第11話 エアスト防衛戦






 ES社に手配された場所への引っ越し作業は、彼らが面倒な手続きをサポートしてくれたので非常に楽な物であった。


 荷物の片付けも殆ど終了し、迅翔はやとは若干の戸惑いを抱えながらも新居を自身の環境へと作り変えていた。

 彼自身ES社に対して色々疑問はあるが……貰える物はありがたく貰う精神を貫く事にし、深く考えずCAへログインした。



 ジン迅翔はいつもと同じくプレイベートルームで目を覚まし、格納庫に向かえば完璧に整備されたアルゴンが佇む。

 だが今日は少し違い、まだネイトがアルゴンのコックピットで作業をしていた。


「ジンさん、おはよう!」

「おう、おはよう。アルゴンはもう出せるか?」

「ん~……システム面での調整がもう少し必要だから、もうしばらくは無理かな~……。あ、機体を起動するのにエントリーボタン押して貰っても良いかな?」

「お安い御用だ」

「助かるよ。まだ作業があるのに、うっかり停止させちゃってね……サブジェネレーターから機体OSはある程度の調整が出来るんだけど、コレばっかりはアルちゃんの方の調整もしなきゃで。つまりメインの方を起動しないと――」

「おーっと、長くなるようなら俺は外を散歩してくるぜ!!」

「いってらっしゃい、多分五分位で終わるからね~」

「了解、頼んだぜ!」


 また話が長くなると感じたジンはさっさとアルゴンを起動させ、プライベートルームを飛び出しメビウスをほっつき歩く事とした。


 彼自身、ネイトは嫌いでは無いしCAの話も嫌いでは無い。

 だがネイトは一度火が付くと話が長くなる癖があり、ジンはそこが苦手だった。


「――ねぇタイト、やっぱり僕にここまでの機体は扱いきれないよ……」

「大丈夫、お前なら使いこなせるって! 一回騙されたと思って行ってみろよ。な?」


 そうした事を考えながら暗い宇宙そらを眺めていたジンは、タチの悪い詐欺師が如き押し売りをしているリンカーとすれ違う。

 絡まれているリンカープレイヤーには悪いが、ジンも絡まれない内にさっさとその場から離れる事にした。






 ――――――――――――――――――――






「ただいま~」

「おかえり~、作業終わったよ!」

「お~、サンキュー!」

「良いってことよ! じゃ、次の戦闘でも良いデータを期待して待ってるよ!!」

「おっ、おう……」


 それだけ言い残すと、ネイトは勢いよく走り去っていった。

 やや呆気に取られたジンが改めてアルゴンのコックピットへ座ると、左のサブモニターには見慣れた顔の少女が現れる。


「おはようございます、マスター」

「おう、おはよう。調子はどうだ?」

「良好です。マスターの雑な戦闘と、ネイトさんの丁寧な整備によって性能が僅かに向上しました」

「そうか、そりゃ良かった。……けど雑って何だよ雑ってよぉ? 」

「ですがマスターが戦ってくれるお陰な事に変わりはありません、ありがとうございます」

「……おう」


 アルは感情が乏しいながらも、本当に嬉しそうな顔と声色をしていた。

 “自身のお陰”と言われて悪い気のしないジンは腕を組み、コックピットの座席に深く腰を掛ける。


「――さて、今日はどうするかねぇ……」


 引っ越しの最中、ジン迅翔は掲示板を眺めるついでに色々と調べていた。

 その中で彼はとある攻略サイトを発見し、入り浸らない程度に情報を集めたのだ。


 そのサイト曰くレベリングミッション1はチュートリアルの確認であり、レベリングミッション2からがリンクレベル稼ぎの本番……だそうだ。


 ただしジンが次のレベリングミッションである3を受けるには、もう少し実戦経験を積む必要があるらしい。

 そうした情報をアルへ伝えると、答えはすぐに返ってきた。


「稼働時間を取るだけであればヒューゲル試験場が良いでしょう。ですが戦闘データも取るのであれば、こちらのエアスト防衛任務が良いかと」

