第23話:決着
追い詰められているな、と黒竜は内心で自覚しながらも状況を打開する策を見いだせないでいた。
そもそも、リジェットとドラゴン以外は全員味方のはずであり、操られているだけなのだ。
殺すわけには、いかない相手なのだ。
だが予想していたよりも遥かに彼らの連携は巧みであり、全員が全員黒竜の行動を阻害する為に動いているように見える。
かといって、持久戦も不可能だ。
時間をかけ過ぎれば、ブロブを始めとする強力な増援が到着してしまう。
ならば、どうする――。
四方からの魔法攻撃、そして蜘蛛の巣のように空に残り続けている魔力の塊を回避しながら、黒竜は思考する。
この全員がリジェットに支配されていながら、何故メスタとメリアドールは無事なのか。
恐らく――ミラと同じく、支配が通用しなかった相手だ。
短くそう結論づけ、更に何故と考える。
ミラに関しては、リジェット自身も使うまでわからなかったように見えた。
あの時確かに、首の後ろでミラは言った。グランドリオと。
黒竜は己の人生がゆっくりと別の道に絡め取られていく恐怖を覚えながらも、考える。
何故、リジェットは自らこうして前に出てきているのだ――?
彼が姿をくらましてしまえば、こちら側に打てる手は無い。
わざわざ出てくる理由がある。残って戦い続けなければならない理由がある。
リジェットは、『やはり人間に負けたか』と言っていた。
彼はあの戦いを知っているのか――?
リジェットから溶岩のように煮えたぎった灼熱が嵐となって撃ち放たれる。
黒竜は反撃を試みようにも、同一射線軸上に[ハイドラ戦隊]の者たちがおり、リジェットが事実上の人の盾を構えているのだと知り苛立った。
やむおえず〝力場・障壁〟の[息]を撃ち放つも、ベタベタと降り注いだ灼熱が障壁をじわりじわりと侵食していく。
同時に、また四方からの同時魔法攻撃をミラが防ぎきり、
「キリがないですよ!」
と声を荒げた。
「わ、わかってはいる、が――!」
はっとした瞬間は既に遅く、リジェットは跳躍し、[言葉]を走らせ、爆発的な加速で黒竜の眼前にまで迫っていた。
「う、くっ……!」
即座にミラが雷を撃ち放つも、リジェットが同様に放った雷の魔法で容易くかき消された。
そのままリジェットは黒竜の頭を踏み台にし、叫んだ。
『〝ミラベル・グランドリオ・ウィル・ディネイト〟!』
言葉が雷鳴となって鳴り響く。大気が震え、力場が波動となってミラに襲いかかった。
次の瞬間、リジェットは黒竜から飛び降り、笑って言った。
『やれ、ミラベル。それはお前の敵だ』
首の後ろのミラが、言った。
「――〝次元凍結〟」
瞬間、体の内側から凍えるような冷気が溢れ出す。
何だ、これは――。
対策を取る間も無く、考える間も無く、全身の力が抜け、羽ばたくことすらできなくなる。
そうしてそのまま、黒竜は大地に墜落していく。
また、リジェットが笑って言った。
『その若さで極大封印魔法を使いこなすか――。だが、お前の力も私のものとなった』
上空の魔法の塊が砕け散ると、ミラは墜落していく黒竜から飛び退き、自らに飛行の魔法をかけ、空中でビタリと静止した。
リジェットが杖を掲げ、赤黒い魔法の槍を作り出す。
『ハハハハハ!
リジェットめ、最期まで手こずらせてくれたが、これで[古き翼の王]の肉体は、私のものだ!
やれミラベル! お前の中の[暁の勇者]の血が、[賢王の遺産]の鍵となる』
墜落し、体の内側から冷たくなっていくのを自覚しながら、黒竜は考える。
死では無い。
ミラは凍結、と言っていたし、それに極大封印魔法とも――。
ならばこれは今黒竜を殺す魔法では無いはずだ。
何か、手立てを探さなくては――だが、一切の力が入らない。
そして、自分は呼吸すらもしていないことに気づく。
だが苦しくは無い。
――これが、〝次元凍結〟とやらの効果か。
同時に考える。
……この男は、リジェットでは無いのか?
