第17話:メリアドール姫の計画


 [吸血症]とは、〝次元融合〟の先にある[幽世]の魔神によって産み出された、呪いの類である。

 やがて人間性を失い人を食らう吸血鬼へと至る恐ろしい呪いであるが、決して不治の病では無い。

 問題は、その強大な呪いを解呪できる治癒士の数が限られているということ、そして治療には時間がかかるということだ。

 故に、その数少ない治癒士を長時間独占してしまうため、費用が高額となってしまう。

 だからこそミラは、[魔術師ギルド]を去り冒険者となる道を選んだのだ。

 しかし――。


 彼女の義姉の病気は、[吸血症]では無かった。

 過去には無かった見知らぬ奇病。

 治療法は、見つかっていない。

 [吸血症]によく似た症状であったためそれと同類かと思われていたが、最近になってその患者らに異変が起こり始めた。

 患者の皮膚を内側から食い破りまるで鱗のような何かが生え始めたのだ。

 爪は伸び、髪は硬質化し、少しずつ、少しずつ人から変貌していく。

 その赤黒い鱗は、亜人種である[リザードマン]とはかけ離れた大きく頑丈な鱗であり、『まるでドラゴンの鱗のようだ』と治癒士の一人がそう漏らしたそうだ。

 便宜上、その呪いは[竜化の呪い]と名付けられた。

 それから一週間ほど経った頃、[ハイドラ戦隊]の隊長室の椅子に座り、次のパーティの段取りや予算の資料と睨めっこしていたメリアドールの元に、一枚の紙が届けられた。

 その紙の届け主であるリディルがいつもの様子でひょうひょうと言う。


「意外と早かったねー。はいこれ[竜化]の新しい情報」


 メリアドールと同じく資料と睨めっこしていたメスタが、がたんと席を立つ。

 メリアドールは口の中で「ほんと、妬けちゃうね」と言ってから資料を読む。

 だが、そこに書かれていた内容は、呪いの解呪手段などでは無かった。


「呪いを引き起こした……疑いのある冒険者? 曖昧な書き方だね?」


 メリアドールは読み終わった資料をメスタに渡しながらリディルを見る。


「んー、そうだねー。結構やばい感じみたいだし、犯人探す方向がメインになったみたい」

「教会のメンツ丸つぶれだね」

「全然治せてないみたいだしねー、惨めだよねー教会って。何のためにあるんだろ」

「……僕も大概だとは思うけど、リディはやっぱ外に出せないな……」

「ええーひどーい!」

「どうだいメスタ。キミのいない一年の苦労がわかって――」


 メスタは、紙を見つめたまま動けないでいた。

 その紙に記されている容疑者が誰なのかを知っているメリアドールは、情けないことだ、とため息をつく。


「メスタ。キミは人を信用しすぎる。……いや、疑うことを知らないのかな?」

「二人共単細胞だもんねー」

「リディちょっと黙って。――メスタ、その冒険者……リジェットという男の印象を聞きたい。キミたちが最後にパーティを組んだ相手だ」


 行方不明の白金級冒険者、治癒士リジェット。

 基本的にパーティは組まず、一人で行動することが多かったため彼の情報は決して多くない。

 だが実力は本物であり、[冒険者ギルド]からは更に上の階級への推薦まであったほどだ。

 彼は良く、[慈善活動]と称して身寄りのない子供や老人の病気を治療して回っていたそうだ。

 教会からもいくつか勲章をもらっており、それ故に[死海]の探索に推薦されたと――。


「いや、[死海]には自分で手を上げたんだったかな……?」


 メリアドールがふとつぶやくと、メスタが少しばかり驚いた顔を彼女に向ける。


「キミの交友関係は調べたと言ったろう?」


 からかうように言うと、メスタはようやく口を開いた。


「……交友ってほどじゃない。口を聞いたことだって、二、三回しか――」

「十分さ。キミの周りにいた連中のことはこちらでマークしていた。

 トランという剣士やダイン卿にも既に情報を取りに行っているようだが――」


 すると、メスタは眉間にシワをよせ見るからに嫌そうな顔になる。だが、メリアドールは無視して問う。


「で、リジェットという男の印象は?」


 メスタはぽつぽつと語りだす。

 普段は顔を仮面で覆っている。フードを深く被っている。あまり印象には残らない。あえてそういう立ち回りをしているように感じられた。とても落ち着いた……どこか冷たさを感じる雰囲気。