「ほう? んじゃそこ行ってみるか」

「了解、出撃準備を開始します」


 アルによって示されたミッション、その内容は拠点警備とされていた。

 拠点攻略や明確な侵攻の存在は明言されておらず、ジンは簡単な任務だと予想している。


 ――暇なら素振りでもしていれば良いだろう……


 そんな甘い考えを抱えたまま、ジンはルブルムへと降下した。






 ――――――――――――――――――――






 アルゴンは通算四回目の降下を完了した。

 そのパロットであるジンは、逆噴射に必要な距離が以前より短くなっている事によってアルの言葉を実感している。


 だがそうした余韻もそこそこに、アルゴンは行動を開始した。


「エアスト周辺、防衛圏内はブースターやレーザー兵装の使用が制限されます。戦闘区域には注意して下さい」

「りょーかい、りょーかい!」


 クァドラン粒子によって多くの動植物は滅んだが、極僅かに適応した種類が存在する。

 それが今回二人の降下した森に生える巨木達だ。


 全高三十メートル程度はある機体を優に超える木々の隙間、そこをアルゴンはレーザーライフルを手に持ち彷徨さまよい歩く。

 しばらくするとマップに敵機反応が出現し、その情報をアルが読み上げた。


「敵機確認、Typeクルスのローラー型一機です」

「ほ~、一匹なら負ける訳が……って、逃がすか!」

「深追いは禁物かと思いますが?」

「今回は一機だけ何だろ? 行ける行ける!」


 敵機クルスを見つけたジンは直ぐにレーザーライフルを向けたが、ボールはアルゴンに背を向けて逃走を図る。

 油断しきったジンはこの機を逃すまいと、クルスの背を追いかけた。


 だが彼がペダルを踏んでもブースターが起動する事は無い。

 ならばとレーザーライフルを構えるが、いくらトリガーを引いても銃弾が発射される事は無かった。


「――ッチ、何だ! 機体の不具合か? 」

「いいえ、当機はエアストの防衛圏内に侵入しています。設定された規則により、ブースターやレーザー兵装等の使用が制限されました」

「うぉっ、マジか!」

「マジです。……同型機、五機の増援確認。注意して下さい」

「マジか~! 嘘だろぉ!!」


 味方を付けたボールは総勢六機の群れとなり、反転してアルゴンへと攻撃を仕掛け始めた。

 ジンは一旦レーザーライフルを捨ててバスターソードに持ち帰るが、木々の間を縫って攻撃してくるボールに対して防戦一方となっている。


 口では慌ててはいるジンだがパニックに陥っている訳では無く、ある程度の攻撃を防ぎながら次の行動を模索しているのだ。

 やがてジンは一つの結論を導き出し、機体アルゴンを大きく跳躍させて逃げる事にした。


 何かあると飛んで避けようとする……。その行動は空を主戦場とするジンが、VフィーアFフリューゲルの時から持っている癖の一つだ。


「――流石にここは分が悪いよな。何とか向こうの広場に誘い出しを……なッ!?」

「ここはまだ防衛圏内です、ブースターは使用出来ません!!」

「クッソ、ミスった! 」


 だがそれの手段は、この場エアスト防衛圏内では使用出来ない物である。

 ジンはその事を完全に忘れていた。


 するとアルゴンは中途半端に浮かんだ状態となってしまい、クルスのミサイルで容易く撃ち落とされる結果となる。

 爆発の振動と墜落の衝撃はコックピットにも響き、ジンの身体を襲っていた。


「グッ……被害はどの程度だ!!」

「左脚関節部に重度の損傷、先程のような行動は無理かと」

「マジか! ってかバスターソードどこ行った!? 」

「左後方に落下しています」

「うわぁ、そりゃどーも……」


 機体情報を表示している右サブモニターの大半を赤く染め上げ、マトモに動くことの出来ないアルゴン。


 相手もこれほど大きな隙きを逃すはずが無く、群れの内の一機がアルゴンへ向けて近づき始めた。

