続きは劇場で

 サロンの扉をノックする。返事より前に軽やかに弾む足音が近づき、扉が勢いよく開いた。

 足を踏み入れた途端、彼は王子様のように美しい――実のところ王子様なのだが――白皙の頬を情けなく掻いた。

 出迎えてくれたのは、とびきり愛らしい笑顔で淑女の礼をしてみせる侯爵家の小さなレディである。以前見かけたときよりも背筋がぴんと伸びているのに素直に感心する。ほんの少し目線も高くなっているようで日々の健やかな成長に思わず頬が緩む。


「やあ、ごきげんよう……ごめんね。弟じゃなくて」

「…………」


 未来の義妹は満面の笑みのまま凍りついていた。第二王子殿下はおやおやと笑った。

 弟の通う学院では風邪が大流行中であり弟も体調を崩したこと、快復しつつはあるが大事をとって今日の訪問を見合わせたことをやんわりと説明する。

 少女は至極真面目な面持ちでこくこくと頷いた。けれども、ピアノを振り返る横顔はしょんぼりとしていた。こちらの胸が痛むくらいしおれている。

 この侯爵邸の陽だまりの満ちたサロンでピアノの連弾をしたり、長椅子に静かに並んで仲良く読書やおしゃべりをしたりする小さな婚約者たちの姿はいつも大人を和ませている。それが今日は見られないのだ。惜しいな、と小さく笑う。

 第二王子殿下は丁寧に腰をかがめ、少女にゆっくりと目線を合わせた。


「さて、レディ。練習曲を途中まで聴かせてくれる? 君の上達をあれにきちんと報告するのがお兄様の今日の最重要任務なんだ」


 紫水晶に似た淡い瞳が、大きく三度瞬いた。

「きちんとお伝えするのに、ぜんぶではないのですか?」

「そうとも。『続きは劇場で』とした方がよく効くからね」

 第二王子は弟王子と同じ青い色の瞳を片方だけ綺麗につむってみせた。


「――君の王子様にも、王子様の風邪にもね」


 そして「レディ、お手をどうぞ」と硬い手のひらを恭しく差し出すと、ピアノまで少女を誘った。

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