第9話 ショートカット

 さすがに並ぶのはきつい、という三人の意見を踏まえ、じゃあ物は試しということで店員さんに聞いてみたところ、


『あ、ニュー・ゲームを早くプレイしたいという希望ですかー? そうですね、今すぐに、とは言えませんが、ある条件を満たしていただければ、都合をつけることは可能ですよー』


 と言ってくれた。

 早くプレイしたくて店員に聞く客は多いようで、中には暴れた者もいたらしい……それによる店員側の被害を抑えるためにも、店側はとある改善策を用意してくれていた――。


 それが――『店側が用意した【クエスト】を達成する』こと――。


 当然、そう簡単に達成できるようなイージーなものではないが。

 店員さんに渡されたタブレット端末には、複数のクエストが表示されていた。どれでもいいから一つをクリアしろ、というものだ。クエストさえ達成できれば、ニュー・ゲームを早くプレイできるように店側が案内してくれるらしい……。


 そうやって早くプレイに漕ぎつけた者は多数いるらしく……、


「まさか久野、お前って……」

「いえ、普通に並びましたよ?」


 待つのは得意なんです、と言った。

 ……まあ、合法とは言え、抜け道をするタイプには見えないか。


「じゃあ見てみるか……なになに……、

 クエスト1

【レーシングゲーム(どれでも可)タイムアタックで世界ランキング1位を記録する】。

 クエスト2

【対戦格闘ゲーム『路上の戦い』で世界ランキング十位以内のプレイヤーを倒す】。

 クエスト3

【リズムダンスEXで最高難易度『EX』で三曲連続パーフェクト評価を記録する】。

 クエスト4

【横スクロールアクション『コネクトマン』の裏ステージをノーダメージでクリア】。

 クエスト5——」


 と、画面をスクロールさせると膨大なクエストがびっしりと表示されていた。しかしどれもこれもとてもじゃないができるとは思えなかった……。


「でも、やるしか、早くプレイする方法はないんだもんな――」

「手分けしてやろうぜ、十八時までには終わらせるぞ!」

「それは無理なんじゃ――」


 今は既に十七時半だ。残り三十分ではどうしたって無理だろう……しかし、弱音を吐いている場合ではない。そんな暇があるならばまず動け、と体に命じる。


「よしっ、一旦、解散だ!」


 言って、三手に分かれる。

 扇がまず向かったのは、レーシングゲームエリアだ。


 プレイするゲームは『ジェット・ラン』――利用者は少なく、すぐにプレイできた。


「タイムアタックだったよな――」


 ゲームシティでは、ゲームをする時にお金を入れるシステムではない……、入口で買うことができるカードを差し込み、プレイするというシステムだ。

 対応するカードさえ買ってしまえば、あとはやり放題だ……、とは言え、期限があるので、その間に更新手続きをしなければそのカードはただの記念品になってしまうが。

 価格は優しく、三百円……、追加コンテンツを求めるならさらにアップグレード用の料金を払う必要があるが、まあ扇の場合、プリセットのままでいいだろう。更新手続きもたぶんしないだろうし――今日、これっきりだ。


 座って、プレイする。

 扇はゲーム自体に詳しいというわけではないので、まずメニュー画面で四苦八苦してしまった。意味もなくカスタマイズ画面をうろちょろした後、タイムアタックを選び……、今度はレースで使う機体の選択――、なにが良いのか分からないが、まあバランスが良いのが扱いやすいだろうと思い、オーソドックスな機体を選ぶ。


 画面が切り替わり、主観の視点になった。

 まるで機体の中にいるようだった……握るのはハンドルだ。他にもボタンがあるが、どこになにがあってなにがどうなるのかは分からない……、チュートリアルがないのでぶっつけ本番だ。

 色々と探っている内に覚えていくだろう。


 そして、カウントが始まった。

 数字が0になった瞬間――、GO! という耳元から聞こえる声に反応し、アクセルを踏む。

 画面が高速で移動し、映る映像と連動して、座っている椅子も跳ね上がった。


「うおわ!?」


 ハンドルを思わず手離してしまい……画面がぐるぐると周り、壁に激突した。

 タイムアタックとしては大きなロスである――やり直す方が早いかもしれない。


「くそ!」


 しかし扇は続行した。

 慣れないゲーム、激しく動く椅子と筐体に酔いながらも、なんとかプレイを続ける。


 自覚はなかったが、相当、青い顔をしていたらしい……、通りがかった店員さんに止められ、最悪の事態は免れることができた。

 トイレで胃の中のものを吐き出し、スッキリとしてから、休憩するためにベンチに座る。


「遠藤も、久野も頑張ってるんだ……ここで休んでいるわけにもいかねえか……」


 立ち上がった途端だった、ぐら、と視界が揺れ、足がもつれる。

 バランスを崩した扇が前から倒れ――、


 だが、ぽすっ、という柔らかい感触と共に、扇の体が支えられる。


「……ん?」


 広がる甘い匂い。


 ……女の子?


