夕刻の神隠し

 次の休みの日、あの買ったキャンピングカーで家族そろってのお出かけだ。


「みんな、忘れ物ないか」

「もった」

「ばっちり」

「子供たちの分も確認したわ。大丈夫よ」

「それでは乗り込め。出発!」


 そしてこの家族、麻宗あそう家一同は、車に乗り込み出発した。


 最初は父、二郎じろうの運転である。名阪高速を西へ向かう。途中のパーキングエリアで母のかおると運転を交替する。


「やっぱりアクセルを強めても緩めても車体がすぐに反応してくれる。車はやっぱりMTよね♪」


 母はご機嫌で運転をした。


「もうそろそろ目的地に向かわないか?」


 母は途中で運転が楽しくなり、阪神高速環状線をぐるぐる回っていたのだ。


「せっかく楽しかったのに。ちぇ。じゃぁ行くわね」

「頭を冷やすため、新御しんみで行こうか」


 新御しんみというのは新御堂筋しんみどうすじの略称である。自動車専用道ではあるが、高速道路ではない。高速運転で頭がヒャッハーしている妻に、一般道路に出て速度を落とさせる。


「ごめんなさい。ちょっと頭が冷えたわ」


 新御堂筋しんみどうすじから府道2号・中央環状線に入り、そこから少しそれて目的地の万博公園に着く。


「ほら、これが太陽の塔だよ」

「わぁ、変な顔」

「大きいね」

「芸術は爆発じゃなくて分らないものなのね」


 予約をしていたので中も見学できる。赤や紫、様々な色にライトアップされた太陽の塔の内部は、様々なオブジェがあり、いくら見ても飽きさせない。


「なんか変なのがいるよ」

「わぁ、恐竜がいる!」

「みんな、階段疲れないか?」


 みな、階段を上っていく。発表当時はエスカレーターだったらしいが、今は普通の階段になっている。小さい子供には不安になる段数だ。しかし、子供たちは珍しいものに興味を惹かれて疲れは感じていないようだ。


 昇りはそれで良かった。下りも同じ階段だ。もう見た物だ。


「ママ抱っこ」


 長男がギブアップして抱っこをねだる。


「しょうがないわね」


 俺が長男を抱っこする。長女はお姉ちゃんぶって疲れているのに弱音を吐かず、一番下まで降りきったのだが、


「ママ抱っこ」


 太陽の塔を出てすぐ、長女もギブアップして抱っこをねだる。仕方がないので、長女も担ぐ。


「まだあのケンタ、食い放題やっているだろうか?」

「それよりファミレスにしましょ」


 府道2号・中央環状線の北側の高いところにあるファミレスで食事にすることにした。みな、おいしさに満足したようだ。


 妻が高速ヒャッハーしたせいで、ゆっくり滞在する時間がなくなり、そのまま帰路につく。今度は俺が運転する。しかし、予想通り、名阪道は渋滞していた。


「この渋滞、どこまで続いているのかしら。退屈よね。私が運転じゃなくて良かったわ」


 黙れこのヒャッハー妻!と、心の中で叫び、止まっては進み、また止まっては進みを繰り返していた。低速のろのろ運転は、MT車では手も足も忙しい。


「子供たちの様子はどうだ?」

「ん?今は2人ともぐっすりと眠っているわ」

「そうか」


 しばらくして、完全に車が止まった。


「ちょっと何よこれ!あと5キロも渋滞じゃない!」


 妻がノートパソコンかスマートフォンで道路状況を確認したのだろう。そんなことを叫んだ。


「ちょっと静かにしないか。子供たちが起きるだろう」

「…ママ、なぁに?」

「…ママ、怒らないで」


 結局子供たちが起きてしまったではないか!この考えなしが!


 起きてしまったものは仕方がない。


「次のサービスエリアで休憩にするぞ」

「分ったわ」


 キャンピングカーなので、トイレの心配はないが、サービスエリアに着くにはあとどれくらいかかるであろうか。気が滅入めいる。


「空が赤らんできたわ。もうすぐ夕暮れね」

「そうだな。帰る着く頃はもう暗くなっているだろうな」


 そんな話をしていると、前が何だか変に明るい。スイッチを触っていないのにフォグライトが点いてしまったか?この車、フォクライト、付いていたっけ?そんなどうでもいいことを考えていると、一瞬視界がぐにゃりとゆがみ、目の前が暗くなった。


