第8話 バトルスポーツエンターテイメント

 久野は貰った風船をぽんぽんと叩きながら、二人を交互に見る。


 まるで、判決を言い渡される被告人みたいな気分になった……。


「まあ、いいですけど。——それよりも、あっちにいってみませんか!?」


 先行してしまう久野を追いかける。夢中になると周りが見えなくなると言うが、彼女の場合は逆に見えるようになるのだろうか? 扇の手助けなどなくとも目的へ向かっているらしい。


 まあ、一度きたことがあるのなら、覚えていても不思議ではないが……、

 扇にはできない芸当である。


 あと、普通に広いのだ。見えていても体力的にきつい部分がある……。

 人も多い。これでも減った方だとは言うが、扇からしてみれば多い方だ。


 時間帯も夕方だ。学校終わり、会社終わり、人が集まりやすい時間でもある。

 そして、数あるゲームの中でも最も人が集まっていたのは、中央にある最新筐体である。


『ニュー・ゲーム』――今、全世界で人気を集めているゲームである。


 それはゲームの世界に入ることができる最新技術——、人気の理由である。

 遠藤の目的のゲームだが――そこには長蛇の列だ。

 プレイするためには最低でも三時間も待つ必要がある。


「は!? ゲームで三時間!?」


 遊園地のアトラクションよりも長い。


「ま、そうか。まだこれくらいは並ぶかあ……本家だもんなあ」


 二人で溜息をつく。さすがにここまでは待てない。だが、ここまできておいてなにもせずに帰るというのも、それはそれでなんだか悔しかった。


「どうする?」

「どうする、と言われても……」


 扇には二つしか選択肢が分からない。

 諦めて帰るか、粘って並ぶか。

 途中で抜ける人も多少はいるだろうし、三時間と書いてはいるが、いくらか縮まるはずだ。

 それでもやはり、二時間は待つだろうが――、


「もっと筐体を置いておけよっ、これだけ広いし利用する人も多いって分かってるんだから!」


「充分、多いんだよ。それでもすぐに埋まっちまうんだ、人気ってことだ。

 仕方ない、予約して今日は引き上げるか?」


「予約できるのか……」


 じゃあしておけよ、とはいま言っても仕方のないことだ。


「予約も待ちだけどな。今だと……数週間後になるだろうぜ」


 手招きした久野が示した受付画面を見ると、確かに数週間は予約で埋まっていた。


「どんだけ人気なんだ……どんだけやりたいんだよ人間ってやつは!!」


「予約できる筐体は利用時間の制限も多くなっていますし、数が少なめになっているんですよ。予約で捌ける人数よりも、リアルタイムで入れ替わらせる筐体を多めに設置しないと店内もがらがらに空いてしまいますしね。ゲームは他にもありますから、お客がこないのも困るんです」


 お店側の都合もある……、まあ客である以上、店に合わせるのが道理か。


「じゃあ予約を……いや待て、別の店舗でやればいいのでは?」


 だが、その提案は遠藤が却下した。


「それはダメだな、扇。やっぱりオレはここでやりたい」

「ああ、うん。じゃあ勝手にどうぞって感じだが」

「冷たい!? 違うんだって、ここでしかできないことがあるんだって!」


 首を傾げる扇に、久野が答えてくれた。


「ようするに、ここで新規登録をすると、貴重なアイテムが貰えたりするんです。店舗別特典みたいなものですね。それが目的で、多くの人が集まっているんだと思いますよ」


「そのアイテムは良いやつなのか? そもそも、今更だけど、ニュー・ゲームって、どういうジャンルのゲームなんだよ」


「パーティゲームですよ」


 すごろく的な? それともミニゲームが集まっているのか?