 そこまで聞いたところで、メリアドールは口を挟む。


「仮面、ね――」


 だが、メスタは首を振る。


「怪しいものじゃなかった。パーティを組む際、みんなに素顔を見せてくれた。

 ひどい火傷と、怪我の跡だったよ……。

 何か物凄い――力を持った獣にえぐられたような感じだった。

 その時は穏やかな印象を受けたのだけど……」


 メスタは自分の捻れ曲がった黒い角を指で触れ、寂しそうにこう付け足した。


「竜人のこと、嫌いみたいだった」


 メリアドールが訝しげな顔になると、横からリディルがあっけらかんと口を挟む。


「メスタちゃんのことが嫌いなんじゃなくて?」


 すると、メスタは少しばかりムッとした様子になる。


「……どういう意味だ」


 メリアドールは小さくため息をつき、「リディ」と友人を軽く咎めるが、彼女は不遜な態度で続ける。


「別にメスタちゃんをからかってるわけじゃないよ?」

「――?」


 メスタが怪訝な顔になると、リディルが資料を読みながら続ける。


「んとねー、そのリジェットって人、竜人族の里にも何度か足を運んでたみたい。

 結構な人が病気を治してもらったって記録が残ってるねー。

 だけど……んー、竜人に[竜化]の症状出てる人いないっぽいんだよねー。

 竜人嫌いならたくさんいないとおかしくない?

 メスタちゃんなんか嫌われることしたんじゃない? 出会い頭にグーで殴り飛ばしたりしたー?」

「リディ、今真面目な話してるんだけど」


 メリアドールが呆れて言うと、リディルはぷくーと頬を膨れさせ憤慨した。


「だーってあたしそれされたもん! メスタちゃんに!」

「そ、それはお前がいきなり勝負しようなんて言うから……」

「それでいきなり殴るー? 普通殴らないよー」

「そう言うなら! 普通は自己紹介もしてない相手に勝負しようとか、殺すぞとか! 言わないだろ!?」


 同じように憤慨して椅子を蹴って立ち上がったメスタを見、メリアドールは盛大にため息をつく。


「二人共話そらさないでくれるかな……。

 ――で、そのリジェットという冒険者は、証拠を残していた為、

 犯人特定につながったということなのだけど」

「なんかやな感じだよねー。これってわざと証拠を残してるんでしょ?

 みんなに自慢したがってるみたい。んーなんでだろ?

 たいていこういうのって当てつけとか何だけど、

 メスタちゃんのこと嫌いだからここまでするとも考えにくいんだよねー」

「……私嫌いから離れてくれないか」

「ええー、でもー」


 リジェットは、発症した患者たちに証拠を残していた。

 それは、彼自身が患者たちに施した[治癒の付呪]である。

 患者たちの病気が進行することでそれは少しずつ魔力を帯び、強大になっていき、そうして患者たちに魔力のつながりができた。

 そしてその魔力を辿ることで、行方不明となったリジェットの生存が確認され、同時に関係性が明らかになったのだ。


「ずいぶんと気合の入った――罠、だよね?」


 メリアドールがリディルに問うと、彼女はまたあっけらかんと笑って言った。


「当たり前じゃーん。メリーちゃん教えてあげないとわかんないの?」

「リディ、僕でも怒る時はあるからね?」

「無い無い、メリーちゃんは怒らないよ?」

「…………ほー。メスタ、キミはどう思う」

「えっ」


 メスタは、しどもどしながら答える。


「メ、メリーは、怒らないと思う」

「そこじゃないよもう……」


 メリアドールは頭を抱え、絶句した。


「あのねメスタ。敵の出方を知るには情報が不可欠なんだ。わかるだろう?

 わざわざ証拠を残して追手をおびき寄せるような真似をする相手なのだから、

 例えば性格とか、戦い方とか、そういう趣向を知ることはこちらの生死を分けることになる」

「それは――わかる……」


 メスタが小さく頷いた。メリアドールは続ける。


「だったら、知った顔の人間が悪人かもしれないとわかったところで、そうやって冷静さをかかれちゃ困るんだ」

「メスタちゃんって騙されやすいもんねー。つまんないことで悩むし」

「リディ、少し黙ってて。――で、だメスタ。今回の件には我々も一枚噛みたいと考えている。

 キミを嫌っていたかもしれないことも少し気になるしね」

「それに名声とか上げとかないとみんなに大きな顔できないもんねー。

 でもさー、みんなの意見も割れてるよ。

 なんか怖いし関わりたくないって子が四割くらい、興味がない子が五割くらい、

 みんなのために頑張ろうって子は一割にも満たないくらい」

「……ほんっと少ないな」

「そういう子集めたくせにー」


 ニコニコとリディが言うと、メリアドールはため息をついてからメスタを満た。


「だが、キミがあのドラゴンを連れてきてくれたおかげで事態は少し変わりそうだ」


 メスタが首を傾げると、メリアドールは笑っていった。


「ようやく実戦部隊が作れそうだってこと」

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