防災用品点検の日
~ 三月一日(月)
防災用品点検の日 ~
※歳月人を待たず
意味:時は人の都合で止まることはない
実感が湧かないが。
誰もが涙してるから。
きっと、それは寂しいものなんだろう。
「お前、中学の卒業式の時、泣いた?」
「ううん? まっすぐ帰って、いつもより早い時間のテレビ見れて楽しかった覚えがある……。立哉君は?」
「風邪ひいて、卒業式行かなかった」
俺と同様。
高校に入るまで、友達ができなかったこいつは。
飴色のストレートヘアを風に揺らされながら見つめる別れの景色に。
きっと俺と同じ気持ちを抱いているんだろう。
「実感……。湧かない……」
「おお」
もちろんそれは。
寂しくもなんともないという意味ではなく。
小学校。
中学校。
仲の良かった人なんかまるでいなかった俺たちなのに。
高校に入って、急にこんなにもできたから。
「ウソ……、だよね? 二年後に、みんなと別れるなんて……」
ああ、確かに。
実感湧かねえよな。
俺は、秋乃のつぶやきに返事をすることなく。
いつまでもずっと来ないと信じていたその日を迎えてしまった先輩たちを。
呆然と見つめ続けることしかできなかった。
……でも。
ぼけっと見つめていたってしょうがない。
「さて。じゃあ、そんなに世話になった先輩もいない訳だし。帰りますか」
「薄情者キーーーーック!!!」
「ごはっ!!!」
不意に俺の薄情な心を穿ったドロップキック。
背骨が折れたんじゃねえかって程の衝撃に顔面から地面に落ちる。
「いでででで! ……なにすんだよ六本木さん!」
「こっちがなにすんだよだわよ! あたしたちに別れの言葉くらいないの!?」
「ほんとよね……」
「ご、ご卒業おめでとうございます、
いや、二人を遠目に見つけたから校門で待ってたんだぜ、俺たち。
でも一時間経っても来ねえんだもん。
「もちろん気づいてたけどさ。なんていうか、俺達には加減が分からねえんだ」
「加減?」
「そう。みんなにもみくちゃにされてたじゃねえか、二人して。俺たちより大切な友達なんだろうなって思って。声かけたら迷惑なのかもなって」
「変な子……」
「迷惑なわけないに決まってるじゃない! そんで、声かけられなかったりしたら心残りになって明日も学校来なきゃいけなくなる!」
「明日っから入試準備だ。俺達学校にいねえぜ?」
「そおいうこっちゃなくうううう!!!」
テンションたけえなあ六本木さん。
でも、そんな風に言ってくれるなんて嬉しくて。
思わず目頭が熱くなる。
「なかなか難しいかもしれねえけど、たまに部活の見学にでも来いよ」
「バ、バイト先でも嬉しいです……」
「ほんと!? かーっ! 嬉しいこと言ってくれるじゃない、さすが後継者!」
「てことで。今日は友達と遊びに行くんだろ? とっとと行け」
「前言撤回パーーーーンチ!」
「いでえええええ!」
ああもう、無駄にスポーツ万能で困る!
マジでいてえんだよあんたの鉄拳!
俺は痛む腹をさすりながら。
知略で反撃してやることにした。
「そんなテンションで、学校に忘れ物とかしてねえだろうな?」
「するかそんなもん!」
「ほんとか? 先輩」
「ほんと? 瑞希」
「ひどい! いくら私でも忘れものなんてするわけ…………、あ」
「あるんかい」
俺たちが呆れながら見つめる中。
六本木さんは、鞄からキーホルダーを取り出すと。
「ロッカーのカギ、持って帰るとこだった……」
「俺に感謝しろ。ランチ一食分くらい」
「あれ? そういえば、一緒についてるこれ。何のカギだろ」
「無視すんな」
ロッカーのカギの隣にぶら下がってるやつ。
最近見た覚えあるな。
「部室棟の部屋のカギっぽく見えるけど」
「ああああああ! そうだ、部室のカギだ!」
「部室って。何の」
「部活探検同好会のに決まってるじゃない!」
「は?」
そんなの聞いてねえぞ。
俺は秋乃に目配せした後。
頼りにならない六本木さんの向こうに立つ。
雛罌粟さんに視線を向けると……。
「やだ。忘れてた」
「おいお前ら」
「だって! 部室なんかいらなかったんだもん!」
「実際今も必要ねえけど。しょうがねえから引き継いどくか。部屋はどこだ?」
「じゃあ、みんなで行こうか……」
妙に嬉しそうな顔した雛罌粟さんの後に続いて。
俺たちは校舎へ戻る。
でも、先輩二人が。
何となく躊躇しながら来客用のスリッパに足を通す姿を見て。
秋乃が、急に悲しくなったのか。
