第三章 過去との決別

第18話 色持ち魔法使いの変死事件

 私はそっと起き上がって、背伸びをした。

 部屋から出ようとしたら、ベッド脇にある籠の中からルルが飛び出てきた。

 片手に乗るくらいの小さな赤い鳥が小さくピィと鳴いて、私の肩にとまる。

 爪切りをしたばかりだから、肩に留まっても痛くはない。

 ルルはこうして、私の行くところにどこでもついて行こうとするのだ。


「おはよ、ルル」


 朝食を作るために、ルルと共に階段を降りていく。


「あ、そうだ。忘れるところだった」


 最近は新聞を取るようにしたのだ。

 森の中にこもってばかりだと世間の情報に疎くなってしまう。

 そのため、前に王都に行った時に父に新聞を取りたいとお願いしたのだ。

 玄関から出ると、冬の到来を告げる寒気が肌を撫でる。


 魔の森なのにどうやって新聞や手紙が届けられているかというと、郵便局にあるリッター家用のボックスとこの家の郵便受けを【転移の魔法陣】で繋いでいるからだ。

 父は簡単に使っている大魔法だが、普通の魔法使いにはできないことだから、やっぱり父はすごいな、と思う。


 ぶるりと身を震わせながら、ルルと共に郵便受けに向かう。

 黒い金属扉を開けると、そこには新聞と一緒に高級感のある封筒が入っていた。

 蜜で封蝋されており、そこにはグーラ公爵家の紋章がおされている。


「あ、クラウスからだ」


 先日、クラウスはグーラ公爵家の跡取りになった。

 病気だったお母さんが不死鳥の涙で回復したのは、ほんの二週間ほど前のことだ。

 じつはクラウスのお母さんは幼い頃から親戚のグーラ公爵に言い寄られていたらしい。

 けれど、亡き夫に操をたてて公爵をつっぱねていたのだが、彼女の病気が治って公爵がとても喜んでくれて、彼の献身的な愛情に感化されて結婚を決めたのだという。

 ──私の記憶の中では、クラウスのお母さんが亡くなってから、クラウスは公爵家に養子縁組されたのだが……そういう事情があったのか、と納得したものだ。

 愛する女性の子供達だから、公爵も引き取ろうと思ったのだろう。

 私は笑みを深める。

 クラウスは公爵家に入ったことで色んな勉強で忙しくしているようだが、彼からの手紙を読むと親子皆で幸せそうな様子が見て取れて、私も嬉しくなってしまう。

 クラウスはこうして時間を見つけては手紙を送ってくれていた。


「これは、後でゆっくり読むことにして……」


 なんとなく、手に持った新聞の大きな見出しに目に留まる。


『大賢者アガルト・リッターの裁判の行方は!? 色持ちの魔法使いの殺人事件との関係はいかに!? 待ちに待ったブラウン伯爵の起こした裁判、本日開廷!!』


 確かに、今日が私達の裁判の日だが……。

 ブラウン伯爵とその元妻の騒動は、かなり世間でも話題になってしまっているらしい。

 義母は血の繋がりがないのに私を伯爵との間の子だと偽って伯爵と結婚した。

 ……私がじつは英雄として名の知られた大賢者アガルト・リッターの娘であったことも、人々の関心を誘っているのだ。

 新聞の一面をさらりと読んで、私は顔をしかめた。


「それにしても……色持ちの魔法使いの変死事件か……」


 ──魔力が高いほど、瞳に色が混ざると言われている。

 そのため、色が一色でも混ざった魔法使いは『色持ち』と呼ばれて、かなり重宝されるのだが……ここ一ヶ月ほど、そんな高名な魔法使い達が三人も目玉をくり抜かれた死体になって発見されているのだ。


「でも……それと私達の裁判は、なんの関係もないじゃない……」


 なのに、面白おかしく想像と脚色で記事を書かれてしまうのだから困ったものだ。

 私が虹眼の持ち主で義母に誘拐されてしまったから、今起きている色持ち魔法使いの変死事件と何らかの関係があるのではないか、と騒がれてしまっているのだ。

 ちまたでは義母が犯人ではないか、という憶測が飛び交っているらしい。


「寒いのに、どうして外でずっと立っているんだ」


 突然、背後からそう父の声がしたかと思ったら、手に持っていた新聞と手紙をひょいっと奪われてしまう。


「あっ……」


 父は新聞の一面を見て顔を歪め、新聞を握りつぶした。


「……新聞取るのやめるか」


「いや、気になるし……ためになる記事もあるからっ」


 やんわりと読みたいというと、父は不承不承といったふうに舌打ちしつつ、新聞のしわを伸ばして渡してきた。


「あ、その手紙も……」


 クラウスから私に送られた手紙だ。

 返してほしいと訴えると、父は本日一番の渋面をした。

 そして「お前にはまだ早いからな……」と言って、パサッと封筒で、おでこを叩かれた。

 ちょっと訳が分からなかったが、返してもらえたので良しとする。



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