それに、[遺産]――?
別方向から、リジェット目掛けて雷の魔法が放たれる。
だが既に周囲に集まりつつあった[ハイドラ戦隊]の面々が容易く障壁で防ぎ切る。
同時に隊の騎士たちから放たれた魔法の鎖が、その魔法の主であるメスタとメリアドールを縛り上げ、そのまま地面に叩きつけた。
『遅かったなメスタ・ブラウン。そしてメリアドール・ガジット。
お前たちに我が[支配の言葉]が通用しない原因は、後でゆっくり突き止めるとしよう』
メスタがぜえ、と荒い呼吸を吐き、リジェット目掛けて火球を撃ち放つ。
だがリジェットは同じく放った火球で相殺し、言った。
『鍛錬が足りていないようだなメスタ・ブラウン。お前に[言葉]を使いこなすことはできない』
ミラが大地に降り立ち、黒竜を冷たい目で見下ろす。
黒竜は声すら上げることができず、内側から無限に溢れ続ける冷気に支配され動けない。
どうすれば良い。
どうすれば――。
リジェットは天を仰ぎ、感慨深げに言う。
『ついに、賢王の血統が――我が手中に落ちた。グランドリオ……ふふ、グランドリオ!
ガジット一人だけでは心もとないとは思っていたが、まさかここで出会えるとは!
結局、リジェットはこの私に、最高の駒を提供する羽目になったのだ。
こうも上手くいくとは思わなかった。
グランドリオとガジット、国の根幹たる血統がわが手に――!』
[ハイドラ戦隊]以外の騎士たちも、大勢集まってきた。
「リジェット隊長、我々は警戒にあたります!」
一人の騎士がそう言うとリジェットは彼を見ようともせずに、
『任せる』
と短く言う。
また別の騎士がやってきて、
「リジェット隊長、冒険者部隊はもうじき到着します!」
と報告し、リジェットは、
『リディル副隊長に任せると伝えろ。――剣聖の娘は何をやっているのだ』
と苛立った様子を見せる。
そこにいる者たちは、皆黒竜の見知った顔だった。
昨晩楽しげに肉を頬張っていた騎士も、[ハイドラ戦隊]におべっかを使いまくっていた騎士も、皆既に――。
また、一人の騎士がやってきた。
その騎士は、カルベローナのテントを守っていた兵士の内の一人だ。
あの時気さくに声をかけてくれた彼も、[支配の言葉]の餌食に――。
その時、メリアドールが絶叫した。
「ミラベル!!」
ミラが反応するよりも早く、その騎士の抜き去った短剣がミラの背中に突き立てられた。
悪寒が走った。
何故、どうしてと思考がフリーズし、ようやく可能性に行き着く。
――三人目。
黒竜を縛っている〝次元凍結〟が、消失する。
黒竜は、瞬間的に心の内で叫び、跳躍した。
[息]が力場となって黒竜を覆うと、それは加速の鎧となって黒竜の速度を極限にまで高めた。
リジェットがはっとして振り返り、崩れ落ちるミラに視界をやる。
それは、リジェットにとっても想定外の出来事だった。
既に別の者から出されていた殺しの命令。暗殺者の、忠義、信念、憎悪。
[支配の言葉]の、大きな、大きな欠点。
即ち――裏切り者は、[支配]をされても裏切り者なのだ。
故に、敵味方の概念を挿げ替えたとしても、それは滞りなく実行される。
黒竜が暗殺者に向けて翼を振り下ろすよりも早く、暗殺者は胸元から赤く変色した水晶を取り出す。
それは即座に膨張し、黒竜はぞわりと背筋を震わせた。
――自爆。
一瞬、判断が遅れた。
黒竜には水晶が膨れ上がり爆発するという概念が無いのだ。
既に、ミラを殺す算段は整っていたのだ。
水晶が爆発する瞬間、暗殺者が狂気の笑みを浮かべ、言った。
「汚れた血は正された」
瞬間、黒竜は動かなくなったミラに向けて叫んだ。
「〝鉄・頑丈・強化・
言葉が波動となってミラを覆い、それは鋼の鎧となる。同時に、リジェットがミラに向け防御魔法を張り巡らす。
赤い水晶の爆発が周囲の全てを飲み込んでいく。
衝撃と瓦礫が黒竜の鱗をえぐると、激痛が走る。
だが、痛いということはまだ生きているということだ。
しかし――。
爆炎が晴れるよりも早く、眼前に振り下ろされた剣が、黒竜の顔を切り裂いた。
左腕を失ったリジェットが粉塵をかき分け、黒竜にめがけて叫んだ。
『〝炎・加速・貫通・
避ければミラに当たってしまう。
――殺る!
