第90話:ミラベルの感じ方

「全く! あなたといると退屈しませんわね!?」


 カルベローナの嫌味が狭い通路に響き渡った。

 おそらく、現在地は帝都の地下のどこか。

 もう使われていない地下通路か、あるいは坑道か――。


 いまここにいるのは、カルベローナとミラの二人だけだ。

 そんな孤立した状況だというのにミラはどこか安心感を覚えてしまっていた。

 密かに憧れているメリアドールから友だと言われたことが嬉しかった。

 わざわざ来てくれたことも嬉しいし、母兼姉であるジョットを連れてきてくれたことも嬉しい。


 しかし、と思う。

 みんな、黒騎士のことを誤解している気がする。

 少なくとも悪人には見えなかった。

 気遣ってくれるし、優しくしてくれた。

 親切で、穏やかな人に思えたのだ。


 しかしどうやら危機感を持って来てくれたらしい彼女たちの前で言うわけにはいかず、悶々としたままミラは暗闇をずんずん進むカルベローナのあとに続いた。

 迷いなく道をゆくカルベローナに、ふとミラは問う。


「知ってる場所なの?」


 カルベローナは歩みを止めず、しかしわずかに沈黙をしてから答えた。


「王家の……[花の宮殿]に続く地下通路よ」


「えっ……じゃあ、宮殿に向かってるの?」


「ああ――言い方が悪かったわ。この道は、[花の宮殿]から外へと続く、一方通行の脱出用出口なの。外からは入れない……はず、の、ね」


 その意味が、恐ろしさがわからないミラでは無い。


「問題は、わたくしたち以外。あの黒騎士も一緒に飛ばされたはず。――もしも、飛ばされたのに[位置]が関係しているのなら、団長は――」


 そもまま黙りこくってしまったカルベローナに、ミラはなんて声をかけるべきなのか迷った。

 思うまま、黒騎士はきっと良い人だよと言うべきか?

 根拠は……?

 結局なにも言えなくなってしまったミラは、ややあって別の話題を口にした。


「[ボーン商会]って、怖いとこなの……?」


 すると、カルベローナはちらとミラを見、優しげな笑みを浮かべて言った。


「メリアドール団長が来てくれたのだから、恐れることなんて無いわ。権威はこちらが上」


 ……そういう意味で聞いたわけではないのだが。

 ミラは、


「……そう、かぁ」


 とだけ返す。


「けれど、あまり良いところでは無いわね」


 歩みを止めず、カルベローナは語る。

[ボーン商会]は、夢と希望で大衆を奴隷にする連中だと。

 やり甲斐と感謝の言葉を御旗に掲げてはいるものの、安月給であり、商会に所属している者たちは目つきが独特なのだという。


「でも、うちの近所じゃ[ボーン商会]ってあまり見かけない」


「はぁ、お馬鹿さん。当たり前でしょう? ど田舎の[グランリヴァル]にだってゴーレムが配備されるくらいオートメーション化が進んでいるんだから。そういう輩の主な仕事は、ゴーレムには向かない仕事」


「例えば?」


 問うと、さっと踵を返したカルベローナのデコピンがミラの額に飛んだ。


「ご自分で想像なさい」


「良いじゃん教えてくれたって、ケチ」


「……全く!――[ボーン商会]は、ギルドを介さない冒険者を使って独自に世界の探索をしている。ゴーレムが未知に対して弱いのは、[魔術師ギルド]のエリートだった貴女なら知っているでしょう? だから、人の手を使っているのよ。……貴女、冒険者なのに知らなかったの?」


「だ、だって……」


 本当に、聞いたことが無かったのだ。

 するとカルベローナはふと考え、言った。


「ああ、メリアドール団長が抑え込んでいたのかもしれないわね。[グランリヴァル]、首長はわたくしの父ですけれども、団長はそれができるお方だもの。――他の街のギルドに行ったことは?」


「……無い。一回も」


「そう。ずいぶんと幸せな冒険をしていたのね?」


「ムカつくわぁ……」


「聞き流しなさい。――だから、団長の元にいれば貴女は安全よ」


「それは……わかるけど――」


「けど?」


 黒騎士はそんなに悪い人じゃないとは言えないミラは、話題をそらした。


「[ビアレスの遺産]って、本当にあるの?」


「無いでしょ。千年もの間探して無かったのだから」


「でも、黒い騎士さんは『ある』って……」


 言ってから、少しばかり後悔する。

 案の定カルベローナはどこか咎めるような表情になって言った。


「貴女、それを信じたの……?」


「……わかんない。でも、あの人は信じてるみたいだった。だから、力を貸してほしいって、頼まれた。……頭下げてた」


 だから、ミラには誠実な人に見えた。

 優しくて、まっすぐな人。

 強い思いと信念を胸に抱く人。


「呆れた。あっという間に懐柔されちゃって」


「だ、だって……」


「では百歩譲ってあの黒騎士なる者が素晴らしく優しい貴女の理想の殿方だったとしましょう?」


「そ、そこまでは言ってないじゃん!」


「おだまりっ。言っているのと同じよ。それでその素晴らしい理想の男性の背後に、そうでない者の影が潜んでいると何故考えないの?」


 う、とミラは押し黙る。


「あのねぇミラベル。本当に悪い人は、優しくて騙されやすい良い人を矢面に立たせるものなの。そういう大切なこと、覚えておきなさい」


「……あい」


 ミラはぐうの音も出なかった。

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