第143話:決戦
四方から網目のように放たれる影のドラゴンたちの火球を回避したベルヴィンが、[魔導砲]を数射撃ち、敵の数を減らしていく。
ミラベルは、〝八星〟を嵐に変えて解き放ちながら、ベルヴィンに大声で問う。
「これが、ドラゴンたちの怨念なんですか!?」
「元だよ、ミラ君! 既に、彼らの怨念は擦り果てている! これはただの残響だ!」
「――残響」
「誰かの願いをただ成就させるためだけに動く、全く別の何か!」
倒しても倒しても、数は減らない。
「倒し続ければ、終わりが来てくれるんですか!?」
「いいや終わらない! 願いは無尽蔵にある! だけど、『器』を疲弊させることはできる!」
その時だった。
空からいくつもの流星がミラたち目掛け降り注ぐのとほぼ同時に、ジョットの背後により濃い影が現れる。
ぞわりと悪寒が走り、その気配がミラの脳髄から見たことのない誰かの記憶がいくつも膨れ上がる。
その影が何者なのかを確信したミラは、絶叫した。
「〝バーシング〟〝ウィンター〟〝リィーンド〟、〝やれ!〟」
瞬間、ミラの体から三体の巨大なドラゴンたちが姿を現し、影目掛けてくらいついた。
影がたまらず距離を取ると、声が響く。
『お前たちが私を裏切ることはわかっていた』
リィーンドがわずかに躊躇を見せると、ミラは彼の背中に着地し、虚勢を張った。
「既に彼らは我がものとなっている! ザカールよりも、私の方が強いということだ!」
そうして、ミラたちは無尽蔵に沸いてくる、[古き翼の王]に喰われた願いの残照と戦いながら、この領界の最奥を目指した。
※
戦いの最中で、いくつもの記憶とすれ違った。
それは、ベルヴィンのものであったり、ジョットのものであったり。
中には、ブランダークの前任者や、魔人ローラックのものと思わしき記憶すらもあった。
それでも、全ての過去を振り切り、やがてミラたちは最奥へとたどり着く。
そこにいたのは、どす黒い泉の中心でうずくまる、メリアドールだった。
影たちの攻撃が一層激しくなった。
そして特に厄介なのはドラゴンの影ではなく――。
たった一人の影が繰り出した連撃で、リディルが止められた。
その影の繰り出す剣戟に対して、リディルは防戦一方だ。
ベルヴィンが四体のドラゴンを屠りながら、振り向きざまにリディルを襲う影に向けて[魔導砲]を撃ち放った。
〝八星〟に匹敵する魔力の本流が、影の騎士とリディルの間を割る。
ベルヴィンが叫んだ。
「リディル君は下がれ! ガラバの影は、僕が――うっ」
瞬間、眼前に現れたザカールの魔法をベルヴィンは咄嗟に剣で受ける。
『ようやくわかった。貴様がビアレスの放った最後の足掻きだということを……。ベルヴィン! 貴様を撃てば、ヤツとの戦いは私の勝ちだ!』
少しずつ、人の形をした影が増え始める。
ミラは慌てて〝八星〟を槍に変えザカール目掛けうち放つ。
『そしてミラベル・グランドリオは次の私となるのだ!』
〝八星〟の槍で体勢を崩されたザカールを、ベルヴィンが斬り捨てる。
だがすぐにザカールの体は復活し、ミラたちを嘲るようにして空から〝八星〟の雨を降らした。
かつての[古き翼の王]に破れた英雄たちの、残照。
ドラゴンなどとは比べ物にならない圧倒的な技量の差を目にし、ミラはうろたえた。
「か、勝てるんですか!」
「所詮は残響だと言った! 思い出をなぞるだけの相手なら、新しい力への対応ができない!」
ミラはすぐさまローブの内側から[魔導誘導ポッド]を六つほどばら撒いた。
「リディルさん!」
ミラが叫ぶと、リディルは姿勢を低くしたままガラバ目掛けて加速する。
六つの[ポッド]からいくつもの〝雷槍〟が放たれると、ガラバの影はわずかに足を止める。
その隙を突き、リディルの[貪る剣]がガラバの首を両断した。
しかし――。
崩れ落ちようとしていたガラバの体からどす黒い闇が膨れ上がり、再び頭部が作り出された。
ザカールの笑い声が響く。
『人の憎悪は、ドラゴンよりも果てしない』
そうさせた張本人がよく言う、とミラベルは苛立った。
すぐにベルヴィンが言う。
「恨みは持つな! [古き翼の王]はそれすらも叶えてしまう!」
「そ、そんなこと言ったって……!」
「もうできるはずだ、キミなら!」
「はあ!?」
「カルベローナ君とだって、友達になれたのだろう!」
「そ、それは、そうですけど……!」
やがて、ミラたちは領界の最奥へとたどり着く。
そこに、メリアドールはいた。
光すらも反射しない黒い泉の中心で、膝を抱えてうずくまっている。
「メリーちゃん!」
リディルが、[魔導アーマー]を加速させた。
「よせ、うかつだリディル君!」
ベルヴィンが止める間もなく、メリアドールの体から現れた漆黒のドラゴンがリディルの華奢な体を[魔導アーマー]ごと噛み砕こうとする。
咄嗟にメスタが割って入り、漆黒のドラゴンの鋭い牙を力づくで抑え込んだ。
メスタが叫ぶ。
「ミラ!!」
はっとし、ミラは一気に加速をかける。
今なら、この場所からなら、手が届く――。
