第130話:剣聖を継ぐ者

 [オルドゥーム遺跡]を見た時の最初の感想は、石造りの巨木だった。

 数百メートルはあろう頂きと、深く広大に広がった幹と根が、長い歴史を物語っている。


 遺跡、と一口で言っても冒険者として活躍してきたミラベルにとってそれは多彩である。

 作られた年代と、作った種族によって作りがまるで違うのだ。

 ドラゴンの時代の遺跡ならば、入り口や通路が非常に大きく、大抵の場合天井にはドラゴン用の吹き抜けがある。

 極稀に吹き抜けが無い巨大な遺跡もあるが、それらはドラゴンたちの中でも隠し事がある裏切り者が所有していたり、人間たちが隠れて作ったものであったりと様々だ。

 千年前のミュール王朝のものやエルフたちのものと、様々な遺跡を旅してきたミラベルだったが、石造りの巨木の遺跡は過去に一度たりとも見たことが無い。

 冒険者辞典や、[魔術師ギルド]の書物にも記されていなかったものだ。


 ふつふつと、冒険者としての好奇心が湧き上がる。

 あれを、みんなと一緒に探索できたらどんなに楽しかっただろう。

 トランと、ブランダークと、メスタがいて。

 欲を言えば、トランと結婚したマリー・バーシィも一緒にいてくれれば――。


 幹に備え付けられた、ドラゴンの遺跡と同じサイズの巨大な扉が開くと同時に、山脈の向こう側が一瞬だけ輝いて見えた。

 その輝きが[魔導砲]の輝きなのだとミラベルは理解する。


 ドラゴンたちが、人の為に戦っている。

 それも、今会ったばかりの見知らぬ人たちの為に――。


 ビアレスとの盟約と、言っていた。

 ……女王は、これも知っているのか?

 知っていて、全てを黙っていたのか?

 [翼]の彼の、苦しみも、悩みも、何もかもを利用して――。

 だが、ミラベルの内からじわりと熱を帯びた怒りは、別の疑問でかき消される。


 ――母も、知っていたはずだ。


 恐らくは、父も。

 ……その前の女王も、その前も――初代女王、グランイットも。

 だから、この怒りは、何故という疑問の答えを得てからでも遅くは無いはずだ。

 ただ静かに、


「行きましょう」


 と言った女王を見、思う。


 ――お前を憎むか、同情してやるかは、その答え次第だ。


 ふと、リィーンドが言う。


「我らの、[約束の地]」


 それは、知らない呼び名だった。

 バーシングが不思議そうな顔をリィーンドに向ける。


「初めて聞く呼び名だ。[オルドゥーム遺跡]では無いのか?」


「……良くもそれで知識のドラゴンと自称できたものだ」


 リィーンドが呆れて漏らすと、バーシングは気にした様子もなく快活に返す。


「未だ、学びの途中である。学徒とはそういものだ。――で、[オルドゥーム遺跡]では無いのか? その前の呼び名が[再誕の地]だということは知っている」


「知らぬ。長老[オルドゥーム]がそう呼んでいたのを聞いただけだ。――ザカールならば、本当の意味を知っているやもしれんが」


「何故だ? ザカールがここに来たのと、俺が[帰還]したのはだいたい同じ時期だったはずだ。だのに、俺の知らぬことをザカールが知っているのか?」


「……良くそれで学徒と言えたものだ」


「未だ、学びの途中である。――で、ザカールが知っていると言い切れるのは何故だ?」


「……ここで、ザカールが、[古き翼の王]を[帰還]させたからだ」



 ※



 出遅れた、とリディルは苛立った。

 着実にアンジェリーナとの距離を詰めつつも、この速度では追いつく前に目的地に到達されてしまう。

 ならば、背部に備え付けられた[八星の杖]を動力炉とする[可変速魔導ライフル]を使うか?

