最終話 雪の中に住んでいる

 埋めたはずの危険物。

 朝、日が照らすはずもないこの世界に日が射して、雪原の中央に鎮座したものは「出てきてはいけないもの」だった。

 認識汚染。思考が黒に塗り潰される。認識できない黒、認識してはいけないものが黒で規制され、そこからさえはみ出した色が存在に干渉する。

 嵐のような記憶を他人事のように遠くから認識する「俺」。

 もう終わりかもしれないな、そう思う。

 今までずっと誤魔化してきたものたちが折り重なって出土し、世界を、俺を、侵食する。

 完全に支配されたとき、この世界は壊れるのか。そして「俺」も?

 わからない。何もわからない。わかるのはただ、洪水が起こっているということだけ。

 こんなことになるのなら、春なんて来ない方がよかった。

 静観したのが間違いだった。

 怠慢は滅びへの道だった。

 本当にそうか?

 わからない。何が俺をこうしたのかなんて。

 認識汚染が広がる。

 世界が融けてゆく。

 ああ、俺は、俺は。



 雪が降っていた。

 ただただ降っていた。

 俺は歩いていた。

 どこへ向かうともなく。

 拾った石に祈っていた。

 どうか■■ますようにと。


 祈りは届かなかった。



「――……」

 目が覚める。

 世界は白、凍り付いていた。

 何もかもが白、白。

 無論、雪原の真ん中にあったものも、白。

 雪が降っている。

 視界を覆い尽くすそれは全てを白く染めてゆく。

 概念の雪、そうだ、寒くはない。

 防衛機構、それがもう一度世界を閉ざそうとしているのだ。

 春は来なかった。そうだ。

 俺は安堵する。

 この世界に春は早すぎた。いや、春など許されてはいなかった。

 誰が許さないのか、俺か世界か雪か記憶か。

 それを考えることはおそらくまた春を呼んでしまう、だから凍結されるのだ。

 白。

 きっとまた灰色になる。

 そして当分、危険なものは表には出てこないだろう。

 厳重に埋めたから。

 本当にそれでいいのか、なんて問いは意味を成さない。

 俺にはこれしかない。これしかできない。世界もそう、冬が明ければ終わってしまう。

 これでよかったんだ。

 守れてよかったんだ。

 そして俺はまた、忘れて戻るのだろう。

 白い息を吐きながら、雪に埋もれた機械たちを眺める。

 いくら繰り返しても構わない。

 平穏さえあればそれでいい。

 間違った道であろうとも。

 だから俺は――

 雪の中に住んでいる。

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雪と世界と「もの」と俺と Wkumo @Wkumo

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