映見お嬢さま!

tk(たけ)

第1話

 私は住み込みの運転手

あの方の専属だ。


 あの方が一人で外出をされるようになってから、ずっとお仕えしているので、もう十年は過ぎた。


 私はもともと子供の頃から自動車が好きだったので、免許を取るとすぐに配送関連のアルバイトをした。


 そして就職先にはハイヤー会社を選び、毎日、車を運転した。


 ある時期、会社からの指示で、今お世話になっているお宅での仕事を何度か対応した。


 どうやらそれが試験だったようで、めでたく合格した私はお抱えの運転手となった。




「お嬢様 私はいつもどおりの場所におりますが、本日の授業予定に、変更ございませんか?」


「ええ、予定どおりよ。

終わったらお友達とスイーツを食べに行きたいの

よろしくね」


「かしこまりました」


 大学のキャンパスの教職員用駐車場に車一台分のスペースを借りており、私はこちらでお待ちしていることが多い。


 そんな特例措置を受けられるのも多額の寄付などをしているからだろう。


 私にしてみれば朝から夕方まで車で待つので、多少は体が痛くなる。

 しかし、昼食をキャンパス内の食堂で食べたり、カフェでお茶を飲んだりする自由はいただいている。


 もっとも突然の休講や、空き時間が出来た際には、すぐにキャンパスから離れられるように、おそばで待機しておかなくてはならない。




 三限までの授業を終えたお嬢様が車へ戻って来られた。

お友達を二人、お連れになっている。


「戻ったわよ

私が前に乗るわ」

「かしこまりました」


 ご学友を後部座席にご案内すると、お嬢様には助手席にお掛けいただいた。


 少し郊外の流行りのスイーツのお店に着くまで、お嬢様達はしゃべりどおしだった。


 小一時間ほど走り、お店に着くとお嬢様が言った。


「あなたも車を止めたら来なさい」

「はい、お嬢様」


 お嬢様は送迎だけでなく、店内のお供に私を連れて歩く機会が増えていた。


 そのため制服も着なくなり、お嬢様の装いにあわせて服装を変えている。


 今では歳が離れていることを除けば、友達に見えなくもない二人だ。


 私は車を駐車すると、店内へ入りお嬢様の隣へ座った。


「好きなものを選んで」

「はい」

「おすすめはモンブランよ」

「ではモンブランをいただきます」




 私はケーキを美味しくいただくと先に車へ戻った。


 お嬢様は優しいと思う。

特に大学へ進学してからは私のことを色々と気遣ってくれる。

 言葉は事務的で親しげな雰囲気を込めたりすることはなく、あくまでも運転手に接する言葉だが、態度と視線に気遣いを感じる。


 こんな恵まれた環境で働いていたら、次の仕事は辛いだろうなと時々思うようになった。


 黄昏時だからだろうか、だんだんと暗くなる空を見ていると、お嬢様が大学を卒業されたら、私はどうなるのだろうかなどと、つい先のことを考えてしまう。


ピロン♪


メッセージだ。

おそらくお戻りになるということだろう。

 画面を見て内容を確認すると、車を動かし入口前に停めた。


 ふたたびお嬢様達を乗せ、ご要望の場所までお友達を送ると、ご自宅を目指した。




 夕食、今日はご両親が居ないので、お嬢様に言われて食事をご一緒した。


「あかり、どのくらい貯金あるの?」

「えっ!

