第2話 稼働予定の【ニュー・ゲーム】
「ふう」
三日月は嫌になるくらい多い仕事を終わらせ、息を吐く。
このプログラム世界でも、ここまで疲れが出るのかと少し驚いた。
辺りを見れば、三日月の周りを取り囲むように、大量の数字や文字。
それがまるで竜巻のように動いていた。
ここにあるはずのない数字や文字を見つけたら、すぐにでも消去しなければならない。
そうしなければ、プログラムに多大な影響を与えてしまうからである。
正式サービス開始まで、まだ一か月先だ。そうは言っても、バグなどが出ないようにしなければ完成とは言えない。さらに面白くなるように、想定を越えるように調整をしていくのが、三日月の仕事でもある。
ピコピコと電子音が鳴って、数字や文字を消していく。これはバグだった。
次に稼働させる予定のこの『ニュー・ゲーム』は、人々を『コンピューターの世界』……つまりゲームの中に入れてしまおう、という企画である。
なのでバグなど、あってはいけない。
中に入って閉じ込められるなんて事件など、起こしたくはないだろう。
一通り見て回り、今日の分のバグを処理。そして調整を終わりにした。周りに浮いていた数字や文字が、ブゥウン! という音と共に崩れ落ちる。
これはシャットダウンした、ということだろう。
辺りも暗くなり、光が無くなる。
三日月が手を挙げると、真っ暗な空間の中に、一つの大きな扉が現れた。
真っ暗の中に現れた真っ白な扉。そこを開くと、今度はモニターが立ち並ぶ部屋だ。
ここは三日月の部屋だ。
プライベートでも使うし、仕事でも使う。
今回、ここにきた理由は思い切り私的なことだった。
モニターを起動させる。
すると三日月を取り囲んだ周りのモニターが、一気に光り出す。
壁、天井、そして地面。
百を越える数のモニターが、一斉に三日月を見る。
画面に現れたのは、『パスワードを入力してください』という文字。
三日月は、
「%$#&&%」
と、言語ではないなにかを口から発した。
すると百を越えるモニターが一斉に『認証』という文字を映し出す。
そして起動した。
デスクトップ画面が映し出され、三日月はいつも通りにあるシステムを起動させた。
それはなぜか、未来が見える不思議なシステムだった。
なにかのバグでこうなったのかもしれないが、理由は分からない。
言ってしまえば、この新しく稼動させようとしている『ニュー・ゲーム』のシステムも、不思議と偶然で出来たものでしかない。
どういう理屈でどうなっているのか、そういう設計図は、なに一つとして分からないのだ。
偶然の産物。それが吉と出るのか、凶と出るのか。
なんにせよ、出来上がったきっかけが偶然であり、そこから先は、いくらかの技術を組み込んでいる。色々と理屈も、あるにはあるのだが――、
そんなことは今の三日月にはどうでもいいことだった。
興味はモニターの中、そこに映し出された未来が、彼女を誘っていた。
映し出された映像には、ニュー・ゲーム内で始まる予定の『スーパー・バスケット』という新ゲームの試合映像が流れていた。ただ、未来の時刻は操作できないらしい。
映像の中、試合の状況では、残り十秒という状況だったのだから。
映像の中に映る、薄い青髪の少年が、ボールを地面につき、
ダムッダムッと、ドリブルしている。ゆっくり、だが次の瞬間に――――加速した。
「え?」
映像を見ていた三日月も驚いていた。
あのスピードは、体の構造上、出せる速度なのだろうか。
青髪の少年は、目の前に立った敵チームの少年を、そのままの速度でぶち抜いた。
抜かれた方はなにもできずにただ棒立ちのまま。
そのヘルプにまた二人の敵が少年の前に立つ。今回は抜くにしても、進路がない。相手も頭を使ったようで、抜くための進路を塞いだようだった。
逃げ場はない、このままボールを取ろうとした二人だったが、一瞬、青髪の少年からボールが消えたように見えた。
三日月もその技術に驚く。
映像の中で、敵二人は見失ったボールを必死に探す、が――――どこにもなかった。
「なんて、子なの……」
三日月はギリギリ、それが見えたが、それでも危なかった。
もう少しで見えないところだった。
少年はボールを後ろに回し、そのまま真上に投げたのだ。
相手チームの二人は一瞬、まばたきをした。少年はそれを狙ったのだろう。
一瞬のことだが、それでも相手の二人は、ボールがどこにあるか分からずに戸惑う。
辺りをきょろきょろと見回す二人の前に、ボールが落ちてくる。
それに気づき、動揺した瞬間――、
青髪の少年がそれを奪い取り、相手、二人の間を抜けた。
この間、二秒もない。
高速でおこなわれるドリブルテクニック。
その技術は、化け物レベルだった。
これは未来映像であるだけで、音声は聞こえない。
なので、映像の中でなにか喋っているように見えるが、
なにを言っているのかまでは分からない。
青髪の少年がそのままゴールへ向かう。
同じ仲間のチームの少年が叫んでいたが、それも聞こえない。
同じように、図書室で静かに本を読んでいそうな少女の声も、薄く青い髪をした活発そうな女の子の声も、お嬢様のような高貴な雰囲気を持つ女の子の声も、聞こえない。
だけど、それが青髪の少年に向けられていることは分かった。
叫んで、願って、決めてくれ――このゴールで勝利者が決まる。
その想いが、少年に力を与えていく。
音は聞こえないはずなのに、
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』
という叫びが聞こえてくるようだった。
これを決めて、試合が終わる――、
見れば残り時間もあと二秒だ。
誰もが思うだろう。
この少年のチームの勝ちだと。
少年のチームも、相手チームも観客も、三日月も。誰もがそう思っていた時に。
後ろから迫る者がいた。
全身を明るい黄色に輝かせて、バチバチと雷を纏う、金髪の少年が。
勝利を確定させた少年に、迫る。
勝利を確信し、軌道修正ができないダンクをしてしまったために、今から避けることはできない。雷を纏う少年は、普通では出すことができないはずのスピードで、ダンクの最中であるボールとゴールの間に、手を滑り込ませる。
避けられない。このままじゃ、止められる。
確定させた勝利は呆気なく変換され、敗北へ変わった。
ダンクの勢いが殺されて、決め切れなかった。
残り一秒。
その瞬間、青髪の少年は――――、
三日月はこの試合の結果を見て、笑った。
未来の出来事。これから起こるであろう出来事。
楽しみは、向こうからやってくる。
「ふふ、面白い子が、たくさんいるなぁ――」
三日月はモニターをシャットダウンさせた。
そして、百を越えるモニターが、一斉に光を失くした。
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