 機体を確実に行動不能とする為、コックピットか頭部をゼロ距離で撃ち抜くつもりなのだろう。

 ジンは機体を右足で立てさせ、格闘戦で対処しようとした。


 だが突然アルが叫ぶ事により、その予定は変更となる。


「――マスター、機体を左へ寄せて下さい!」

「は? 急に一体何を……」

「早く!!」

「何だか分からんが、分かった……よッ!! 」


 ジンは立たせていた機体を伏せ、両手と辛うじて動く右足で地面を蹴る。


 アルに言われた通り左へ機体を寄せると、さっきまでアルゴンが存在した場所を通過していた。

 それはアルゴンに飛びかかっていたクルスの脚部に命中し、先程のアルゴンと同じ様に墜落していった。


「朗報ですマスター、ここから先はエアストの防衛圏外になります」

「オッケー。……んじゃあ、コイツで最後と行くか!」


 ジンへ無防備な背中を見せるボールは、脚部の損傷により動けなくなっているらしい。

 アルゴンはブースターで強引に動いて接近し、至近距離から肩に取り付けられたレーザー砲を乱射した。


 もはや八つ当たりの勢いで撃たれたそれはミサイルコンテナに命中、誘爆してクルスを木っ端微塵に砕いた。

 他の敵機クルスもただ見ている訳では無くミサイルを発射してきていたが、ジンは急いでバスターソードを拾い防御した。


 左足は今だ使う事が出来ず、移動がしにくい。

 ジンは肩のレーザー砲で牽制し、ブースターで無理やり機体を動かして一機ずつバスターソードで斬り付けて回った。

 その戦法はジンお得意の物であり、彼は慣れた手付きでクルスの集団を殲滅させた。


「――ふぃ~。雑魚だから、簡単な任務だからって侮っちゃダメだなぁ……。にしてもさっきの銃撃、一体どっから飛んできたんだ?」

「地形データと弾道から推測した狙撃ポイントに機影を確認。狙撃手は黒色の軽量逆関節機です。通信を繋ぎますか?」

「頼む」


 左のサブモニター、アルの隣には黒い軽量逆関節機が映し出される。


 ジンとしては助けられたのだから、一言お礼を言いたかった。

 だがそうした行動が、必ず好意的に捉えられるとは限らない。


「さっきの狙撃はアンタがやったので合ってるよな? 助かった、ありが――」

「――ごっ、ごめんなさい! 余計な事だったのは自分でも分かってます、僕はこれで……!!」


 黒い機体はそれだけ言い残すと反転し、紫電を伴った黒い霧を纏って消え去った。

 かなり攻撃的な見た目の機体だったが……音声で知り得る限りだと、非常にやわな青年が操縦しているようだ。


「えっ、マジかよ……。機体とパイロットって比例しないんだな」

「マスターは彼に何かしたんですか? 過剰に恐れられていたようですが」

「何もしてねぇよ。……でもあの声、最近どっかで聞いたな」

「やはり何かしたのでは?」

「だーから何もしてないって言ってるでしょーが!!」


 ジンは相棒アルに抗議しながらアルゴンを操作し、バスターソードで地面を叩いた。






 ――――――――――――――――――――






 黒い機体を操るプレイヤー、彼はエアストに近づくグルムを迎撃するミッションを受けていた。

 だが実際は似たような依頼を受けている、低レベルリンカーの取りこぼしを可能な限り始末するという仕事だ。


 彼の機体は紫電を伴う黒い霧を払い、幾人かのプレイヤーが取り逃がしたクルス達へ接近戦を仕掛ける。

 その機体は遠距離向けなのだが、こうした近接戦も行える優秀な機体だ。


 スペックの差はそれなりにあり、クルス達がその数を減らすのにそれほど時間を必要としなかった。


「ふぅ……今ので最後かな、ツグミ」

「お疲れ様、ユウトくん。多分そうだと思うけど……あらら?」

「どうしたの?」

「まだ取りこぼしが居たみたいね。しかも運が悪い事に、エアストじゃなくてルーキーくんの居る方向に行っちゃったわ」