はい 住み込みさせていただいているので、毎月十万円ほどは貯まります」


「そう そろそろ何かスキルアップをしたらどう?」

「そ、そうですね」


「あまりここから離れることが出来ないから、選択肢は限られるかも知れないけど、何か取り組むなら協力するわ」

「わかりました… 考えてみます」




 それからしばらくして、お嬢様は自動車教習所へ通い始めた。


 車のことなど一度も話したことが無いのに、突然のことで戸惑った。

 なぜ通うのかと聞くことは出来なかったが、ご自身で運転されるなら運転手は不要だろう。




 お嬢様は時々助手席に座る。

何か話をしたいときが多いようだ。


「ねぇ あかり、英会話をもう少し勉強したら」

「英会話ですか」


「そうよ、日常会話は出来るのでしょうけど、ビジネスでも使えるレベルがいいわ」

「はい スクールを探してみます」


「あかり、あなた パスポートは持っているの?」

「いえ、持っておりません」


「今度 作ってきなさい」

「はい わかりました」


 最近のお話から、いよいよお暇(いとま)をいただく日が近づいているのだと感じた。


その日の晩はよく眠れなかった。




 ある日、お嬢様が海外旅行の案内を持ってきた。

大学の春休み期間に行くらしい。

 とりあえず今回は北米に行き、来年はヨーロッパへ行くそうだ。


 私はお嬢様が不在の間、実家へ帰省しようかと思った。

 こちらでお世話になってからまだ二度しか帰省していない。


「あかり、海外旅行の経験は?」

「ありません」


「じゃあ 英会話力はどこで?」

「ハイヤーの運転手の時に覚えました」


「じゃあ 初海外ね。期待してるわよ」

「えっ!?」


「今度の北米、あなたと行くのよ」

「えっ!?」


「もちろん車の運転はしなくていいわ

私の世話とお互いの知見を広げるために行くわよ」

「はぃ… わかりました」


 何だかよくわからぬまま、スーツケースや洋服など 必要となるものを買い揃え、準備をした。




「ねぇ あかり、旅行期間中に雑貨の国際展示会があるの。

そこへも視察に行くわよ」

「はい わかりました」


またひとつ疑問が増えた。


 私の気持ちを知らないお嬢様は、旅行に向けて気分が高揚しているようだ。


 ふぅ… 一連の話を考えると いずれ私は次の仕事を探さないといけないようだ。




「あかり 今日はこれから温泉に行きたいんだけどいいかしら」

「はい わかりました」


 夕方、急に温泉へ連れ出された。それほど遠い訳ではないが、今晩はホテルで一泊する。


「あかり 一緒にお風呂に入るわよ」

「ぇぇっ!…… 別々じゃ駄目ですか?」


「今さら恥ずかしがる歳でもないでしょ」

「はい… 」


 確かに私はもう三十歳を越えている。なので余計に二十歳のお嬢様の肌がまぶしい。

 でも仕方がない。タオルと着替えを持つとお嬢様と一緒に大浴場へ向かった。


「部屋のお風呂でなくて良かったのですか?」

「ええ、大きいお風呂へ入りたかったの」


 お嬢様はさっさと浴室へ入るとシャワーを浴びて湯船につかった。

 私も追いかけるようにシャワーを済ませて湯船に入った。


「あかり、そばに来て」

「はい」


普段は並ぶことのない隣に座り直した。


「私ね、一人っ子でしょ。

でもね、あなたのこと姉妹のように思っているのよ」


「小学生の高学年からずっと一緒でしょ、だからお互いのことよく分かっていると思っているの」


「最近、心配ごとがあるんじゃないの?」


「えっ… 」


「そんなの分かるわよ」


「ねぇ あかり

私が大学を卒業したら 私の会社で一緒に働いて欲しいの

もう うちの両親の承諾は得ているわ」


「輸入商品を扱いたいから語学力が必要だし、世界の色々な場所を見たり触れたりすることも大切だと思っているの」


「あかりと別行動するときには私も車を運転できた方が良いだろうし… あかりとドライブにも行きたい… 」


「ねえ あかり

私の勝手な夢だけど どうかしら」


こんな素敵な話、

嬉しくないわけがあろうか。


 こちらを向いた 映見お嬢様の顔が、涙でかすんで見えた。




「あかり おはよう

夕べはよく眠れた?」


「はい、おかげさまで」


