第10話:信仰の街2
船から降りると、すごく煙臭かった。オイラの鼻が効きすぎるせいなのかとシューの方向を見たら、シューは鼻を指で押さえていた。オイラと目があったシューは今来た方向を振り返ったが、船はもう遠くに行っていた。仕事が早いと言えば聞こえがいいが、理由を聞けないことに少し憤りを覚えた。
「霞ではなかったようだな」
シューの言葉がはっきり聞こえるとともに、白い景色のむこうからはっきりとした姿が見えてきた。そこには大きな工場が立ち並び、背の高い煙突が大量の煙を吐いていた。どうやら、オイラ達が霞だと思っていたものは工場から出る煙だったようだ。
「道理で煙たいと思ったよ」
「理想と現実は違うんだな」
「オイラ聞いたことがあるよ。遠くから見たら綺麗な山なのに、いざ登ってみるとゴミだらけで汚い山もあるんだって」
「まあ、今が初めてではないからね」
シューは何事もなかったように歩き始めようとした。オイラは疑問をぶつけた。
「そういえば、ここが信仰深い人が集まるという話はどうなんだろ」
シューは立ち止まった。そして言う。
「確かに。宗教めいた雰囲気が全くないな。ただの工業地域だ。」
「となると、ここじゃないのかな」
「いや、でも、さっきの船の人の口ぶりからしたら、ここは信仰深い人が集まる街のはずだよ」
「そういえばそうだ。じゃあ、なんで?」
「そんなのわからないよ」
オイラ達の思考も煙に覆われていた。どういうことだろう?
オイラ達が歩いていると、とある工場前でススだらけの作業着を着ている男性に会った。まずは情報収集だと。シューは尋ねた。
「あのーすみません」
「はい、どうしました?」
男は手で顔のススを拭おうとしたが、余計にススだらけになっていた。仕事の勲章だ。
「ここはどういう街なのでしょうか?」
「どういう街って、見たらわかるだろ?働く街さ」
「働く街ですか?」
「そうさ。一生懸命働くのさ。それだけだ」
「それは何のためですか?」
男はきょとんとした。何を言っているんだ?と言いたそうな顔だ。
「何のためって、働くためさ」
それを聞き、シューはきょとんとした。オイラもきょとんとした。
「いや、働いてどうするのかなー、と思って。例えば、お金を稼いで美味しい物を食べるとか」
男はきょとんとしたままだった。シューはなにか変なことでも言ったのか?
「美味しいものなんか食べてどうするんだ? 腹に入ればみんな同じだろう」
それを聞き、シューは首をかしげた。雲をつかむ思いで質問を再びする。
「美味しいものを食べるは、一つの例でして、高価なものを買うとか、楽な生活をしたいとか」
男も首をかしげた。会話は平行線だ。
「いや、そんなことを考えたことはないな。俺はただ与えられた仕事を頑張るだけだ。それだけでいいんだ。逆に、仕事がなかったら不安なんだ」
それを聞き、シューは首を直した。人は理解し合えないという考えを思い出した。
「なるほど、働くんですね」
シューはススだらけの男に手を振りながら歩きを再開した。左手に湖を見ながら時計回りに歩くようだ。街の端だから人は少なかった。
「シュー、意味はわかったの?」
「わかるようなわからないようなだよ」
シューは湖を見ながら歩く。理解し合えないという考えは昔シューが言った言葉だと思い出した。
「オイラはさっぱりだ」
「普通は、仕事というのはいい生活をするための手段なんだ。例えば、美味しい物を食べるために働く」
「それならわかるよ。オイラ、美味しいものは大好きだから」
「ただ、あの人の場合は、仕事は目的なんだ。その仕事をする為に仕事をしているんだ」
「仕事が好きなのかい」
「そういうことになるね」
「どひぇー! そんな事あるの?」
オイラは首を上げた。オイラは働きたくないから信じられない。
「でも、わからなくもないよ」
「そうなの?」
「だって、考えてみてよ。僕たちはなんで旅をしているの?」
「それは……なんで?」
オイラは考えたことがなかった。そういえば、なんでだ?
「僕もよくわからないんだよ。色々と見て回りたいからなんだけど、じゃあ、その先に何があるのと聞かれたら、何もないんだよ」
「君がたまにいう、意味はない、というやつ?」
「そうなんだ。この旅を通して美味しいものを食べられるわけではないし、高価なものを買えるわけではない。何のために旅しているのか聞かれても答えられない」
「またややこしいことを言い始めた」
オイラは頭が痛くなってきた。シューと違って難しいことは苦手だ。
「そこで、旅するために旅をしていると言えなくもないんだよ。旅が好きだから旅をしていると。そうすれば、意味がわかった気にはなるんだよ」
「たしかに、旅が好きなんだなと思うね」
「だから、さっきの人も理由が無いんじゃないかな。それか、わからないか」
「オイラ達と同じ?」
「そうなんだ。ぼくたちと同じ人種かもしれない。仕事か旅かの違いはあるけど」
「わかるようなわからないようなだよ」
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