第63話:遭遇

 それは、唐突に現れた。

 パーティ会場のテラスにいた黒竜が直接、友人リディルの母からの命令を受け迎撃に飛び立ち、貴族たちが慌ただしくなり始めた頃。

 用意されたテーブルや鏡の影から黒い衣を纏った暗殺者たちが姿を現し、母の命を狙った。

 リディルの母が一人の暗殺者を切り捨てると、暗殺者の身体が内側から爆発する。

 会場からは悲鳴が上がった。

 誰かが斬られ倒れる音がし、戦いが始まる。


「リディはメリーを守れ!――なんとかする!」


 メスタが叫ぶと、リディルはメリアドールの腕を掴み無理やりパーティ会場から外に飛び出した。

 メリアドールは叫んだ。


「リ、リディ、何で――!?」


 キミなら、戦えるはずだ。勝てるはずだ。場を収める力があるはずだ。咄嗟に思った感情のままのメリアドールであったが、リディルはなおも力づくでメリアドールの腕を掴んだまま街を目指す。



 方角は、[飛空艇]を停泊させた[ビアレス湾]だ。

 会場から再び小さな爆発が起こると、リディルは足を止めずに口を開く。


「あの数の魔道士だと、あたしじゃメリーちゃんを守り切れない」


「だ、だけど、メスタは……みんなは――」


 リディルは振り向きもせずに言う。


「メスタちゃんは大丈夫。あたしと違ってなんでもできるから」


 それは、メリアドールには理解できない世界の話である。

 一流同士にしかわからない感覚なのだろう、とは想像できる程度だ。

 少しずつ落ち着きを取り戻してきたメリアドールは、リディルに手を引かれながら庭園を抜け、宮殿の周りを囲う堀を飛び越える。

 遠方に巨大なゴーレムらしき影を複数体見つけ、湾に近い街は既に照りかえる炎で赤く染まりつつあった。

 少しずつ、故郷が焼かれているのだという実感がメリアドールを襲い始める。

 胸の内が熱くなり、不安が押し寄せると思考が恐怖に染まっていく。

 そして、メリアドールは先程リディルが答えなかった問いを、もう一度口にした。


「リディ。――うちの子たちが、まだ宮殿にいる」


 リディルは、答えない。


「……リディ」


 もう一度名を呼ぶと、リディルは一度ぎゅっと唇を結び、か細い声で言う。


「あたしじゃ、全員を守ることはできない」


 それは、すなわち――。


「……メリーちゃん。誰を守るのか、誰のために戦うのか。それはあたしが自分で決める。最悪の状況になった時に、優先すべきが、誰なのか――」


 メリアドールは、何も言えずに押し黙った。

 同時に思う。

 この子は、戦士として完成させられてしまっているのだ、と。

 それは不幸なことだ、とメリアドールは思っている。

 彼女の昔を、知っているが故に――。


「メリーちゃん、鎧」


 リディルが振り向かずに短く言うと、メリアドールは慌てて〝衣服交換〟の魔法を無詠唱で使い、戦闘用の軽鎧で身体を覆った。

 [魔導アーマー]ほどでは無いが、この鎧にも幾つかの[魔導技術]が組み込まれている。

 同時に黒い外套で頭からすっぽりと顔を覆い隠した。

 リディルも同じく[リドルの鎧]――未知の[魔導アーマー]を着込み、歩きながら言う。


「一応、警戒してね。外からの襲撃はたぶん呼び水。メインは内部の人間だと思うけど……街中にまで敵を配置しているかもしれない。敵の勢力の規模次第、だけど。……警備担当は本来カルちゃんのとこで……そこを誤魔化せるだけの相手は――」


 唐突に、リディルはメリアドールの身体を壁際にぐいと寄せた。

 何事かと混乱する間もなく、夜の街の屋根を伝って複数の魔道士が攻撃魔法を両の手に詠唱しながら燃える宮殿を目指すのが見える。

 フードの影から長く尖った耳が僅かに見えた。

 リディルが小声で言う。


「うちの魔道士じゃないね」


 一体、何が起こっているのだ……。

 メリアドールが困惑していると、リディルがすぐに言った。


「メリーちゃん。たぶん、敵は三つ。偶然なのか、誰が仕組んだのか、それが同時に起こったんだと思う」


 メリアドールが顔を向けると、リディルはそのまま無表情で言った。


「敵も動きがまばらだよね。……見た? あの[ハイエルフ]、感情が動きに出てたよ。自分たちの標的の宮殿が先に燃えてる理由、理解できないって感じだった」


 それが、リディルという子の恐ろしさである。

 戦うことに特化しすぎてしまった弊害なのだろうか。彼女は、全てを見通してしまうほどの観察力があった。

 リディルは短く考え、言った。


「内部で騒ぎを起こそうとした勢力と、外から攻撃を仕掛けようとした勢力と……それを、同時に行わせようとした勢力。タイミングは同じだけど、結局みんな全部バラバラだから……。ダインのおじさんが神殿騎士に戻ったみたいだし、そのうち外側は制圧されると思う。だったら、敵の数がどれだけいるのかわからない内より、外に向かってった方が良いとあたしは思う」


