もしもの世界~夢野こもり~儚いは散る
僕に才能はない
第1話夢の話①
「みなさんこんばんは!現在の時刻は18時を向かえました。楽しい華金を過ごしてください。わたくし大統領からは以上です」
また来てしまったと少し後悔する。あたりは政府専用パネルが1棟1棟に備え付けられた高層ビルが並んでいて、それらに囲まれている。この世界を訪れるとあの男は毎回この挨拶をしてパネルから消えてしまう。
ゴゴゴゴゴゴ
「いらっしゃいらっしゃい。シャイシャイシャ~イ」
男も女も老人も若者も様々な種類の人間がビルの隙間から急いで屋台を引いて現れる。するとカレーやおでん、ラーメンなど様々な匂いで鼻はいっぱいになる。
「お腹すいたな」この世界に来ると毎回現れる屋台にいつも通りの言葉が思わず出てくる。
「じゃあウチによってくかい」ハチマキを巻いた53歳の墨田太郎が声をかけてきた。
「じゃあお願いします」
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サク。ジュ。……あ~~。
墨田のおじさんの店が出すメンチカツは美味い。牛肉と豚肉の割合は7:3できつね色にしっかりと揚がった衣に包まれ、咀嚼を重ねるとどんどんと肉汁が溢れ出てくる。
「兄さんどっから来たんだい」緩み切っているであろう顔をした俺に向かって墨田のおじさんは質問をしてくる。俺は困ってどこかです、と答えるとさらに名前はなんだと質問を重ねてきた。
「名前はそうだな……光って字が入ってそうな顔だな」思いついたように言うと、今度はさっきまで揚げ物を扱っていた左手を腰にあて、空を見つめ始めた。そして10秒も経過すると、うんお前は光一だ。俺は77回目の光一への命名をされた。
「光一、メンチカツが一番美味いか?」
「まあうまいです」
「さすが味がわかるな。うちの店はメンチカツが一番美味くてな……」俺はこのメンチカツを食べられる喜びと76回も聞いた話をまた聞かされるのかというめんどくささに挟まれながら、メンチカツの作り方講義を受ける。
「そしてここで大切なのは……ラードなんだよ」
「ですよね。油の匂いが全然ちがいます!」(唯一この世界に来てためになったことといえば、ラードで揚げ物を作ると美味いことを知れたことだ)
ドーン!!急に墨田のおじさんが使っていない年季の入った中華鍋を叩いた。するとまわりの屋台からも金属音が聞こえてくる。ドーンやギーンのオンパレードだ。
「なんですかこれ」「すまないね光一。俺達は7時になると音を鳴らす習慣でさ」まるで生活音のように当たり前に聞く音だがとても耳を塞がずにはいられない。せめてこっちの世界に来るときにはポケットに耳栓を用意して欲しいものだ。白地のTシャツに短パンはダサすぎる。友人なんて人が俺にいて外出して遊ぼうとなったら絶対にこんな服装はしない。
「しかもあと10分ぐらいしたら面白いものがみられるぜ。あっちの方へ行ってきな。もう店は閉めるからよ」そう言っておじさんは食器や道具を片付け始めた。
俺はまたおじさんについて知らないままこの世界から消えてしまう。何か新しいことを今回こそは知りたい。そう思って俺は聞いた。
「おじさん名前は」「墨田だ。今度会えたらよろしくな」
墨田のおじさんは屋台を引いて次第に小さな米粒となり、そしてビルの間に消えていく。俺の気持ちと異なった言葉を口は放ち、そしてあっちに向かって俺の体は動いていく。墨田のおじさんはあのタワーで何が起きるのか知っているのだろうか。なら、勧めたりしないよな。
俺の足は大統領によるショー《地獄》を見るためにタワーに近づいている。そのショーのフィナーレでは必ず人が死ぬ。いやだ、また見たくない。そんなことを考えても7分に及ぶショーは行われた。そして俺はベッドの上で目を覚ました。
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