ほろりと涙を流していた。
「もっと、先輩たちとたくさん思い出作れれば良かった……」
「そう思うんだったらちょいちょい連絡取ってやればいい」
「ほんとに連絡頂戴よね? いつだってすぐ来てあげるから!」
「自分の学校行け」
六本木さんは、地元から大学に通って教員資格を取るらしい。
そして雛罌粟さんは。
「私もいつでも来るけど、二日くらい前には連絡してね?」
「そうだよな。ペンションの管理人が、呼んですぐ来れるわけないもんな」
「保坂君たちの方からも遊びに来て? 二人の家から車で四十分くらいの素敵なところだから」
料理とかベッドメイクとか掃除とか。
ペンションの管理を一人でこなすらしいけど。
二日前に連絡したからって休めるのかよ。
「えっと……、三階だったかな?」
「曖昧だな」
「だって会長さんがくれた日に使って以来そのままだったんだもん!」
「うん……。お姉ちゃんと仲良くなれたのも、先輩たちのおかげだった……」
そして、二人にしか分からない昔話を耳にしながら。
静かな校舎をひたひたと進む。
歩きながら、六本木さんは秋乃に鍵を渡そうとしたんだが。
こいつ、受け取るのを躊躇してやがる。
……何となく分るよ。
重たく感じるよな。
そうか、あと二年。
俺たちは、それまでに。
この人たちみたいに。
しっかり将来を見据えた進路に踏み出せるのだろうか。
「……さっきはちょくちょく来いって言ったけど。あんまり来るな」
「何でよ冷たいわね!」
「先輩たちが旅立つ先をさ。ここより素敵な場所にしろよ」
そんな言葉に。
素敵な笑顔を返した二人は。
「ふふっ。ありがとう」
「そうまで言われちゃ仕方ないわね。月にいっぺんくらいで我慢する」
「多いわ! ちゃんと学校行け!」
「あ、ここだここだ」
「だから無視すんな!」
六本木さんがカギを開けて。
すっかり埃をかぶった取っ手を開いた先。
俺たちを待っていたのは。
机ひとつしかない殺風景な景色。
まあ、一日しか使ってないって言ってたし。
何の思い出も残ってねえだろ。
「防災用具……、ですか?」
「ほんとだ。机に置きっぱなし」
秋乃が、机の上に置かれた黄色いヘルメットを手にすると。
六本木さんが懐中電灯をカチカチ操作する。
「他には何にもねえの?」
「そうね……。無さそう」
「懐中電灯の電池、切れちゃってるよ?」
「そりゃそうよ。……生徒会に言って、交換してもらっておいてね?」
「はあ」
何かしらの期待があったんだろうな。
二人はあからさまにがっかりしてる。
「なんだか、もう二年このまま放置されそうだな。そして俺たち二人にとっても何の感慨もない部屋となる」
「で、でも、交換しないと……、ね?」
「電池?」
「ううん? ヘルメット……」
「なんで」
「だって……。危険」
「うはははははははははははは!!! 頭頂部に大きな穴があいとる!」
六本木さんも雛罌粟さんも大笑いしてるけど。
いやいや、笑い事じゃ無かったな。
「壊すんじゃねえ!」
「私じゃない……、よ?」
「お前以外に誰が出来る!」
「それやったの、あたしたちのセンパイよ!」
「何時間もかけて……。懐かしいわね」
防災用品に穴って。
なに考えてんだ、その先輩とやらは。
でも、なんにもない部屋に。
一つだけ思い出が残っていたようで。
よかったかな、なんて俺は感じていたんだが。
「それだけ……、ですか?」
秋乃が。
寂しそうにつぶやくと。
掃除用具入れ。
締めっぱなしのカーテン。
急に教室狭しと探し出す。
「秋乃ちゃん。ありがとう」
「大丈夫よ、この部屋以外でたっくさん思い出貰ってるから!」
「でも……。あれ? これは……」
そして秋乃が。
机の中から紙くずを見つけ出して。
それを広げた瞬間。
先輩たちは。
ぽろぽろと泣き出してしまった。
……豪快な筆文字。
半紙からはみ出して書かれたその言葉は。
創部当時。
四人といったか。
皆の気持ちをたっぷりと乗せていた。
『思い出をいっぱい作るの』
「……俺たちにも、いい思い出が出来ました」
俺は、六本木さんからカギを受け取ると。
それを目にした秋乃は。
改めて。
二人に深々とお辞儀した。
言葉は無かったが。
俺も同じこと思ったし。
二人にも。
きっと聞こえたことだろう。
ご卒業。
おめでとうございます。
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