 リディルがメリアドールをじっと見つめる。

 そうして彼女は、最後の判断をメリアドールに仰いでいるのだ。

 もう付き合いも長い。彼女は別にメリアドールを立てようとしてくれているわけでは無いことくらい、わかる。

 彼女もまた、不安なのだ。

 完璧な人間など、いるはずも無いのだから――。

 家族のことが心配でないと言ったら嘘になる。

 だけど、メリアドールはリディルの昔を知っている。

 どれだけつらい思いをしてきたのか、この目で見てきてしまったのだ。

 メリアドールはぎゅっとリディルの手を握り返す。


「ん、そうしよう。うちの[飛空艇]を目指すのは、あからさますぎるかな……?」

 リディルは少しばかりはにかみ、言った。


「んー、それは流石にありえないかなー。メリーちゃんってやっぱ世間知らずだよねー」


「な、なにおう……。なら、どうするんだ」


 メリアドールは少しばかりムッとして返すと、リディルは言った。


「冒険者ギルドかな」


 だが、すぐにメリアドールは言う。


「それこそ、信頼の置けない有象無象の場所じゃないかっ」


「んー、メリーちゃん頭硬いよー。統制の取れた敵と内部の裏切り者が相手なんだから、誰が裏切ってそれを密告するかわからない……信頼の置けない有象無象の場所ならとりあえず敵も味方もごった返してるでしょ。全員敵かもしれない場所よりずっとマシじゃん」


「……僕には敵と味方の区別はつかない。全員敵ってわかってる方がわかりやすいと思った」


「あたしはわかるから大丈夫」


「それができるのはリディだけだよ……」


 そうして、それは突然現れた。

 偶然だったのだろう。

 上空から[飛翔魔法]を駆使して現れ、静かに石畳へと着地したその男は、突然視界に入り込んだリディルとメリアドールに驚き、目を見開いた。


「これは――姫様、何故こちらに……?」


 困惑した様子で告げるその男、レドラン・マランビジーは周囲を警戒する素振りを見せながら言う。


「…………[ハイエルフ]の、国――[ルミナス連合]からの攻撃です。奴らはついに、我が国に戦争を仕掛けて来たんです。辛うじてダイン卿らの騎士団が戦ってくれてはいますが、既に内部に侵入されています。――姫様は宮殿にお戻りください」


