バレンタインデー

赤坂大納言

第1話

ホームルームも終わり、各々が部活や帰路につくざわめきの中、城ヶ崎さんが僕の机まで来た。相も変わらず髪は綺麗なさらさら黒髪で、彫刻のごとき美しい顔で、城ヶ崎という苗字が恐ろしく似合う方であるなと思った。「はいこれ」

長方形の手のひらサイズで、控えめな可愛らしいリボンが乗った小箱を渡された。そう、今日はバレンタインデー。恋人達が、チョコも溶ける程のアツアツな愛の受け渡しを行う日であり、一方でやたら出費がかかる上に返って来るのはむさ苦しい男たちのニヤニヤだけというなんとも虚しい義理チョコを用意せねばならん日でもある。世の女性には同情を禁じ得ない。とかく乙女には生きづらい世界である。

「あ、どうも」

きちんとした素敵な感謝をしたいところだが、正直なところ緊張で上手く口と頭が回らないし、なんと僕はつい先日城ヶ崎さんに振られたばかりで、傷は当然まだ癒えておらず、色々混乱が混乱を呼んだ結果、こんなにも素っ気ない返事になってしまったのだ。

「じゃあそういうことですので」

手をひらっと振って颯爽と去って行ってしまった。

きっと僕が今後城ヶ崎さんと事務的なやり取りをするなどの際に、変な気を遣わなくて良いようにチョコをくれたのだろう。やはり城ヶ崎さんのそういうところが好きだ。容姿と名前もさることながら、城ヶ崎さんは内面が美しい。僕個人の見解としては、人間の見た目は内面に左右される傾向が大きいと思う。城ヶ崎さんの全体的な美しさは内面が溢れ出たもののように感じるし、少なくともうちの学校ではこれに異論を唱える者はいないはずだ。

もし城ヶ崎さんが誰かに本命チョコをあげるつもりなのであれば、それは大変許されざることであり、腰にフジテレビの鉄球を括りつけて東京湾に沈めてやりたい。しかし城ヶ崎さんの心を得るという行為、こんな卑しい嫉妬の感情を抱く僕ができるはずもないし、ちゃんと振られてしまった僕には、すずめの涙程の確率も残されていない。




これまで割と多くの男が、全身からよく分からない汁のようなオーラを纏って私に告白をしてきました。当然ですが、私はそれら全てを断ってきました。

「何故私なのですか」

と聞くと、大抵「いや、それは綺麗だし、優しいし」とはっきりと答えられる者がいなかったからです。大抵の男がこうであったので、私に好意を向ける男は好きではなくなってきていました。半ば呆れでした。

しかし先日の彼は違いました。まっすぐ私の目を、いやさらにその奥を見て、

「美しいと思ったからです」

とこう答え切ったのです。ぶっきらぼうで複雑なことが苦手な私を、彼は美しいと言いました。人の告白で心を動かされたのは、これが初めてです。動揺してしまった私は、「そう」とだけ言って、その場で固まってしまいました。頭のなかのぐちゃぐちゃがまとまらず、これでは埒が明かないのでとりあえず

「ありがとう」と伝え、その場を離れることにしました。

これが、全くもったいなかった!そんな「ありがとう」だけでは振ったも同然です。「少し考えさせて」と言えばよかったのです。私史上最も忌むべき「ありがとう」でした。

しばらく何も手につかない日々が続きました。私は実はかなり重要な好機を逃したのではないか、彼はかなり傷ついてしまったのでは無いか。私ごときを美しいといった繊細な心の持ち主です。ガラスの十代とは、正に彼のことでしょう。心配でたまりませんでした。

そして私は閃きました。来るべき如月の十四日、バレンタインデー。この日に彼にチョコを渡そう。どうせなら気合いを入れて、手作りしてしまおうか。これは妙案でした。義理以上本命未満のチョコを渡す、そうすれば彼との関係に進展をもたらすことができるかもしれないのです。思い立ったが吉日、私は放課後に書店により、チョコ作りの本を買いました。




バレンタインデー翌日、城ヶ崎さんがクラスのよく分からない男子に立派なチョコをあげたことは、烈火のごとく学校中に広まった。この出来事は、二人が夫婦となったあとでも語り草となったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バレンタインデー 赤坂大納言 @amuro78axis

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る