「”〝力・纏う・自分・鉄・頑丈・強化・
黒竜は覚悟を決め叫び、リジェットが放った高速の火球に向け飛び込んだ。
火球は黒竜の甲殻を貫き、内部で爆発するとそのまま左翼の肉をえぐり飛ばす。
視界がぐらりと歪むが、黒竜は渾身を振り絞り更に跳躍する。
リジェットが再び剣を構えるのと、黒竜が右の翼を振り下ろすのはほぼ同時であった。
リジェットは体を起用にくねらせ黒竜の一撃を回避すると、再び黒竜に向けて叫ぶ。
『〝炎・加速・貫通・
避けることはできない。周囲にいる全てが、元々黒竜の仲間なのだ。このドラゴンの皮膚をえぐるほどの破壊力。もしも、万が一騎士団の誰かに当たれば、即死だろう。
周囲の味方を使い捨てにする敵を相手に、周囲の全てを守りながら黒竜は戦わなければならないのだ。
だが、それでも――。
「ミラ君を守れ!」
声を荒げ、リジェットの火球に飛び込んだ。
既に潰れた左の翼を捨てる覚悟で肉の盾にし、まだ無事な右の翼でリジェットの体を横薙ぎにする。
リジェットは回避しようとするも、失った左腕から流れ出たおびただしい量の血で足を滑らせ、黒竜の一撃をまともに受けそのまま弾き飛ばされた。
噴煙が晴れる。
周囲の大地は黒竜とリジェットの流した大量の血で赤く染まっている。
「リジェット隊長!」
カルベローナが剣を構え、黒竜に切りかかった。
同時にメスタが彼女に体当たりを仕掛けると、二人はもみくちゃになって大地に転がった。
リジェットがゆっくりと立ち上がる。
周囲にいた騎士の殆どは、爆発によって生じた瓦礫で負傷している。
それでも、咄嗟に魔法障壁を張り瓦礫を防ぐことができていた騎士たちから雷の魔法が放たれ、黒竜に降り注いだ。
その全てを受けながら、黒竜は尚もリジェットに向け跳躍し、右の翼を振り下ろす。
もはやリジェットは回避することもできず、剣を盾にし黒竜の体重をかけた翼撃を受けた。
剣が折れると、翼爪がリジェットの胸元をえぐり切る。
仮面の奥でごほとリジェットが血を吐き、ゆっくりとその場に倒れ込んだ。
トドメを、刺せ。
殺せ。
だが塗り固めたはずの殺意は、いざ血まみれのそれを見れば僅かにゆらぎ、黒竜の動きを鈍らせた。
――俺は、人を、殺すのか。
人を――。
黒竜は躊躇い、次にすべき行動を遅らせてしまう。
リジェットはもう一度血を吐き、言った。
「――ああ、お前か」
その穏やかな声色に、思わず黒竜は動きを止めた。
――何だ?
ふと、周囲の騎士たちがざわめきはじめる。
騎士たちが慌てた様子でミラの回復に当たりはじめ、メスタと戦っていたカルベローナが困惑した様子で周囲をきょろきょろと見渡した。
どうも様子がおかしい。
――[支配の言葉]が、解けているのか……?
倒れたリジェットが、残された右手で自分の仮面を取る。
その顔を、黒竜は知っていた。
あの記憶で垣間見た、青年の顔――。
何故。あの青年。[探求と知略]。千年前。
いくつもの疑問がフラッシュバックし、困惑と共に呻く。
「レイジ君か――」
すると、青年はどこか安堵した表情になるとゆっくり目を閉じ、途絶えつつある息と共に言った。
「[ドゥエルグ聖堂]、ザカール」
そして、かつてレイジであった青年は永久に動かなくなった。
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