第2話:血液型の街1
① 『血液型』の街
穏やかな川が流れている。
その脇は不自然に茶色い土が固くむき出していた。その横を自然に緑の草が生い茂っていた。
オイラはその川と草との間を歩いていた。四足をせかせかと素早く動かしていた。オイラの後方では、少年が二つの足をゆっくりと動かしていた。
つねづねオイラは世の中を不平等だと思っていた。オイラが四本足を忙しく動かしている間に人間は二本足をヒマそうに動かすだけだ。なめてんのか、と思う。
そのことを以前に後方の少年に言ったことがある。すると、少年は「そうなんだ。そういう考えもあるんだ」と言うだけだった。その後は何も言わずに歩きを続けただけだった。普通なら、「大変だね」と同情するか、「知らないよ」と突っぱねるか、「ははは」と笑ってごまかすかするものである。そんなものはなく意見に了解しただけで、ただ黙々と歩くのみだった。
ただ、オイラはそういう空気が気に入っていた。だからこそ、今でもこの少年と一緒なのだろう。もっと話して欲しいとは思わなかった。話さなくても心地がいいのが一番だと思っている。少年もおそらくそう思っているだろう。なぜなら、未だに一緒にいるからだ。
今も黙々と歩いている。
オイラが小さな体から生えている白い毛にひっつき虫を携えながら足を茶色に汚している様子を少年は見ていた。
「ポー。まだ歩けるか?」
オイラが振り返ると、ボサボサの黒髪少年がおいらと同じ白い色をした長袖の服と紺色のジーパンを確認した。
「どうしたんだい。心配なんかして」
「いや、大丈夫ならいいんだ」
オイラたちは小一時間歩いていた。それ自体はオイラたちには珍しくなかった。そして、この場合のこのやりとりはただのクセか社交辞令であり、本当に心配しているわけではない。
景色が変わらない平坦な情景に飽きているのだろう。変わらない川の流れの横を歩き、特に小鳥がちょっかいを出しに来ることもなく、風も吹かない。ここまで何もないのは珍しい。
再び無言が続いた。オイラは川に光が反射しているのを横目にしていた。その光が眼球を刺激するくらい眩しいときとそうでないときが交互に来るのをひとつの楽しみとしながら歩いていた。ある程度の規則性があると思いリズムを取って目を閉じたりするが、そのリズムをずらして光が反射してくる。連続でも刺激があれば、長時間の無刺激もあった。そうなると、不思議と眩しさが恋しくなる時がある。でも、実際に眩しい目に遭うと、嫌な思いが出てくる。それの繰り返しだ。
「ポー」
声に反応した。少年が指をさすので前を見ると、街が見えた。どうやら、気づかぬうちに大分歩いたようである。川は街に続いていた。
それは少し濁っていた。
街に入ると、久しぶりに人ごみだ。人の匂いがきつかった。
「人が多いのは苦手なんだよな」
「オイラも苦手だよ」
「おい、ポー」
「どうしたんだい、シュー」
シューは身を屈めて顔をポーの目と鼻の先に近づけて小声で正した。その雰囲気は真面目だった。
「人がいるところでは話さない約束だろ」
オイラは無言でうなづいた。
犬が人間の言葉を話すことは奇妙なことだから、混乱を避けるためにオイラたちはそうしてきた。それがうまくいく方法だ。
「とりあえず、情報収集だ」
そうシューは独り言のように呟いた。街に来たらまずすることだ。
「リンゴいかがですかー!」
どこからか野太い声が聞こえてきた。その方向を見たら、屋台から禿げかけのおっさんが客引きをいていた。シューはその方向に行った。
「お客さん、リンゴどうですか?」
「その横のミカンをください」
「お、ミカンの方が好きですか」
「リンゴよりは」
「分かりました。何個にしましょ?」
「1……いえ、2個で」
「あいよ」
「お願いします」
シューは背負っていたカバンから財布を出そうとした。そのとき……
「そういえばお客さん」
「はい?」
「お客さんは見かけない顔だけど、外から来たのかい?」
「はい」
「男1人でかい?」
「犬とです」
「ちなみに、血液型は?」
「血液型ですか?」
「そう。血液型」
「B型ですけど」
「なるほど」
そう言うと、店主はシューからお金を受け取って、みかんを渡した。オイラは違和感を覚えた。しかし、人間はそんなものだろうかとも思った。
違う店に行った。
店頭で飲み物を売っているこれまた禿げかけのおっさん、しかし先程よりは痩せた人だった。
「何にしましょ?」
「ペットボトルのお茶を1つ」
「あいよ」
「お願いします」
シューは財布を出そうとした。そのとき……
「そういえばお客さん」
「はい?」
「お客さんは見かけない顔だけど、外から来たのかい?」
「はい」
「男1人でかい?」
「犬とです」
「ちなみに、血液型は?」
「血液型ですか?」
「そう。血液型」
「B型ですけど」
「なるほど」
……
オイラとシューは首をかしげながら、ミカンをほおばった。おそらくシューも違和感を覚えているのだろう。
「ねえ、シュー」
「街中でむやみに話しかけるなよ」
「別にいいじゃん」
周りには人がいなかった。だから聞くのだ。
「それで、何?」
「さっきの店主との会話だけど」
「ああ」
シューも同じことを考えていたらしい。やはりオイラの違和感は正しかったのだ。
「血液型のことをわざわざ聞くものなのかい?」
「たしかに気になったけど」
「やっぱり変だよね」
「うん」
「てっきり人間では普通のことかと思ったよ」
「そんなことはないよ」
シューは笑った。そんなわけ無いと言いたげだ、いや、実際に言っていた。
「この街、大丈夫かな」
「大丈夫でしょ」
「本当に?」
「ちょっと血液型に熱心なだけだよ」
「それならいいけど」
シューはそっけなくみかんの皮をゴミ箱に捨てた。違和感のある街だ。
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