第2話:遺跡探検
成長するのは喜ばしいことなのだが、お陰で通路を飛びながら移動することはできなくなってしまった。
扉との対比からして、恐らく今自分の身長は一メートルほどといったところだろうか。
随分と一気に大きくなったものだが……いったいどれほどまで成長するのだろうか。
下手したら、この通路に挟まってしまうのでは――。
ちらと後ろを振り返る。
今まで自分が通ってきた道が、やけに狭く感じる。
一本道では無かったが、全ての通路はこのサイズだった。
……戻るのは、得策では無いかもしれない。
とにかく今は広い場所を探すのが先決かもしれない。
気がつけば、扉を覆っていた光は消えていた。
恐る恐るその扉に触れると、そのままゆっくりと扉は外れ、奥へと倒れた。
道は、開けたのだ。
「進むしか、無いのか……」
独りごち、一歩前足を踏み出したところで、またふと気づいた。
自分の皮膚、すなわちいくつかの鱗の色が、微かに黒ずんでいる。
「――なんだ?」
だが、疑問に思うことでも無いかもしれない。鶏の雛、黄色いひよこは大きくなれば白くなるのだ。赤子と成体の色が違うのは良くあることだ。
「シマウマみたいにならなきゃいいけど……」
そこからは、一本道だった。
どうやら自分のいた場所は、人間たちの居住区画だったらしい。
最後の扉をくぐると、今度は開けた大広間へと出た。
天井は見上げてもどうなっているのか見えないほどで、実際の高さは想像もできない。
壁の節々に彫刻が施されているが、どこも焼け焦げていたり欠けていたりと劣化が激しい。
そして――
『じゃあ、どうして[星の神々]はぼく達を見捨てたんですか?』
一人の透けた子供が、挙手をして言った。
あ、また記録かと理解したドラゴンの雛は、黙って透けた彼らの動向を見守った。
すると、きらびやかな杖を持ったローブの男がにこやかに答える。
『いえ、[星の神々]は我々を見捨てたわけではありません』
『でも先生は、世界を作った神様たちはもういないって言いました』
『それは言いました。でもレイジ君は最後まで先生の話を聞いていませんね?』
くすくすと、周囲の子どもたちから笑いが溢れる。
ああ、ここは――教室、のようなものだったのだろうか?
その割には随分と広い場所だが……。
『続きをよろしい?』
教師が少年に問うと、少年は
『はい』
と少しばかり唇を尖らせた。
教師が続ける。
『神々は、世界創生に力を使い、眠りにつくことを余儀なくされました。ですが、最後の力を振り絞り、自らの代行者を世に生み出したのです。それが――』
『はい! [古き翼の王]!』
『はぁ……またキミは――』
『でも、あってますよね!』
『それは、まぁ――そうです。この世界で最初に生まれた者。古き翼の王が神々の代行者なのです』
『へへっ! ですよね!』
『ですが、ちゃんと先生の話は聞いてくださいね?――ん、そろそろ時間のようです。次は[竜言語]の授業ですから、ちゃんと[赤き旋風(リィーンド)]の言うことを聞いてくださいね?』
瞬間、違和感を覚える。
リィーンド。
……赤き、旋風?
何だそれは?
何故、リィーンドと聞いて――。
言葉の、意味なのか?
どういう理屈なのだ……?
何故、唐突にそれを理解できたのだ?
ドラゴンの雛は考えながらも注意深く記録の子らを観察する。
子供たちが『はーい』と口を揃えて答えると、ふと巨大な影が彼らの頭上を覆った。
思わずドラゴンの雛はその影を見上げ、呆然とした。
教師が、少し大きな声で上に向かって叫ぶ。
『[赤き旋風(リィーンド)]! 着地は静かに!』
すると、ややあって頭上から低い声が響く。
『努力はしている』
すると、教師の後ろに巨大な翼を持つ赤いドラゴンが乱暴に着地した。
生徒たちから興奮気味の嬌声が漏れ、衝撃と風圧で転びそうになった教師が『ああ、もう!』と非難の声を上げた。
さぁーっと景色が遠のいていく。
「本当に、ドラゴンがいた……。そ、それに、今のは……いつの記録、だ……?」
確か、あの扉の前で見た記録では――人間の騎士たちが……そうだ、たしかに[古き翼の王]を、追っているように見えた。
何がどうなっているのか……。
[古き翼の王]は、人間の敵だったように思えた。
だが今見た記録では、人間の子供たちと、教師とドラゴンが共存しているようにも見えたのだ。
そもそも人と完全に敵対していたのならば人間サイズの居住区画があることもおかしいのだ。
そしてその[古き翼の王]は、人と、友好的に暮らしていて、そこを人間が攻めてきた――?
では、悪いのは人間側なのか?
それとも、これは単純に国と国とが争う普通の戦争なのか?
記録の中で、[古き翼の王]がいる限り奴らの力は無限と老人は言っていた。
奴らというのは……[竜の司祭(ドラゴン・プリースト)]のことで良いのだろうか。
この世界を作った[星の神々]の、代行者[古き翼の王]がいる限り、[竜の司祭(ドラゴン・プリースト)]の力は無限……?