 入浴し食事をいただいた後の記憶がほとんどないが、きちんとベッドで眠ったようだ。


「今日はドライブへ行きたいわ

どこか連れていってくれない」


映見お嬢様が私に向かって笑いかけている。


「かしこまりました」


 ようやく寒さが緩んできた季節、車の窓を開けて走るにはまだ寒い。


 少し走って車を止め、コートを羽織って外へお連れした。


「お嬢様、ちょうど早咲きの桜と菜の花がきれいな歩道があります。

いかがでしょうか」


「いいわね、行きましょう

でもまだ寒いわね。

手を貸して」


 私が手を差し出すと、お嬢様はその手を握りしめて歩き出した。


 ちょっと心がざわつき、体が胸の奥から暖かくなってきた。


 散策を終えると温かいものを口にしたくなったのでお店を探した。


「ねぇ あかり 私と手を繋ぎながら 運転できる?」

「ええ だいたいは」


お嬢様は私の左手を握ってきた。


「今日はどうされたんですか

何だか… 何かありましたか」


「何もっ! 何もないわよ」


 昼食に地元の美味しい海鮮を頂くと、今日は違う旅館にもう一泊したいとお嬢様が言い出した。


「今度は露天天然温泉付きの客室よ」


「わかりました」


今度は宿を探している私だった。


 見つけた宿へ車を走らせながら お嬢様を見るとなぜか真剣な表情をしていた。


 思い付くことはまったくないが、問いかける訳にも行かないので黙って運転した。


「今日はこちらです」

「いい雰囲気ね」


 部屋へ案内されると大きく二部屋あり、寝室にはすでに布団が敷かれていた。


「お嬢様」


「ねぇ あかり」

「はい」


「私と二人の時や許されそうな機会には、映見さんって呼びなさいよ」


「これからどんどんさん付けや呼び捨てに慣れていって欲しいの」


「手始めに今日は映見にしましょう」


「そんな 急にひどいです」


「頑張ってね 間違えたらペナルティだからね♪」


「さあ 着替えましょうか」

「はい」


二人は旅館の浴衣に着替えた。




「あかり お風呂へ入るわよ」

「わかりました」


「私のことはなんて呼ぶの」

「えみさん…」


「よしっ 行こう!」


 今日は部屋についている温泉なので貸し切りだ。二人以外に誰もいない。


 お嬢様は私の背中にもたれかかり、目を閉じてぼぅっとしている。


「気持ちいいですか」

「うん… とっても」


「ねぇ あかり 私のこと好き?」

「はい お慕いもうしております」


「違うんだよなぁ

私はあかりが好きだよ」


ドキンッ あかりの心が大きく響いた。


「もう一度聞くよ

あかりは私のこと 好き?」

「はい… 好きです」


また涙が込み上げてきてしまい、目に溜まりだした。


「あかりは敏感だなぁ」


お嬢様はそういうと私の目元を拭ってくれた。


 それから二人は、そっと唇を近付けて重ね合わせた。


 私はお嬢様の優しさに触れるにつれ、心がしびれてきてもっと体を触れていたくなってしまう。


「あかり あがろっか」

「はい」


「体を拭いたら何も着ないで布団へ入って」


その言葉の意味するところはよくわかった。


 私は布団へもぐるとお嬢様を待った。

しばらくすると赤く火照った体のままで布団へ入ってきた。


「あかり こっちきて」


こちらを向いているお嬢様の体に抱きついた。


………




気持ちいい。こんなことがあったんだ。


「映見… 好きになってもいいの?」

「いいんだよ」

「男の子 好きになったりしない?」

「私 あかりのこと ずっと好きだったからね♪」


「映見 私 映見が大好き

付き合ってください

これからも一緒にいてください」


「うん、私もあかりが大好き

これからも一緒にいようね

恋人でありビジネスパートナーになりたいな」


「映見 ありがとう」


 言葉で愛を確認した二人は、布団の中でもう一度体の気持ちを確かめあい、体の疲れに身をまかせて眠りについた。




「あかり、出掛ける前にシャワーを浴びましょ」

「はい、そうですね」


 身だしなみを整えるとお嬢様は助手席に乗り、家路についた。




(了)

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