第129話:追うもの

 [紅蓮の騎士]が抜いたのは、[蛇毒の短剣]だった。

 バチン、と赤黒い閃光が爆ぜると、それは千年前の本来の姿を取り戻す。

 ミュール王朝に伝わる宝剣をドラゴンと魔人への恨で呪った武器、[蛇毒の宝剣]を、[紅蓮の騎士]が振るう。


 右肩から胴にかけてをえぐられ、高度を落とす新型[魔導アーマー]を遠目で確認したアリスは、「ありゃー!」と呆れて声をあげた。


「ユベルって人、被弾してんじゃん!」


 すると、専用の[魔導アーマー]を着込んでいたアンジェリーナが苛立つ。


「思っていたよりも使えない男……!――アリス! なんでついてきてんの! 艦のこと任せたって言ったの聞いてなかったの!?」


「聞いてましたよう。そんで任されたわたしが艦長に艦を任せて来たので大丈夫ですう」


「何を、馬鹿な!」


「まーそんなことよりアンジー? ちょっとお願い聞いて欲しいんですけどぉ」


「……これから出撃なの。――リディル・ゲイルムンドを相手にしなければならない」

 アンジェリーナは怯えているように見えた。

 しかし、とアリスは思う。


「相手にしちゃ駄目でしょ。アンジーじゃ勝てないし、引っ掻き回されて終わるだけ」


 アンジェリーナから反論は無かった。

 ただ悔しげに唇を噛んだだけだ。

 アリスは言う。


「リディルさんって、剣しか使えないんです。こっちから攻めたら負けますので――相手に、追わせてください」


 それは、アンジェリーナのプライドを傷つける現実であり、親子二代でわからされてしまった絶望でもある。

 アンジェリーナの腕を掴むアリスの細い指に、ぎゅっと力が込められる。

 だがそれ以上の言葉は無く、アリスはただアンジェリーナをまっすぐに見た。


「剣聖、たるもの――」


 思考を無視して無理やり言葉を吐き出し、アンジェリーナはただ言った。


「感情のコントロールはしてみせなければならない」


 ※


 [紅蓮の騎士]が、今しがた撃墜した[魔導アーマー]を更に追撃する。

 そこまで執拗に追う相手か? と一瞬リディルは思考するも、その[魔導アーマー]の背骨に当たる部分から一人の男が慌てて飛び出し、〝雷槍〟を放ったのを見、確信する。


「次の、ザカール――」


 あの反応、対応、見間違えるはずもない。

 肉体が誰なのかも、すぐに分かった。

 ユベル・ボーンとか言うお調子者。


 ――はしゃぎすぎて、自滅したか。


 ならば、[紅蓮の騎士]がザカールを付け狙うのは[古き翼の王]の濃さに反応しているのか?

 あるいは、ザカールの死もまた願われているのか。

 どちらにせよ、好都合かとリディルは腿と両肩のスラスターを吹かせ[リドルの鎧]を減速させる。

 一度引いて、メスタと合流すべきかと思考した、その時だった。


 マランビジー家所有の高速艦[ロード・ミュール]の艦底の左右に備え付けられた二対の[魔導砲]がバチンと魔力の余波を一度だけ放つ。

 同時に、全ての艦が同じように[魔導砲]に魔力を走らせ、一斉射を仕掛ける。

 ドラゴンたちは即座に反応し、同時に〝障壁〟の[言葉]を張り巡らす。


 足らない、とリディルは直感する。

 既に[魔導砲]の貫通力は、ドラゴンたちの[言葉]を容易く上回っている。

 そもそも、それを貫くために作られた兵器なのだということを、彼らは失念している。

 リディルは咄嗟に叫んだ。


「〝加速・跳躍〟――〝障壁〟!」


 鎧のスラスターと[言葉]による加速でドラゴンたちを追い抜き、同時に[リドルの鎧]から放たれた力場が前面に展開される。

 圧倒的な分厚さを持つ〝魔法障壁〟が空間をわずかに歪め、景色を屈折させた。

 同時に[魔導砲]の輝きが着弾すると、リディルとドラゴンが合わせた〝魔法障壁〟で屈折され、裂かれ、周囲の奇妙な建物に雨のようにして降り注いだ。

 建物が灼熱し融解していくと、[魔導砲]の照射が止み――。


 強力な、魔力の余波。

 それは魔法が不得意なリディルでは感知しづらいものであったが、[リドルの鎧]に備え付けられたモニターが〝次元融合〟と表示する。

 瞬間、魔力が爆ぜ、同時に九人の騎士が姿を現した。

 リディルは即座に身構えるも、九人の騎士はリディルにもドラゴンにも目もくれず、女王らが向かった先へと一気に加速した。

 その動き、執着の仕方に見覚えがあった。

 恐らくは、アンジェリーナ。


 リディルは迷った。

 ここで、追えば――。

 一匹のドラゴンが、応戦しながら言った。


「行け、当代の剣聖! ここは我らが持たせてみせる!」


 また、別のドラゴンが言う。


「ビアレスとの約束を、果たす! お前と肩を並べて戦うことができて光栄だった――!」


 ビアレスとの、約束――。

 リディルは踵を返す。


「――ごめん、ありがとう!」


 リディルはアンジェリーナを追った。

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