 レドランの名は、この[帝都]にいた頃は時々耳にしていた。

 曰く、使えないぼんくら。やる気の見えない優男。信頼の置けない日和見、八方美人。誇りも意志もなくフラフラと他人の意見に惑わされる愚か者。

 全てが陰口であり、そういったやり方を嫌悪するメリアドールであるから、その名と顔くらいは記憶している。

 友人の父親だから、という理由もあるが。

 故に、メリアドールは敬意をきちんと払い言った。


「お久しぶりです、マランビジー卿。この襲撃は、[ルミナス]のものと……?」


 遠方で巨大な爆発が起こる。

 遠くに見える小さく黒い影――黒竜とブランダークが六体目の[紅蓮ゴーレム]を屠ったのだ。

 レドランはそれを一度ちらと眺め、


「凄いな」


 とつぶやいてからメリアドールにゆっくりと近づく。


「戻りましょう、姫様。……[ハイエルフ]の兵は素早い。奴らの目的は王朝の破滅で――」


 その時だった。

 音もなく、気配すらなく、先日敵から奪い取った[ザカールの剣]を腰元から抜き去ったリディルが、レドランに斬りかかった。


「なっ――!?」


「リディ……!?」


 レドランは咄嗟に腰に携えていたショートソードの峰で辛うじて斬撃を防ぎ、怯えた様子で叫んだ。


「な、何をするんです!? 僕は――」


 何をしているのだ、リディル。そう口にする暇すらなく、一切を無視したリディルが淡々と言った。


「視線、脚さばき、息遣い、今の反応。――ザカールと見た」


 ばくん、とメリアドールの心臓の鼓動が跳ね上がる。

 一瞬現状についていけず体を硬直させると、レドランが悲鳴にも似た叫びをあげる。


「な、何を言ってるんです!? 襲撃が来てるんですよ!? 今はこんなことしている場合じゃ――」


 脳裏に過ったのは、リディルと過ごした記憶。

 強さ、弱さ、人となり。

 真偽の判断なんて、メリアドールにはできるわけが無い。

 できるわけが無いのだ。

 だからこそ――


「う、ぐっ!?」


 メリアドールは咄嗟に、完全詠唱破棄で〝束縛〟の魔法をレドランに向け撃ちはなった。

 魔力不足故に徹底的に研ぎ澄ました鋭い力場が、レドランの体を締め付けていく。


「リ、リディ! どうするの、わからない!」


 メリアドールが自分のやってしまった行動の後戻りができず、不安いっぱいで叫ぶ。

 そのままリディルは再び剣を振りかぶり、言った。


「そのままで良い! ザカールはここで殺す!」


 リディルの剣がレドランの首元に振り下ろされようとした刹那、レドランが言った。


「小娘共が――」


 瞬間、レドランの口元から周囲全域を襲う力場が[息]として放たれる。

 メリアドールは「あ、うっ」と衝撃に弾き飛ばされる。

 リディルは体を半身反らし力場を回避すると、再びレドランに斬りかかった。

 だが、既にメリアドールの〝束縛〟は弾き飛ばされている。

 レドランが左手にショートソードを持ち替え、リディルの斬撃を真正面から受ける。

 するとリディルは即座に対応し、滑るようにしてレドランの懐に潜り込み、腰の後ろに携えていた短刀をレドランの胸元に突き立てた。


「――っ!」


 すぐさま、リディルは後方に飛び退くと同時に、なにもない空間からレドランの右腕が現れ爆炎魔法を撃ち放った。

 爆発音と同時に、リディルが突き立てたはずの短刀が転がる。

 短刀には、血の一滴もついていない。

 炎と煙が立ち上る中で、レドランは長く深いため息をついて言った。


「――千年前に一度、同じやり方で殺されたことがある」


「ザカール――」


 メリアドールは思わず名を呼ぶと、炎の中でレドランの姿をしたザカールが笑った。


「――いかにも。フフ、だが嬉しいぞ剣聖を継ぐ者。お前の動き、判断力、[ガラバ流]の剣術を、正しく学んだと見える」


 そのままザカールは右手に〝雷槍〟をばちりと詠唱させ、狂喜の笑みを浮かべる。


「そうでなくては困る――! ビアレスの末裔! そして剣聖を継ぐ者! 今、こうして千年ぶりにまみえたのだ――! 正しいかったのは奴らか、私か、雌雄は未だ! 決していない――!!」


「メリーちゃん下がって!」


 ザカールが一気に加速しリディルに斬りかかる。

 同時にザカールの右手から〝雷槍〟が放たれる。

 咄嗟にリディルが剣の切っ先を、〝雷槍〟の端に辛うじて触れさせ威力を弱体化させると、そのまま〝雷槍〟はメリアドールに襲いかかる。

 メリアドールは詠唱し続けていた〝魔法障壁〟を全力で張り巡らした。

 リディルによって弱体化された〝雷槍〟が〝魔法障壁〟にぶつかると、あっという間に障壁をぶち破り、同時に四散した雷の魔力が稲妻のようにメリアドールの右腕から肩にかけてを焼いた。

 衝撃の余波でメリアドールは吹っ飛ぶと、そのまま民家の壁に叩きつけられる。


「う、うあ、あ……!」


 全身に激痛が走り、メリアドールはたまらずうずくまった。

 〝雷槍〟の余波で右腕が動かない。


「メリーちゃん!」


 リディルが名を呼ぶのと同時に、ザカールはリディル目掛けて〝雷槍〟を嵐のように至近距離から撃ち放つ。

 その全てを、剣で弾き、あるいは半身をそらすことで回避しきったリディルは、腰元から彼女の切り札の一つである、〝小型魔導誘導ポッド〟をザカールに向けて投げ、それを発動させた。

 それはリディルが魔力で印をつけた相手を敵と認識し、圧縮した〝雷槍〟を四方から撃ち放つ最新鋭の魔導兵器である。

 二基の兵器自らが〝飛翔〟の魔法で自らを浮遊させ、ザカールの周囲をジグザグの飛行で飛び交い〝雷槍〟を撃ち放つ。

 ザカールは対応を余儀なくされ、


「またこれか――!」


 と苦々しげに呻く。

 そのすきにとリディルは距離を取り、メリアドールを抱きかかえた。

 だが、ザカールが[息]として放った力場が、二基兵器を破壊し、ザカールはなおも呻く。


「レドランめ! この程度で息切れするのか……!」


 リディルがメリアドールを抱きかかえたまま、両肩と太もも裏に備え付けられた〝魔導推進装置〟を全開にさせ、飛び立つ。

 同時にザカールがリディルたちの頭上に強力な重力場を形成させた。

 今まさに飛び立たんとしていたリディルは頭上から降り注いだ強烈な重さに耐えきれず、片膝をつく。

 同じく重さに押しつぶされたメルアドールは、「かは」と息を吐くことしかできない。


「どれだけ強かろうが、たかが剣士! この私から逃げられると思うな!」


 ザカールが剣を構えたその時だった。


「レドラン・マランビジーは、何をしているかぁ!」


 怒声が、屋根の上から鳴り響いた。

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