「ま、当たらずとも遠からずか。進化したスポーツゲームって呼ばれているな。たとえば、サッカーを進化させた、『ギミック・サッカー』――ボールが時間によって様々な効果があるものに変化していくんだ。ボムになったり、トゲトゲになったりな。現実では不可能なギミックを取り入れたサッカーを、体感できる……、実際にゲームの中に入ってるわけだからな。コントローラーを握り締めてボタンとスティックで動かす従来のゲームとは違うんだ。

 で、アイテムってのは分かりやすく言えば魔法、みたいなものだろ。自分を強化したり、相手を邪魔したり――攻撃が許可されているのは、当然、ゲームだからだ。そう、ニュー・ゲームってのは、なんでもありのスポーツバトルゲームなんだよ!!」


 まあ他にも色々とあるがな、と遠藤。

 へえ、と扇が感心する横で、久野が「あたしの役割……」といじけていた。


 遠藤はまだ話し足りないのか、そわそわとしている。

 だが、今の説明で大体が分かってしまった。悔しいが、遠藤の説明は分かりやすかった。

 あとは、実際にやってみればすぐに覚えられるだろう。


「確かに、重要な要素なら、貴重なアイテムは欲しいが……でもこれを並ぶのはなあ」


 そうなのだ。今から並んだとして、実際にプレイできるのは――夜だ。門限的に大丈夫と言えばそうだが、しかし久野をあまり夜遅くまで連れて歩くことはしたくない。久野の家が寛容だったとしても、扇の心境的に、悪いことをしているみたいで気が進まない。


 それに、メガネのこともある。

 すると、そう言えば、と扇が思い出した。


「久野、お前は目、見えてんのか……?」


 見えにくい、というだけで見えていないわけではないが、それでもゲームシティに入った途端、ぐいぐいと進んでいくし、事前に知っていたとは言え、それでも人混みなのだから避けるのは難しいだろう……、見えていても難しいのだ、久野は見えていなければおかしい動きをしている。扇の制服だって、さっきからつまんでいない……いや、寂しいとかではなく。


 久野は自分でも驚いたのか、「あっ」と声をこぼした。


「……ですね、見えます。でも、なんで……」

「ここにきたからじゃないの?」


 と、遠藤。扇と久野、二人でじとー、と遠藤を睨む。

 テキトーなことを言うな、と。


「いや、おかしなことじゃないだろ、好きなことには色々と感覚が研ぎ澄まされてさっ、第六感って言うの!? そういうのが!」


「まあ、分からなくもない、かな――」


 スポーツでたまになる、ゾーン、みたいなものか?


「久野ちゃん、今、目は見えやすい?」

「え……、いえ、変わらないです……さっきよりは、ぼんやりとしていて――」

「じゃあ一時的なものだったんだよ」


 ですか、と久野は納得していない様子だった。


「気の持ちようかな。ここにきて、嬉しくて、だから周りが良く見えるようになったんじゃないの? ってことを言いたかったんだけど――分かった?」


「あたしは、ここが好きで――だから」


「夢中になったんでしょ? ここにきて、全部を見たいって、思ったんでしょ? だから自然と周りが良く見えるようになったんだよ――そういう風に、体が変化した……」


 今はもう見えにくい? と遠藤が聞くと、


「……はい」


 久野が言って、扇の服をつまんだ。


「なぜつまむ」

「いきなり、ぐっと見えなくなって――不安になっちゃって」


 つまんでいると安心なのか? ……だったら、ダメとも言えなかった。

 まあ、今更だ。慣れているからいいけれど――。


「まあ、今後も何度かあるだろうし、慣れておきなよ。じゃあまた、扇に助けてもらいな」

「お前も助けてやれよ。俺に丸投げするなって」


「そもそも、メガネを壊したのはお前だろ? なのにオレまで手伝うって、おかしいだろ。まあ、久野ちゃんのためなら手伝ってもいいけどさ――でも、お前的にどうなんだ? お前がいま立つ位置にオレが立っても、いいのかよ?」


「…………」

「口に出せ、分からねえ」


「……俺が全部やるよ」

「だってさ。久野ちゃん、良かったねー」


 扇がちらりと盗み見ると、そこには嬉しそうな久野の顔があり――、


 そんな彼女と目が合わないようにと、慌てて目を逸らす扇だった。

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