第140話:決戦前

 しずしずと、数十隻の[飛空艇]が近づいてくる。

 全艦が既に戦闘状態を解いており、周囲には警戒を続けるドラゴンたちが飛んでいる。

 [グラン・ドリオ]は既に不時着しており、被弾箇所の修繕作業が始まっているようだ。

 同時に、ミラベルはある種の不気味さを感じている。


 ――[翼]の彼との、繋がりは未だに継続している。


 驚くほど、冷たい色の感情が繋がりを通してミラベルの中にも溢れてくる。

 その色の原因はわかっている。

 彼は良く、今頃妹はどうしているだろうとか、今の季節ならどうしているだろうかなど、良く話をしていた。


 ――もう、千年経ってしまっている。


 あれほど望んでいた、故郷への帰還と、家族との再会。

 決して叶わないのだ。

 ならば、彼は一体なんの為に……。

 ……女王は、どこまで――いや、何を知っていたのだろうか。


 [分離型]の特性上、着陸ができない構造のため、旗艦[ロード・ミュール]は地表すれすれの状態で滞空している。

 そこから艦長が慌てふためいて飛び出し、どたばたとした走りで女王の元に駆け寄った。


「へ、陛下! 自分たちは――わ、わたくしの一存であり、責任は全て……」


「良い。[古き翼の王]の復活を防げなかった私の落ち度である。それなのに、どうしてあなた達を裁けましょうか。――アンジェリーナさんも」


 女王が穏やかに言いながらちらと視線を向ける。

 アンジェリーナはまだ落ち込んでいる。

 傍らのアリスはどこか呆れた様子でいる。

 [翼]の彼に……ベルヴィンに、ミラベルは言うべき言葉を見つけられなかった。

 だが、あいも変わらず無礼で無作法なバーシングがずいと顔を差し込む。


「なあベルヴィンよ、俺だ。覚えているか? 俺は何度もお前に殺されたぞ」


「……すまない、覚えていない」


 と、ベルヴィンは迷惑そうに答える。


「え!? いや待て、そうか! 確かに、お前から見れば俺は山程殺したドラゴンの内の一匹か。なるほど、わかる!」


 こいつマジで一回キレたろかとミラベルは心底苛立ったが、今はそれどころではないと首を振る。

 ミラベルは何度か迷ってから、そっとかつて[翼]の彼であったベルヴィンの腕に指先を触れた。

 気づいたベルヴィンはミラベルを見、微笑む。


「ミラベルさん、色々迷惑をかけてしまった。……ありがとう」


 その言葉の距離の遠さで、ミラベルは愕然とする。


 ああ、この人は――。


 まるで、昔の自分を見ているようで、ミラベルは悲しくなる。

 自分が何故生きているのか、その理由がまるでわからなかった頃のようで――。

 女王が難しい顔になり、問う。


「……魔人族が見当たりませんね」


「驚くほど鮮やかな引き際でした。状況を正確に把握している指揮官がいるのだと思われますが――」


 ふいに、リディルが口を挟んだ。


「ユベル・ボーンって人います?」


 艦長は目をぱちくりとさせ、一度女王の顔色を伺ってから答える。


「ユ、ユベル・ボーン殿でありますか、剣聖殿。――そういえば、姿が確認できませんな……」


「その人、ザカールです。どこかに潜んでるか、さっさと逃げて報告に行ったか――」


「な、なんですと――」


 艦長は絶句し、俯いた。

 その艦長の表情は、怒りに満ちている。

 艦長が一度、


「ザカール……」


 と呻いてから、顔を上げる。


「陛下。奴めを倒すためならば、この命捧げても惜しく有りません」


「マランビジー家に仕える騎士ロブン、貴方の役目は当主となったアリスを支えることです。ザカールを討つ者は、こちらにいます」


 すると、艦長は押し黙り、悔しげに俯いた。

 女王が艦長に言う。


「アリス・マランビジーは[支配]の中に有りながら、私が女王であることに気づくほどの子です。貴方が尽くす意味は大いにあります」


 艦長は一度顔を上げ、嬉しさと悔しさの入り混じった表情になる。

 そして言う。


「女王陛下が、そう仰るのでしたら――!」


 敬礼し、頭を垂れる。


「ありがとう、騎士ロブン」


「いえ。――しかし、いかが致しましょう。[古き翼の王]は賢王の遺産、[鮮血の巨人]を完全に掌握しております。奴が命じれば、百を超える数が一斉に攻撃を始めるでしょう。民の犠牲も厭わずに……」


「速攻が求められる戦いになります。艦の〝次元融合〟はどうか」


「大規模なものを無理やり使って来た為、チャージには数日かかるかと……」


「数日――」


 女王は考え込む。

 既に、女王にも疲れの色が滲んでいるように見えた。

 女王は一度目を泳がせ、しかしすぐに真面目な顔に戻って思考を続ける。

 ふいに、[翼]の彼――ベルヴィンが言った。


「私の力を使ってください。――まだ、[古き翼の王]の力は使えます。どのみち[支配の言葉]がある以上、戦える者は限られます。一隻、〝次元融合〟で送り込めればそれで良い」


 女王は一度目を瞬き、逡巡する。

 それは危険な賭けだろう。

 一歩間違えれば全てを失う――。

 ああ、そうか。

 この人は、そうやって戦い抜いてきたのか……。

 この地を守護するドラゴンたちも着陸し、言う。


「魔力が足らないのなら、我らの[言葉]を貸そう。ベルヴィンが戻ってきたのだ。ならば、[古き翼の王]との戦いは未だに続いている。ビアレスとの約束は、果たしていない」


「であれば、倒すべきは魔人でもザカールでもなく、[古き翼の王]単独」


 女王がひとりごちると、すぐにミラベルが続いた。


「な、ならわたしが行きます! ベテランですし! 大丈夫です!」


 そのままの勢いでぎゅっと女王の手を握る。

 女王はあっけに取られたように少しだけ呆然とし、しかしすぐに笑みを浮かべて言った。


「頼みます、ミラベルさん。――魔力の充填の方、すぐに取り掛かってください」

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