 同じく元の世界に年の離れた弟がいると、軽い気持ちで話しかけた。


 男は妹に、家族に再び出会うために、戦い続けた。


『――私はもう、弟のことなど気にもとめていなかった……』


 響いてきた声は、メスタによく似ていたが、どこか冷徹さと気高さを感じさせるものだった。


 ふと、ベルヴィンは一度何かを迷ってから、リディルの肩に指を触れ、小さな声で言った。


「キミが呼ぶんだ。あの子は――メスタ・ブラウンだから」


 すると、リディルはベルヴィンをまっすぐに見てから、ぺこりと頭を下げ、


「――ありがとう」


 と淋しげに言ってから、前を見た。


「……メスタちゃん。あたしを、置いてかないで」


 魔力がわずかに爆ぜると、虚空からメスタが現れる。

 そのまま彼女は片膝を尽き、ぜえ、と深く呼吸した。


「す、すまない、少し遅れた」


 すぐにリディルはメスタに駆け寄ったが、ミラはベルヴィンの淋しげな背中から目が離せないでいた。


 ……この戦いが終わった後、彼に残されるものはあるのだろうか。


 ふいに、ジョットが苦笑気味にベルヴィンの胸を軽く拳で叩いてから、皆に向けて言った。


「状況はどうなった? リディちゃんとブラン。ザカールのやつはどうなってる」


 すぐにブランダークが答える。


「時間稼ぎができた程度でありました。守りに回られるとやはり手強い相手です」


「……[貪る剣]は何度か当てたから、魔力は結構削れてるとは思う」


「ひゅー、リディちゃん流石、やるね。――んじゃ、状況は悪くないって思って良さそうだな? ベルさんよ」


 これが、ベルヴィンの立てた計画だった。


 [古き翼の王]は自らが生き残るために、食べ残しを喰らおうとする。

 それが、ベルヴィンと、メスタと、ミラベル。

 ザカールも対象に含まれているかもしれない。


 だからミラたちは、これから[古き翼の王]の魂を逆に奪いに行くのだ。

 そうして[古き翼の王]の主導権を奪い、メリアドールを分離させる。


 リディル、ブランダーク、ジョットが共に来ることが出来たのは心強いし、ミラの心に勇気を与えてくれるが、恐れている点もある。


 ミラの記憶の中に、知らない記憶が紛れている。

 それは千年前のものであったり、あるいは地獄のような剣の訓練の光景であったり――。


 今、[古き翼の王]を通じてミラたち全員の記憶がわずかに重なってしまっているのだ。


「ザカールは、私たちの記憶を覗いてるかもしれません」


 こちらの作戦は、文字通り読まれてしまっている可能性があるのだ。


 だが、ジョットは不敵に笑う。


「だろーな。けど、条件は同じだろ? なら後は殴り合いよ。ツエーもんが勝つ、単純で良いじゃねえか」


「……斬って殺せるなら簡単ですけど」


 と、リディル。


 すると、ベルヴィンが言った。


「心が折れない限りは死なない。それは今の俺達も条件は同じだ」


 彼方から、どす黒い闇の波動がさざめいた。

 ミラは、それがザカールのものなのだと理解すると、闇の波動は漆黒へと代わり、ぶくりと膨れ上がると天を覆い尽くすほどのドラゴンの影を生み出した。


「――来るぞ」


 ベルヴィンが短く言う。

 最後の戦いが、始まろうとしていた。

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