いや、やめよう。
結局、まだ何もわかっていないのだ。
随所随所を見せられただけで判断してはまずい。
ドラゴンの雛は、もう一度周囲をぐるりと見渡した。
……今度は、あの少年来ないのだろうか。
もう身構えているからいつ来られても対応できると思うのだが。
しかし――。
「ん、お……? こ、今回は、は、早いな……」
また、体が重くなる。
つい先程と同じように、内側から来る重みと、硬化していく皮膚の感覚に少しばかり怯えながら、しばし黙ってそれに耐える。
すると、すぐに硬化した皮膚は剥がれ落ち、再び自由の身となった。
「く、はぁ……これやっぱ怖い」
何度あっても金縛りが怖いのと同じで、やはり慣れることは無いのだ。
意に反して体の自由が効かなくなるのだから。
だが、気がつけば更に先程よりも自分の体は巨大になっていた。
ちらと振り返り、自分が通ってきた扉を見る。
既にその扉を軽く見下ろすほどの身長になっている。恐らく体長二メートル以上のドラゴンへと成長を遂げたのだろう。
「……これで終わりか? でもさっき空から降ってきたドラゴンはもう一回り大きかったな……リィーンドとか言ったっけ」
先程一瞬見えたリィーンドと呼ばれた赤い竜は、顔のサイズが人の上半身ほどの大きさだったのだ。
あれがドラゴンの成体ならば、自分はもう一回か二回成長するはずだ。
「もう嫌なんだけどな……」
と独りごちても始まらない。
ふと、自分の翼を眺めてみる。
「……だいぶ黒くなった」
まばらだった黒い鱗は、今やびっしりと全身を覆っている。
鏡が無いので確認できないが、恐らく自分は黒竜というやつなのだろう。
「……全身を黒で染めるコーデは、妹に笑われてすぐやめたっけ。……だから何だって話だけど」
こういうことは、覚えているのだ。
思い出はある。
たとえ顔と名前がわからなくても、その思い出が自分であることを支えてくれている。
――大丈夫。必ず、帰れる。
周囲の様子を伺うと、また別の場所に続く扉を見つけた。
しかし――
「……通れない」
既に体は扉の大きさを超えてしまっている。
どうしたものか……。
ふと、先程の様子を思い出す。
あの赤いドラゴンは、上から降りてきたのだ。
ならば、この遥か上にドラゴン用の扉があったりするのだろうか。
「……行ってみるしか無いよな」
黒竜は巨大な翼を開くと力強く羽ばたかせ、飛び立った。
※
かなりの距離を上昇した気がする。
百メートル以上の高さがあるのかもしれないが、いかんせん空を飛ぶ感覚というのに慣れていないため正確な高さまでは把握できない。
ようやく天井が見えると、真ん中の部分が吹き抜けになっており、黒竜はほっと安堵の息を漏らした。
ちらと下を見てみると、既に先程いた床は薄暗く見えなくなっていた。
そのまま一気に吹き抜けを通過し、また薄い膜のようなものがあったことに気づく。
また、何かが始まるのか――。
黒竜は着地し、周囲を伺った。
すると――。
『先生、何を――!?』
また、記録が再生されていく。
薄く透き通った青年が、驚愕して叫んだ。
青年が瞳を向ける先には、先程下層の記憶で見た教師がいた。
教師の足元には、数名の男女が倒れている。
教師が言った。
『……[暁の勇者]たちが迫っている』
『勇者――人の……? でも、みんなは!?』
『奴らは、我々を根絶やしにするつもりだ』
『で、でも、[古き翼の王]がいれば俺たちは死なないって――』
『もちろん、肉体は滅びても魂は[古き翼の王]の元に還り、[古き翼の王]の力によって何度でも蘇ることが可能だ。しかし――奴らは魂を封じる術を身に着けている』
淡々とした教師の口調に青年は困惑の表情を浮かべた。
青年は一度視線を倒れている人々へとやった後、言った。
『みんなは――』
教師が淡々と言った。
『魂を、[暁の勇者]たちに奪われるわけにはいかない』
青年は、ぎゅっと唇を噛み締めた。
『――殺したんですか』
教師が表情を変えずに答える。
『[古き翼の王]の御下に返したのだ』
倒れている男女たちには抵抗した跡があった。何人かは出血もしている。
青年がそれに気づくと、一歩後ずさる。
すかさず教師が前へ出た。
『キミは優秀な子だ』
『――アンタは……!』
『キミのような力のある子を、[古き翼の王]は欲している。さあ――』
教師が杖を掲げたその瞬間だった。
天井が裂け、二十名ほどの騎士たちがなだれ込んできた。
その中の一人、赤毛の騎士が叫んだ。
『見つけたぜ[探求と知略(ザカール)]! ここで会ったが百年目ってなあ!』
同時にその騎士たちを守るようにして青い炎が吹き荒れると、ザカールと呼ばれた教師は驚愕して叫んだ。
『[赤き旋風(リィーンド)]め、しくじったか!――レイジ、来い!』