 恐らくだが、容易く数人の騎士を屠れるだろう。

 その絶大な威力で、遺体すらも残らず消滅させられるだろう。

 しかし、とリディルは思う。


 アンジェリーナに寄り添う騎士たちの動きに、見覚えがある。

 他の騎士たちも同様だ。

 ならば、ここにいる九人が誰なのかは検討がついている。


 アンジェリーナに、従騎士二人。

 それにアリスが付き従っている。


 少し距離を置いて、代々騎士の家系である六番隊のリジー・ポウとその従騎士が二人。

 後は、自ら志願したのだろう七番隊のドゥエイン・マーシバルに、三番隊のルーナ・チェルン。


 ……メリアドールのためならば、彼女たちを見捨てる覚悟はあった。

 だがそれは、あくまでもメリアドールを優先するということである。

 この手で殺す覚悟など、できているはずが無いのだ。


 リディルは[可変速魔導ライフル]を発射状態にすることもできず、ただ[加速の言葉]で少しずつ距離を詰める。


 その時だった。

 不意に、一機の騎士が隊列から外れ、くるりと反転し、剣を抜き去った。

 〝魔法障壁〟を前面に張り、一直線でリディルに向かってくる。

 一瞬リディルは、アンジェリーナが従騎士を捨て駒にしたのかと考えたが、すぐに違うと気付かされる。


 ルーナ・チェルンだ。

 彼女が単身で隊列を外れ、リディルに立ち向かってきたのだ。

 独断か? と考えるも、そのまま直進する残り八人の騎士たちの様子を見れば違うとわかる。


 ならば、ならば――。

 あらゆる可能性を、想定する。

 剣を抜いていることから、説得や対話が目的ではない。

 戦闘を望んでいるということだ。


 [魔導ライフル]は使わないのか?

 配備されていないということではあるまい。

 殺すことに、ルーナ側も躊躇があると見て良いのだろうか。


 [支配]されても、人となりは変わらない。

 リディルがされた時も、そうだった。

 丸々頭の中の誰かが、別の人にすげ変わる感覚。

 だからあの時は、メスタを殺せという命令に違和感を覚え、完全に従わなかった。

 では、ルーナも……?

 彼女は、リディルを相手に時間稼ぎをしに――?


 同時に、別の可能性も考える。

 ……無理やり、戦わされているのか?

 しかし、人となりが変わらない[支配]なのだから、突然技術者や[魔術師ギルド]が豹変して、薬物投与や人体改造を公に行うとは思えない。

 妙に、ルーナの動きが攻撃的で、なめらかに感じられる。


 そういえば、とリディルは思い出す。

 ルーナは昔から、動体視力が良い子だった。

 リディルより一歳年上だというのに、いつもおどおどとして、人の目を真っ直ぐに見られない引っ込み思案。

 それでも時々、例えばカルベローナが持っていた本を落としそうになったり、アリスが足を滑らしたりした、時――。

 リディルとほぼ同じ速度で、反応していたことがあった。


 ……強くなる、と思ったものの本人がそれを望んでいないのは明白であったから、誰にも告げなかった。

 メリアドールも、メスタですら気づいていないかもしれない、小さな小さな、片鱗。


 ルーナが脚部と背部スラスターを全開にし、迫る。

 リディルは減速せずそのままの速度で加速した。


 それでも、構ってやる時間は無い。

 たった一人で来たのなら好都合。

 一人ずつ、無力化できれば――。

 バチン、と魔力が爆ぜた。


 ルーナがか細い〝雷槍〟を二発ほどリディルに向けて撃ち放つ。

 ルディルは姿勢を軽く回転させるだけでそれを回避仕切る。

 リディルは八つの属性魔法は使えない。

 才能も魔力も無いのだ。

 だからリディルが主として使うのは、中、遠距離武器。しかし今[リドルの鎧]に装備されているものは殺傷能力が極めて高い代物だけだ。


 反撃はせず、ただ直進する。

 ルーナは冷静に、更に三発の〝雷槍〟を撃ち放った。

 リディルは同じように回避すると、同時に気づく。

 先程回避した二発と、今しがたの三発の〝雷槍〟が雷の姿を保ったままぐにゃりと捻じ曲がり、反転しリディルを追尾する。


 随分と、高度な使い方をするようになった。

 だが――。

 リディルは眼前に迫ったルーナの背部スラスターに狙いを定め、剣を抜き去った。

 同時に、[魔導アーマー]を着込んだままのルーナが、低く呻いた。


『――〝七星〟』


 ルーナの左手、五本の指から五つの〝七星〟が同時に放たれ、リディルはそれすらも回避した。

 間近に迫る五つの〝雷槍〟を無視し、リディルは剣を走らせた。

 瞬間、ルーナは一気に加速し、リディルの腹部に膝蹴りを押し込んだ。

 衝撃でリディルの剣先がぶれ、ルーナの頭上を空振りする。

 そのままルーナは[鎧]のパワーで一気にリディルを抑え込み、怒りを孕んだ声で言った。


『これ以上、追わせない……!!』


「ルーナちゃんでしょ!!」


『魔人フランギースを倒せば、[支配]は解ける! だから――』


 ルーナの左腕部装甲がせり上がり、かつて見た鉤爪に似た何かが顕になる。

 リディルは咄嗟にルーナを蹴り飛ばそうとする。


「バスターハンドの、改良タイプ……!」


 だが、ルーナの恵まれた体躯とパワーに割り振られた[魔導アーマー]の出力が無理やりリディルの蹴りを抑え込み、ルーナの強化型[バスターハンド]がリディルの頭上目掛けて振り下ろされる。