ザカールがミラに向けて〝八星〟の嵐を撃ち放つと、バーシング、ウィンター、リィーンドがミラの盾となった。
壁のように立ちはだかった影のドラゴンたちをジョットとブランダークが抑え込み、そして、最後に現れた――。
ぞわり、と背筋に悪寒が走る。
この、影は――。
そして、最後に現れたベルヴィンの影を、ベルヴィン自身の刃が貫いた。
「行くんだ、ミラ君」
でも、という言葉は出てこなかった。
ミラは、弾かれるようにしてメリアドールに指先を触れさせた。
※
記憶が、憎悪が、濁流のように流れ込んでくる。
何故自分が死ななければならない。
苦しい。
嫌だ。
いくつもの怨嗟の声がミラの耳元で響き渡り、押しつぶされそうになる。
これが、今注がれている『願い』。
あまりにも多く、あまりにも重く、切ない何か。
恨むな。
恐れるな。
縋るな。
やるべきことは、たった一つのはずだ。
ふと、クスクスと嘲るような声色の幼子が、耳元で語りかけてくる。
『お母さんにも、会えるよ』
『みんなを幸せにできる』
『彼を、元の世界に帰してあげることだって――』
気がつけば、暗い何かがミラの体にまとわりついている。
その時だった。
もう一つの闇が瞬くと、ミラにまとわりついていた闇の何かが祓われた。
はっとして見やると、そこにいたのはかつて見た、老人の姿をしたザカールだった。
思わずミラは身構える。
しかし――。
ザカールは、ただ虚空を見据えたまま動こうとしない。
いや、それどころか呼吸すらもしていない。
まるで、時が止まっているかのように。
……ああ、そうか。
ミラは、理解する。
――これが、私の恐怖なんだ。
そして、目の前にいくつもの光景が映し出される。
父と母に囲まれるミラ。
友達に恵まれ、カルベローナと出会い、メスタやメリアドールとも出会い、いつまでも幸せに暮らしているミラの姿が見える。
それだけでは無い。
今まで出会った全ての人々の幸せな姿が映し出されていく。
――怖いな、本当に。
恐怖はある。
しかし、ミラは前を見て言うのだ。
「メリアドール・ガジットを返してください」
闇の彼方に、ミラの言葉が響いていく。
いくつもの明るい光景が、瞬くように映し出されていく。
それはきっと、ここにいない誰かの願い。
こうであってほしかった未来。
「……ごめん。――私の願いは、それだけです」
さーっと景色が薄れていく。
ミラは、最後に言った。
「私たちの問題は、私たちで解決していきます。だから――ありがとう」
何かが砕ける音が響くと、世界は白く染まり――。
※
バキン、バキンとザカールの体が石のようになり、砕けていく。
リディルが肩でぜえぜえと息を吐き、片膝をついた。
仮面の奥で、ザカールは微かに笑って言った。
『諸君らの遠い子孫たちが、果てのミラベル卿に討たれないことを願おうか』
ジョットがつばを吐き捨てる。
「嫌味かてめぇ……」
また、ザカールは力なく笑った。
『そうならなければ、どんなに良いことか』
ついに両足まで石となり崩れ落ちたザカールは、言った。
『ミラベル卿は『我ら』を拒絶したようだ。――上手く騙したな? ふふ、私も今になるまで、気づかなった。やはり、ビアレスは、我が、生涯、の――』
バキン、バキンとザカールの体は完全に砕け散り、砂となって完全に消失した。
「……騙した?」
バチン、と空が弾けた。
青空が広がっていくと、眠ったままのメリアドールを抱きかかえたミラベルが姿を現した。
彼女の表情は明るい。
全て、終わったのだ。
「――メリーちゃん」
リディルが脚部の推進装置を使い、飛び立った。
空中で突撃され、あたふたとするミラベルの様子を見ながら、ブランダークは苦笑した。
「元気なものですなぁ」
「若えんだよ。餓鬼なのさ」
メスタは、ずっとこちらを見つめていた。
目を見開き、呼吸は荒く、今にも泣き出しそうだ。
バキン、と音がし、ベルヴィンは立っていられなくなる。
すぐにジョットとブランダークが彼を支え、ゆっくりと座らせた。
バキン、バキンと何かが砕ける音がする。
ブランダークは静かに膝を付き、ベルヴィンをまっすぐに見て言った。
「貴方を、誇りに思います」
「……ありがとう、ダイン卿。私も貴方に会えて良かった」
そして、石となりつつあるベルヴィンは、今にも泣き出しそうなメスタを見て言った。
「キミは、ゼータでは無いはずだ」
「だ、だけど……わたし、は……」
メスタは大粒の涙をぼろぼろとこぼし、嗚咽を漏らす。
「……私も、ベルヴィンでは無かったよ。あの時、あの瞬間、皆がそうであって欲しいと願った結果、『器』が私をこう作った。――本当のベルヴィンは、もう、いないんだ」
だから、気にするな。
そういう思いを込めて、もう一度メスタに言った。
「キミは、リドル卿の愛娘の、メスタ・ブラウンだ」
ふと、誰かの記憶を思い出す。
「……ゼータも、良く泣く人だった、な――」
彼の意識は、そこまでだった。
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