知らない誰かがここに居る

霜月ふたご

一巡目

【一回目・私】

 目覚めた私の、目の前は真っ暗だった。

──夜なのだろうか。あるいは、布団でも被って寝てしまったのだろうか。

──いいや、そのどちらでもない。


 私は、こんな状況下に置かれていることが不思議に思えてならなかった。

 いくらなんでも、真っ暗闇というのは変だ。例え、疲れて寝てしまっていたとしても、私は明るくなければ眠れない。豆電球くらいつけているはずだ。

 それなのに部屋の中は手元も見えないくらいに真っ暗──恐怖を感じる程である。


──まぁ、そう不審に思ったところで、実際に真っ暗闇の中に居る事実は変わらない。電球でも切れてしまったのだと勝手に解釈して落ち着くことにした。

 まさか、誰かに何処かに拉致されて別の場所へと連れて来られた訳じゃあるまいし──。誰が何の為に、そんなことをするというのだ?

 無意味な想像を払拭するかのように、私は首を左右に振るった。


 拉致──?

 そんなことが、あるわけがない──。


 そもそもお金持ちじゃあるまいし、私が拉致される理由などないのである。友人だって居やしないのだから、人に恨まれるようなこともない。


──じゃあ、なんで暗闇の中に居るのだろう?

 分からないというのが結論である。

 気にすることじゃないのかもしれない。

 第一、暗闇の中に居たからといって「だから何だ?」という話である。

 色々と頭の中で理由を考えてみたが、些細なことのように思えてきてしまった。

 夜になって、たまたま月が出ていなかっただけなのだろう。私が思っている以上に隣家の壁が近くて、光を遮っていたのかもしれない。


 結局、どうでも良い想像ばかりが頭に浮かんでしまう。

 真っ暗では、此処が自分の部屋なのかどうかも分かりはしない。

 ならば手っ取り早くいくには、要は動いてみれば良いだけの話である。

 此処が何処だか分からない──?

 グチグチ言ってないで、調べれば済むであろう。


 少しでも周りの状況を探ろうと、私は手を伸ばしたものだ。先ずは近場から──周りがどうなっているのか、様子を探ることにしたのである。


 はじめに触れたのはビニールの袋であった。他にもペットボトルやプラスチックの容器等が、床に小汚く散乱しているようであった。

 さすがに自分の部屋であるなら、片付けくらいはきちんとしているはずだ。


 暗闇の中ではそれに気付かず触ってしまい、ぬるりとした液体が手に付着して不快感を抱いたものだ。


 今すぐにも手を洗って拭いたいところであったが──私は勇敢にも、その液体が付着した手を鼻に近付けて匂いを嗅いでみた。

 ほんのりとソースの香りが漂ってきて、私は安心したものである。

 恐らく、コンビニ等で売られている、お弁当の容器であろう。

 まだ真新しいものであるらしく、腐食はしていないようであった。もしもカビていたなら、匂いを嗅いだ時点で戻していたかもしれない。


 それと似たようなプラスチックの容器──お弁当箱は他にも五、六個落ちていた。中には食べ掛けの物もあり、野菜や付け合せがカピカピに乾燥して残されていたものもあった。

 知らずにそれを触ってしまった私は、思わず背筋を凍らせたものである。


 周りの床はそんな感じであった。


 私は次いで、暗闇の中で立ち上がった。右も左も分からぬ状態であるから、本来であればこの行動は危険なだけかもしれない。

 しかし、足元に気を付けながら──お弁当箱やペットボトルを踏んで進み、私は壁に手を付いた。


 フゥーッと息を吐く。

 一歩前進である。


 そこから壁沿いに歩くことにする。壁に手をつきながら部屋の中をぐるりと一周することで、その間取りを測ろうとした。


 これは──。

 あるものを見付けたが、私はそれをスルーした。先ずは、現状を把握することが一番だと考えたのだ。


 一周してみて、そこが五畳くらいの部屋であることが分かった。そして──。

 この場所が私の部屋でないことも判明した。思い当たる場所もない。

 私とは何ら関係のない見ず知らずの場所であることが分かった。


──逃げないと──。

 私は背筋に冷たいものを感じていた。

 知らない場所に何故、居る──?

 誰かに連れて来られたとしか考えられない。

──だとしたら、私を此処に閉じ込めた犯人が戻って来る前に、何とか此処から脱出しなければならない。


 私は再び壁伝いに進んでいった。

 窓があり、その横に棚が並んでいるのが分かる。さらにその先──それらを無視してしばらく進むと、私の手に金属の突起が当たった。


──あった! ドアノブだ!


 部屋の間取りを調べるために、一度はスルーしていたドアノブ──。やはり、脱出するなら此処からしかないだろう。私はドアノブを両手で握った。

 そして、扉を開くために捻る。


──グッ……グッグッ!


 しかし、ドアノブは固定されているようで左右どちらにも回らなかった。

 当然、扉にも鍵が掛けられているだろう。

──つまり、私はこの部屋の中に閉じ込められてしまっているのだ。

 いったい誰が──いつ──なんの為に、私をここまで拉致してきて監禁しているのであろうか。

 何か手掛かりになりそうなことはないかと、思い返してみる──。


 何故か、目を覚ます以前の記憶を思い出すことが出来なかった。

 犯人の目星を付けることもできなかった。

 特殊な薬品でも嗅がされて、一時的に記憶喪失に陥っているのだろう。時間経過と共に戻ってくるとは思うが──得体のしれない誰かの監視下におかれているかと思うと、怖くなってきてしまう。

 恐怖で、自然と体がブルブルと震えたものである。


──この後、私にどんな運命が待ち構えているのだろう。

 拷問をされて殺されるのだろうか──。

 それとも、簀巻にされて海にでも沈められるのか──? お金を払えば、解放してくれるなんてことはないだろうか──。

──兎に角、早々にこの部屋から脱出したいものである。

 とても犯人が友好的な人間であるようには思えない。何か危害を加えられる前に──五体満足である今のうちに、ここから脱出する方法を模索することにしたのである。


 私は再び、部屋の探索に戻った。


 扉のすぐ横にスイッチらしきものがあるのを見付けた。一般の家屋の構造から考えると、恐らく電灯のスイッチであるだろう。

 私は試しにスイッチを押して、オンとオフを切り替えてみた。


──カチッ! カチッ!


 何も反応しなかった。

 電器が点灯するわけでも、他の何かが動作するわけでもない。

 もしかしたら、ブレイカーが落ちてしまっているのかもしれない。


 手詰まりか──。

 そう思ったが、いいや──と思い直す。

 ドアが駄目なら窓だ──。

 そう思って、一歩を踏み出した時である。


──あれ……?


──どうしたことか。

 私は突如、激しい眠気に襲われた。

 それも、睡眠ガスでも嗅がされたかのような尋常じゃない程の強烈な眠気──。瞼が鉛のようにズシリと重くなり、意識が朦朧としてくる。

 立っていることすら出来なくなり、私は床に膝をついた。


──駄目だ。眠っては……!


 頭の中では分かっている。

 眠っている間に犯人が戻ってきたらどうするのだ。

 チャンスは今しかないのである。

 それなのに──。

 私は押し寄せる睡魔に抗うことが出来ず、とうとう床に倒れ込んでしまった。

 そして、そのまま意識を失い──深い眠りの中に入っていったのだった。

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