 咄嗟にリディルは貪る剣で受けるも、奪い取る魔力と力以上の衝撃がリディルの華奢な体にのしかかり、じわりじわりと押し込まれていく。


 [バスターハンド]から溢れ出る膨大な魔力の奔流と、それを奪い尽くせない[貪る剣]との間で奇妙な鳥の鳴き声のような音が鳴り響く。

 既に、周囲の魔力は高密度に圧縮されつつあり、[妖精の悲鳴]と呼ばれる現象が起こっているのだ。


 押し合いでは、勝てない。

 リディルは咄嗟に力を抜き、ルーナが振り下ろした[バスターハンド]の重圧を逃す。

 そのままバランスを崩したルーナの背後に回るも、ルーナは[魔導アーマー]胸部のスラスターを吹かせ、回し蹴りの要領でリディルの左肩目掛けてしなやかな蹴撃を繰り出した。


 リディルは左腕に薄く乗せた〝魔法障壁〟でそれを弾くも、既にルーナは体勢を立て直し、再び[バスターハンド]の鉤爪を開きリディルに向けて突き出す。

 その反応の早さにぞっとし、リディルは左腕部に新たに装備された強力な〝魔法障壁〟発生装置を作動させた。


 それは視界が歪むほどの膨大な魔力を固定させた、[マジックシールド]と呼ばれる兵装であった。

 高密度さから攻撃にも転用可能と言われていたが、今そんな余裕は無い。


 [バスターハンド]から溢れ出る高濃度の魔力を[マジックシールド]は一瞬拡散し弾いたが、実体を持つ鉤爪が無理やり破り、左腕部シールド発生装置を掠めた。

 途端に基部から魔力が溢れ出し、リディルは即座に基部を分離させルーナに投げつける。

 基部は即座に膨れ上がり、爆発するもルーナは爆炎をかき分け再びリディルに[バスターハンド]の鉤爪を突き立てた。


 咄嗟にリディルは腹部の[拡散魔導砲]をばら撒くも、ルーナは放たれた魔導砲のエネルギーを[バスターハンド]で受け止め、握りつぶし、魔力の爆発を引き起こす。

 同時に衝撃波が巻き起こり、ルーナはわずかにたじろぎ、リディルはその勢いのまま大きく後退した。

 ばくん、と心臓の鼓動が大きく聞こえ、リディルは


「かはっ」


 と息を吐く。

 接近戦は不利かもしれない。

 恐らくルーナは――あの引っ込み思案なルーナは、ミラベルを助けるため、皆を助けるため死にものぐるいで剣を学び直したのだ。

 たった数週間で、これほどの技量を身につけたのは、彼女の培った観察力と、反射速度と、努力の賜物だろう。

 もう数年もすれば、リディルなど容易く追い抜く逸材。

 しかし、とリディルは思う。


 既に、ルーナの上方に射出していた[小型誘導魔導砲]が、か細い魔力の粒子が撃ち放たれた。

 ルーナははっとし、回避運動を取る。

 同時にリディルが叫んだ。


「〝衝撃・貫通〟!」


 [リドルの鎧]が[言葉]を発動し、鋭い衝撃が一筋の条となってルーナに放たれ、直撃する。

 しかしそれすらもルーナは身を捩り、スラスターを吹かせることで高度をわずかに下げるだけにとどめた。


 だが、それで十分だった。


「〝加速・跳躍〟!」


 リディルはすぐさま踵を返し、アンジェリーナを追う。

 ルーナが咄嗟に放った[バスターハンド]の[魔導砲]をわずかにロールしただけで回避したリディルは、ルーナに向け言った。


「追ってこい! ルーナ・チェルン!」


 所詮は、付け焼き刃。

 対リディルを想定し、徹底的に接近戦を叩き込んだのだろうが、その程度でしかない。

 つまるところ、アンジェリーナがリディルに対して行った、追わせるという戦略を、リディルはルーナに取ったのだ。

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