雑誌の日
~ 三月四日(木) 雑誌の日 ~
※
意味:言葉と色気で他人を操る
今日は佐倉さんと遊びに行きたい。
お昼に待ち合わせをしてる。
自宅学習期間に。
そんなことを言い出す無鉄砲。
しょうがないから午前中いっぱいかけて。
先生から出されていた課題に取り組んで。
約束の時刻から二分も遅刻して家を出ると。
五歩でたどり着いた待ち合わせ場所はワンコ・バーガー。
「うんうん! おっはよう、お二人さん!」
そんな店内。
一番出入口に近いテーブルでは。
春が楽しげに手を振っていた。
真っ白なワンピースにピンクのジャケット。
眼鏡とおさげを外した、非の打ち所の無い春の妖精。
俺と秋乃は。
つられて手を振り返しながら。
シュールストレミングの缶を噛み潰したような表情を浮かべた。
「お前ら遅い~。課題写し終わってから三十分も待った~」
「なぜ貴様がここにいる!」
『うららかで、心躍る春の昼下がり』の対義語。
パラガス。
どういう訳か、佐倉さんの横に座って。
特大ジョッキコーラをストローですすってやがったんだが。
「うんうん! 課題、ちゃんと写せた?」
「ばっちりだよ~。よかった~、立哉に頼んでたら今頃、自分でやれとか不条理なこと言われてたと思う~」
「そうよね、それは不条理よね、うんうん!」
「偶然駅で見かけて助かった~」
「そうよね、あたし、頼りになるよね!」
突っ込みてえ。
でも、秋乃に課題の半分以上写させちまった手前、こいつの暴挙を否定するわけにいかねえし。
仕方が無いから何も言わずに秋乃をテーブルに座らせて。
俺は、レジで不機嫌そうにしてる雛さんにオーダーを通した。
「まったく……。あんまり騒がしくすんな」
「へい。それより雛さん、もうすぐ三年生なのにバイトなんかしてていいの?」
二年生主席。
俺と違って全教科ほぼ満点を取り続けてる雛さんのことだ。
そろそろ本腰を入れて大学受験の準備をするもんだと思って聞いてみたんだが。
「ああ、就職の心配か? それには及ばねえ。もう三店舗くらいからオファーが来てるから」
「は? 就職?」
「そうだよ。私はシェフになるんだ」
小太郎さんからトレーを受け取って。
レジカウンターへ置いた雛さんの顔を。
俺は、口をあんぐりと開けながら。
ただ眺めていることしかできずにいた。
「こら。さっさと持ってけ。後ろがつかえてる」
「いや、ほんとに!? じゃあなんで勉強してるの!?」
「主席から落ちたら転校させられちまうんだよ。いいからすぐどけ」
いやはやびっくり。
まさか、これだけ勉強できるのに進学しないなんて。
「お~? うまそ~」
「うんうん! あたしたちも何か食べる?」
「どうしよっかな~?」
どうにも腑に落ちない。
そんな顔したまま席に着いたら。
秋乃が。
ちょっと心配そうに俺を見ていることに気が付いた。
「……お前は、何のために高校に通ってる?」
「え? …………高校なら、実験道具がいっぱいあるから」
「しまった。聞く相手間違えた」
良い中学に入るために小学校で勉強して。
良い高校に入るために中学で勉強して。
良い大学へ入るために高校で勉強する。
それが当たり前なんだと思ってた俺に。
ちょっと衝撃的な事態。
「佐倉さんは?」
「俺には聞かねえの~?」
「え? どうだろ。あたしは大学出て妹のプロデュースしたいから……、勉強のため?」
「俺は、もてるため~」
「だよなあ。高校生活ってそのためのものだよなあ」
途中の雑音はともかく。
大学に行くための高校生活だと思ってた俺。
でも、その根底が。
なんとなく揺らいだ気がした。
「そんな俺の第一歩~。雑誌デビュ~」
ええい、しつこいぞ雑音。
俺は、パラガスが広げたバスケ雑誌を。
半信半疑どころか。
零信全疑で覗き見ると。
見開きとまではいかないが。
ページの半分、結構でかい写真で。
華麗にシュートを放つその雄姿は。
「てめえじゃなくて甲斐じゃねえか! ……え? 甲斐!?」
「す、すごい……。夏木さんに教えなきゃ……」
「高校バスケ界の超新星。小柄ながらその卓越した運動能力は全国レベル……、小柄ぁ? あいつ、百八十あったよな?」
「そりゃそうだよ~。全国行くと、俺より大きいやつごろごろいるもん~」
「それより、てめえはウソつくんじゃねえ。甲斐の記事じゃねえか」
「よく見ろよ~。うしろでピースしてるの俺~」
ほんとだ。
呆れたやつだぜ。
……しかし、そうか。
これもまた高校生活。
甲斐にとっては。
一生の宝物。
こいつにしたってそうだ。
パラガスなんて、高校でバスケに出会って。
ここまでのめり込んだわけだし。
そして今では。
バスケ雑誌に載るほどの有名人と。
1on1で勝てるほどの腕前になるなんて。
その点だけはすげえって思える。
まあ。
その点だけだがな。
「この取材の時、ちょっと髪立ててたよね、長野君!」
「よく見てる~。かっこよかった~?」
「うんうん!」
「じゃあ、かっこいい俺にチリトマトブリトーご馳走してくれる~?」
「うぐ! ……ら、来週まで、ちょっとピンチで……」
うん。
やっぱり最低だ。
でも、口でうまく丸め込めなかったから。
こいつは短髪のくせに。
ありもしないサイド髪を掻き上げる仕草して。
ありもしない色気で攻め立てる。
「じゃあ、次の試合。佐倉さんのためにシュート決めてあげるよ~」
「ひゃあああ!!! チリトマトブリトーで良いんだよね!」
そしてとうとう。
数百人を熱狂させた程のアイドルを。
財布代わりにしやがった。
「ラッキ~。おごってもらっちゃった~」
「最低だおまえ」
「そ、そんなパラガス君には天罰……」
「え~?」
「チ、チリトマトブリトー」
「いたいいたい! なんで叩くの~!?」
「うはははははははははははは!!! それはチリトリでぶつぞー!」
「せ、正解……」
「うはははははははははははは!!!」
「いたいいたいいたいいたい~!」
……ま。
今のところは。
毎日バカみてえに笑うのが。
高校生活って事にしておくか。
「……お前ら全員うるせえ。外で立って食べてろ」
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