「向こうってエアストの防衛圏の近くじゃなかったっけ? 大丈夫かな……」

「まぁお手並み拝見と行きましょう? ああいうグルムを倒すのが、彼のミッションでしょうし」


 黒い機体のパイロット、ユウトはしばらくルーキーを観察することにした。


 しばらくするとルーキーもクルスを発見したのだが、ユウトから見ても彼は相手を深追いし過ぎている。

 しかも自身が防衛圏内に入ったのに気付かなかったらしく、何度か慌てた様子でレーザーライフルのトリガーを引いていた。

 だが銃口から銃弾が飛び出す事は無く、ユウトが取り逃がしたクルスと別働隊のクルスが合流してしまった。


 ルーキーの彼も分が悪いと感じたらしく、相手を誘い出す為に跳躍したのだろう。

 だがその跳躍は中途半端であり、ボール達の格好の餌食となって集中砲火をくらってしまった。

 ルーキーの機体は墜落しただけでなく左脚に損傷が発生しており、簡単に言えばピンチ状態に陥ったらしい。


「――僕にもそんな時期があったな……。って、そんな事を思い出してる場合じゃない! 助けなきゃ!!」

「助けるって……今から近づいても遅いと思うよ?」

「うん、分かってる。だから、コレを使う……」


 ルーキーとユウトの距離は離れており、先程のような近接戦が間に合わないのは明白だ。


 ユウトは使いたくなかったのだが、この黒い機体を作った人物に無理やり持たされたハンドガンを取り出した。

 そして右手中指のトリガーを短押ししてロックオン、即座に長押しへと切り替えてハンドガンを構えクルスに照準を合わせる。


 向こうクルスこちらユウトに気付いてない。

 後ろにルーキーの機体は重なっておらず、ここが絶好の狙撃タイミングだろう。


 だがその瞬間、彼の脳裏にとある記憶が浮かぶ。

 その記憶はユウトの指を震えさせ、トリガーを引く事を躊躇させた。


「……でも、今はっ!」


 ――今は怖気づく時じゃ無い!


 そう自分に言い聞かせて震えを抑え込むユウトだが、僅かな判断の遅れがクルスとルーキーを重ねてしまった。


 当初考えていた射線は使えない。ユウトはトリガーに指をかけたまま……僅かに目を閉じる。

 彼の脳裏にはどこをどう撃つのが最適か、いくつものシミュレーションが駆け巡った。


 やがてユウトは最高の一手を考え付き、直様すぐさま実行へ移した。


「――ここだ、ツグミ!」

「はいは~い、任せて頂戴」


 ユウトにとってツグミは最高の相棒バディだ。

 彼女はユウトがどこをどう撃つのか察し、ルーキーのバディへ合図を送った。


 そうした直後にユウトの放った銃弾はクルスの脚部へ命中し、その身体を二回ほど回してから静止した。

 そうして墜落したのがあの位置であれば、ルーキーの機体も防衛圏内から外れて制限が解除されるだろう。


 ユウトの予想は当たり、ブースターやレーザー兵装を使えるようになったルーキーは他の敵機クルスをも簡単に倒した。


「――ふぅ……」

「お疲れ様、ユウトくん」


 久しぶりの狙撃による緊張が抜けたユウトは、操縦桿から手を離した。

 だが彼に休まる暇は無く、すぐにルーキーからの通信が入る。


「さっきの狙撃はアンタがやったので合ってるよな? 助かった、ありが――」

「――ごっ、ごめんなさい! 余計な事だったのは自分でも分かってます、僕はこれで……!!」


 ユウトは機体を即座に反転させ、紫電を伴う黒い霧……光学迷彩を使用して逃げる事にした。

 きっと今の自分は酷い顔をしているだろう。


「ルーキー君にも、悪い事しちゃったかな……」

「ユウトくんがそんなに心配する事は無いと思うよ」

「ごめんねツグミ。でも、もう二度とあんな事はイヤなんだ……」

「……そっか」


 ――ツグミは本当に良い相棒だ、僕には勿体ないほどに……





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