ザカールが視線をやると、既に青年はいなくなっていた。
ザカールは舌打ちをして小さく呻く。
『これでは供物が足らない――』
ザカールは即座に身を翻し、縦穴に飛び込んだ。
『あんにゃろ!』
赤毛の騎士が叫ぶ。
その時だった。
『〝炎・爆発(ブラスト)〟!』
ドラゴンの咆哮と同時に放たれた巨大な火球が圧倒的な速度で赤毛の騎士に襲いかかる。
だが、即座にフルフェイスの騎士が間に割って入り、盾を構えた。
老人が叫ぶ。
『援護!』
同時に、数名の魔道士たちが一斉にフルフェイスの騎士に防御魔法を張り巡らすと、フルフェイスの騎士が構えた盾に火球が直撃し、爆発した。
だがフルフェイスの騎士は無傷で攻撃を耐えきって見せると、そのまま赤毛の騎士が体を器用にくねらせフルフェイスの騎士の肩に蹴り乗り、背中から巨大な剣を抜きさりドラゴンに斬りかかった。
『〝疾走・風(スクリーズ)〟!』
だが、ドラゴンは叫ぶと同時に風のような速度で赤毛の騎士の背後に回り込む。そのままドラゴンは口を開け――。
ドラゴンの脳天を、別の白い騎士が槍で貫いた。
振り返った赤毛の騎士が左手をドラゴンに向けると、彼の指先に光の矢のようなものが形成された。
尚も暴れるドラゴンの翼を別の騎士が切り落とすと、赤毛の騎士が放った光の矢がドラゴンの胸を貫いた。
赤毛の騎士が言った。
『魂、取ったぜ!』
すると、ドラゴンは途端に力を失い、ボロボロと朽ちていく。
記憶は、そこまでだった。
また、さぁーっと景色が遠のくと、黒竜は目眩のようなものを覚え首を振った。
同時に、いろんなことが起きすぎた。
教師が――ザカールが生徒を殺したのは何のためだ?
魂を奪われないためと言っていたが――。
供物、という言葉に嫌なものを覚えつつ、黒竜はあの中の数人が[暁の勇者]たちなのだろうとある種の確信を持って理解できた。
あるいは、全員か。
そして、バッと周囲を見渡す。
――少年の姿は無い。
「……あの少年は初回特典か何かだったのか? じゃあその後の何か怖い笑い声は? 賑やかし担当? バラエティとかで良く使うやつ?……んん?」
ふと、黒竜は思い立つ。
「そういやあのドラゴン、火を吹いてたな……。俺も吹けるのか? ブラストって言ってたか? 後は、スクリーズって……」
口から炎を吐くのは――ドラゴンの魔法なのか?
てっきり体内にそういう器官でもあるのかと思っていたが……。
魔法、か――。
おもむろに黒竜は一歩下がり、壁に向かって叫んだ。
「んん! ブラスト!」
だが、声は反響し虚しく響き渡っただけだ。
「あ、あれ……? ブ、ブラスト! ブラスト! ええと……スクリーズ! ブラスト!」
てっきりあれが魔法の名前なのかと思って叫んでみたが何も起きず、黒竜は誰が見てるわけでも無いのに気恥ずかしくなって両の翼で顔を覆った。
「恥っずかしい……」
しかし、なぜ何も起きないのだろうか。
同じようにやっているつもりなのだが――。
もしやレベルとやらが足らないのだろうか?
そもそもレベルがあるのかすらわからない。
それともMPとかが足らないのだろうか?
……MPってあるのだろうか。
もっと別の理由があるのだろうか。
修行的な、鍛錬的な――。
「……なんで出ないんだろ。才能無いのかな……? ブラスト……。意味は、炎と爆発?……ってなんで意味わかるんだろ」
正直なところ、ブラストと言われて連想するのは、英語でいうならば爆風だったり突風だったりと複数ある。
それが何で炎と爆発と分かれるのか、自分でもよくわからないのだ。
まあ同じ言葉でも意味が違うの良くあることだ。
雨と飴や、海や膿、カレーやカレイに……いや、最後は違うか?
だが、何も起きない以上は仕方ない。これ以上の考察はとりあえず後回しだ。
まずは毎度来る成長に備えなければ――。
しかし――。
「……あれ? 何も来ない。……ん、ひょっとしてこれでもう成体?」
成長が、来ない。
「ええ、嘘ぉ……。俺、他のとくらべて随分小柄だけど……ひょっとしてこれが火吹けない理由?……少年聞いてる? 笑い声さんでも良いんだけど」
と聞いてみても答えは返ってくるはずもない。
黒竜は盛大にため息をつき、がっくりとうなだれた。
「はぁ……まあ良いんだけどさ、俺元の世界に帰りたいだけだから……。でも少しだけ、〝炎〟吐いたり〝物凄い速度〟になったりしてみたかっ――うおおおお!?」
その時だった。
突然、黒竜の口元から火炎が放たれ、同時に体が一気に加速しそのまま顔面から壁に突っ込んでしまった。
予期せぬ出来事のせいで受け身も取れず、黒竜は激痛で悶絶しながら転がり回った。
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