「何これ!どうなっているの?」

「知らん。でも落ち着け!」


 そうこう言っている間に、また視界がぐにゃりとゆがみ、灰色のローブを着た怪しげな人間たちに取り囲まれていた。


「ここどこ?」

「分らん」


 後の世に言う夕方の神隠し事件である。誰に説明しても信じてもらえなかったが。まぁ、それは何年も後の話なのだが。


 とりあえず、前にも後ろにも人がいる。いて通る訳にもいかぬので、停車処理をする。ニュートラルにしてサイドブレーキを引いたのだ。窓を開け、


「あなた方、どなた?何故我々を取り囲んでいるんだ?」


 声をかけてみた。


「!”#$%&’()~」


 外国語が返って来た。意味が分らない… と、一瞬思ったが、「おぉ、召喚が成功したぞ!」と、頭の中で、意味が追いかけてきた。嫌な予感がする。


「え?何?外国人に取り囲まれているの?」


 妻が慌ててそんなことを言う。嫌な予感はますます深まった。


 取り囲んでいる妖しげな男たちをかき分け、1人の白いローブを着た男がこちらに近づいてくる。


『神に願いが届きましたぞ!おぉ勇者殿!召喚に応じていただきありがとうございます』

『自分の意思で来たのではないがな』

『そんなつれないことをおっしゃらないで。まずは我々の話を聞いて下さい!』

「お父さん、言葉、分るの?」

「パパ、分らない」

「二郎、何を言っているの?」


 クソ!言葉が通じるのは俺だけか!


『妻と子供がいる。通訳しながらの話になるが、それでも良いか?』

『おぉ!家族連れとは!いいですともいいですとも。お話を聞いてくれるのであればこちらは待ちますとも!』

「勇者殿!召喚に応じていただきありがとうございます!だと」

「え?何それ?ずいぶんなファンタジー展開!」

「知らん。とりあえず、通訳しながら話すぞ」

「えぇ。分ったわ」


 とりあえず、通訳しながら話す。


 何でもこの平和だったザガンガ王国が、最近魔物に襲われる件数が徐々に増えてきており、勇者を召喚して悪の魔王を倒して欲しいそうな。どこのRPGだ!クソ!


『もう日も暮れ始めております。詳しいお話しは明日にすることにしましても、まずはこの変わった馬車をしまってお城にお越し下さい』

『それでは案内の者に同乗してもらおうか』


 そう言うと、灰色のローブを着た者は下がり、1人、こちらにやって来た。ドアを開けてやり、助手席に乗せ、指定されたところに車を止める。


「案内してくれるそうだ。みんな、降りるぞ」

「分ったわ」


 車の鍵を閉めてその灰色のローブの男について行く。家族はきょろきょろして不安げだ。


 とある大きなドアの前で灰色のローブの男は止まると、


『勇者様のおなーりー』


 と、大きな声で叫ぶと、ドアが開いた。


『ささ、部屋にお入り下さい』


 部屋に入るとメイドらしき人が4人、それぞれ案内し始める。それぞれ指定したところに座ると、先ほどの白ローブの男が上座に座る。


『日も暮れてきたことですし、お腹もいてくる頃でしょう。詳しい話は明日にして、今日はご飯を召し上がっていただいて、その後お部屋に案内致しますのでお休み下さい』

「詳しい話は明日にするから今日はメシ食って寝ろだってさ」


 不安ながら夕食にする。昼が遅かったのであまり腹はいていないのだが。夕食は薄味だった。昼はファミレスだったから特にそう感じたのかも知れない。


 食事の後、部屋に案内された。どうやら客を泊める部屋らしい。風呂もある。ノートパソコンは車に置いてきた。暇だからスマートフォンを覗いてみた。ん?アンテナが4本立っている。試しにブラウザでなろうを見てみた。日本に居るときのように繋がり、表示された。


「おい、かおる!電波はつながるぞ。連絡手段が絶たれたわけではなさそうだぞ」

「え?あなた本当?」


 妻もスマホを取りだしていじり始めた。


「ホント、つながるわ。不思議ね。おぼえのない場所なのに」


 とりあえず、ツイッターに無事であるむねを書き込んでおいた。そうこうしている間に風呂の準備が済んだようだ。


「みんな、風呂に入るぞ」


 4人で風呂に入った。着ていた服は洗濯に回され、こちらの服が用意されていた。みな、それに着替え、また、スマホを取り出し、ツイッターを見た。


”先輩、無事って何かあったんですか?”

”見知らぬ土地で泊まることになった。どこか分らん。でも、電波は届く。不思議だ”

”先輩って方向音痴でしたっけ?”

”高速道路で渋滞で止まっているうちに見知らぬ土地に来てしまった。周りは外国語をしゃべるし正直何が起こっているか分らん。とりあえず無事なことだけ伝えたかったのだ”

”明日には家に帰れるといいですね”

”本当にそうだな”


「あなた、子供も見て下さいな」


 スマホをしまい、子供の髪を乾かしベッドに上げる。4人で入っても十分な広さだ。


 子供を寝かしつけると、妻はスマホをいじり始めた。いつもならベッドの上でスマホをいじるなと注意するところだが今は緊急事態だ。無事なことくらい知人に知らせたいだろう。俺もスマホを取り出しナビを起動させると、


「おい、かおる!ナビを見てみろ!今、海の上にいることになってるぞ」

「え?海?ちょっと待って」


 しばし待って、


「あら、本当ね。海なんか見えないのに」

「どうなっているんだ?」

「とりあえず、無事なことは知らせたし、もう寝ましょ」

「そうだな」


 そして先が見えない不安の中、眠ることにしたのだった。

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