シューとポーの歩み
すけだい
第1話:ある街の外れ
〇ある街の外れ
真っ暗の中、寝転がっていた。
真っ暗なのは、夜になったからだ。
寝転がっていたのも、夜になったからだ。
では、夜になったのは……?
風が草葉を優しく撫ぜていた。怖くないよ、と母親が赤ん坊をあやすがごとく優しい風だった。その風は荒野で分け隔てなく吹いていた。
「考えないようにしているんだけど」
ふと横から声が聞こえた。その声は赤ん坊よりは凛々しく、でも母親よりは幼かった。声は続いた。
「普段は考えないようにしているんだけど、なぜ歩いているんだろう」
その声は風の音とともに闇に消えいった。近くに誰もいなかったら独り言として終わるようなたわいもない声だった。
「なぜ……といわれても」
もう一つのたわいもない声が返事した。
「僕はある時期、あることをよく考えたんだよ。それは人間なら皆が一度は考えたことがあるはずのことなんだ。それは『なぜ生きているのか』ということなんだ。あるときは寝ぼけて漠然と笑いながら、あるときは寝れないくらい真剣に泣きながら、僕は考えたんだよ。その結果たどり着いた答えは、『生きることに意味はない』ということだったんだ。それはすごく苦しい答えだった。僕はどんな辛いことがあってもそれには意味があると思って我慢してきたんだよ。でも、その根本が崩れ去ったんだよ。地獄だよ。生きる意味を失ったその日は一日中、何もできなかったよ」
彼は急に堰を切ったように話し始めた。
「そうなんだ」
「そうだよ。そして、そんな意味を見いだせない日々というか、見出す意味がない日々というか、とりあえず日々を暮らすだけの暮らしをしていたんだよ。すると、あるとき、ほんとにある時だよ、ぼくは思いついたんだよ。『意味がないのに生きているというのは素晴らしい』と思いついたんだよ。」
「それはどういうことなんだい?」
「言葉のとおりだよ。生きているだけで素晴らしいんだよ。口で説明するのは難しいんだけど、所謂ボーナスポイントというか、付加価値というか、とりあえず素晴らしいことなんだよ。意味なく生きていることは嫌なことではないんだよ。むしろ、自分で意味を作っていけるから楽しいんだよ」
「わかるような気もするし、わからないような気もするし、うーん」
「わからなくてもいいよ。僕は自分の意見が相手にわかってもらえないことには慣れているしそれが普通だと思っている。逆に僕も相手の意見がわからないから。人っていうのは、分かり合えないものだと思っているよ」
「そんな悲観的な」
「悲観的ではないよ。むしろ、素晴らしいと思うよ。世の中には色々な考えがあるんだなあ、と思って」
「じゃあ、楽観的だね」
「そうかもね。分かり合えないことが普通なら悲観的になるところを素晴らしく思うし、人生に意味がないことが普通なら悲観的になるところを素晴らしく思うし、他のこともそうかもね」
「それで、その楽観的な君が、『なぜ歩いているんだろう』とは、どうしたんだい?」
目の前の少年は静まり返った。声が聞こえないうえに暗くて顔が見えないから、彼がどういう風なのかが推測できなかった。風が撫ぜた。
「僕は意味はないけど歩こうと思った。それは、自分探しの旅ような意味を探すものではないんだよ。先にも言ったけど、この世には意味がないからね。自分なんか探しても、この世にはないんだよ。どちらかというと、自分を作るために歩いている。勝手に言葉を作るなら、自分作りの旅かな。まあ、そんな言葉はどうでもいいんだけど」
「何の話をしているんだい?」
「ごめんごめん。自分でもわからなくなった。とりあえず、いろいろなところに行くといろいろな人に出会うでしょ。すると、いろいろな考え方があることが分かる。それはすごくいいことだと思う」
「うん」
「でも、たまにすごく嫌な考えがあるときがあるんだ」
「それは矛盾だね」
「そうなんだよ。自分では色々な場所や人や考えがあることが素晴らしいと思っているからおかしいと思っているよ。でも、実際には素晴らしいとは思えない嫌な場所や人や考えに出会うんだよ」
「それはおかしいね」
「そういうことと出会う度に僕は歩くことに疑問を持ってしまうんだ。なんで僕は歩いているんだろうと。そして思い返すんだ。僕が歩くことには究極的には意味がないことを。そして、僕から見て嫌な出来事に疑問を持っても、その嫌な出来事も究極的には意味のないことだと。さらに、僕が考えることも意味がないと」
「袋小路だね」
「そうなんだ。考えても埒があかないんだ。だから、普段は考えないようにしているんだ。理由はないけど、そこではそういうシステムがあるだけだと傍観するだけにしているんだ。それが、僕の歩き方なんだ」
彼は自分に言い聞かせるように話しかけてくれた。
「それで、どうしてそんなことを突然に言い始めたんだい?」
「さあ? 急に言いたい時もあるんじゃない? たまたま今、このことを言いたかったからだと思うよ。それ以外の理由はいる?」
「いいえ、真っ当な理由だと思うよ」
「そういえば僕も君に聞きたいことがあるんだけど」
「どうぞ」
「君は、どうして犬なのに人間の僕と同じ言葉が話せるの?」
オイラは白いしっぽを丸くさせて答えた。
「今更その質問?」
「モノはついでだよ」
「まあ、喋る犬がいてもいいと思うんだ。って、理由になっていないか」
「いいや。十分な理由さ。少なくとも僕には」
「ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとう。そして、おやすみ、ポー」
「おやすみ、シュー」
オイラとシューはそう言い合うと、視界は沈んでいった。
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