 セクハラだっ、と言われたらどうしようもないが、目の前の女の子はそうは言わずに、扇の肩を掴んで支えてくれた。彼女のおかげでなんとか真っ直ぐ立つことができている。


 いつものように立つと、女の子は扇よりも小さかった。

 ……年下?


 いやでも、顔を埋めていたそれは、年下にしては大きい気がする。


「大丈夫ですか?」


 ほんわかした女の子だった。ずっとニコニコしていて、なにをしても怒らないような――、

 人をダメにしそうな世話焼きの匂いがする……。


 明るいオレンジ色の長い髪の毛に、大きなリボンを飾っている――絵本の中なの?

 そう印象を抱いてしまうほど、気が緩む可愛さだった。


「ああ、ありがとう、もう大丈夫だ」


「そうですか、無事でしたら、良かったですね」


 仕草なのか、一つ一つの動作がお嬢様にも思える……あり得るか。

 これ以上、声をかけていたら執事服の爺やが出てきそうな気もするが……、


 こんな子がゲームセンターにいるなんて――いや、ここは企業が注目する技術の集大成、ゲームシティだ。タバコと男臭い庶民のゲームセンターとは違う――、

 インテリが集まる場所とも言えるだろう。


 こういう子がいる方が、『普通』なのかもしれない。


「初めまして、加城扇様」


 と、自身の名を言い当てられてびっくりした。

 あと……様?


「俺の、名前……どうして」

「知っていますよ、だって、私の親友のお兄さんですから」


 は? と声が出た――親友のお兄さん――え、妹?

 気が付けば、目の前で正解が歩いていた。


 どんな繋がりなんだと思ってしまうほどの正反対な二人。

 扇と同じく、薄く、青い、短い髪。


 三度の飯と同じくらい運動が好きな、活発な女の子——。


「あ、加護かご、急にいなくなって――ええ!?」


 久しぶりに、目と目が合った。


 扇の目の前には、口を一切利いていなかった妹・天理の姿があった。


 ―― ――


「兄貴、なにしてるの?」


 と、なぜか怒っている妹……、理由が分からない。


 というか、今まで口を利いていなかったのに、こんなばったりと出くわした場面で話してもいいのだろうか……、もっと大事なところに取っておくべきでは? という意見は言う前に視線で却下された。


「加護に――わたしの親友に、気安く触ろうとしていたよね?

 どうせエッチなことを期待していたんだろこのバカ兄貴ッ!!」


「なんだその最悪な勘違い! 教科書通りじゃねえか!!」


 すると、加護、と呼ばれた女の子が扇と天理の間に割って入る。


「待って、天理! 間違っているわ、勘違いなの!」

「そ、そうだ、勘違いしているぞ、俺は――」


「もう触られたもの!」

「お前は火に油を注いだだけじゃんか!!」


 思わずほんわかした女の子の肩を掴んでしまう……ひうっ、と怯えさせてしまったのは、明らかに悪手だった。


「……兄貴?」


「い、今のは、俺が悪いけど……だからって指をパキポキ鳴らすな怖いんだよお前っ!!」


 慌てる扇、追い詰める天理……、そんなやり取りを見て、加護はくすくすと笑っていた。

 助けてもらっておいてこんなことは言いたくないが、原因はお前なんだよ……。


 くす、と声をこぼした加護は、充分に満足したのか、救いの手を差し伸べる。


「冗談だよ、天理。触られた、と言っても、仕方なかったし。

 だからお兄さんはなにも悪くないの。だから、もう許してあげなよ」


「加護が、そう言うなら……」


 親友の言葉は強いらしい。あの天理が、おとなしく引いてくれた。

 それに、向けているのが敵意とは言え、久しぶりに話すことができて嬉しいことは確かだ。

 


 すると、じっと、加護が扇を見ている……、ふと目が合うと、にこっ、と微笑まれた。


「初めまして。私、天理の親友で、バスケでもパートナーをしています、上代じょうだい加護かごと言います、よろしくお願いしますね、お兄様」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る