第16話
十八、
「あのタイバ相手に
見るからに屈強なその
「
実際のところアルキンがポルト酒に混入させたのは薬用の人参であり、
(ーーまったくこっちの心臓がもたんよ!)
ラムルはのほほんとした
アルキンとラムルが身を寄せたのは、ザイロンに拠点を置く
いびつな円をなすザイロン城市のほぼ中央部に
広場に程近い裏道に面したその邸第は、格別大きいではないが独立した一軒家であった。三十半ばの剽悍な面構えの鏢頭は、アルキンの昔馴染みである。
独り身にもかかわらず、邸内や小さな庭はこざっぱりと整えられていた。職業柄、
月のある晩だった。山からの夜風が
串焼き肉を薄切りの玉葱と一緒にほおばっていたラムルは、ふとそれに気づいて、危うく肉を喉につまらせかけた。いや露台の三人ともが、まるで砂漠で蜃気楼の雪山に出会ったようにポカンとなったのだった。
いつの間にか庭先に人影が出現していた。ほんの一瞬前まで、確実にそこに居なかった小さな人間が、次の瞬間に忽然と存在していたのだった。
いとけない
彼女が、
「
いち早く反応したのは、
茫然となった鏢頭が二投め、三投めと続けるが、白刃は少女を傷つけることなく、ことごとく消え失せるのだった。
「
声音が硬質な響きを含んだ。白い
「
「お待ちを!」
「ご無礼の段、お怒りはごもっともなれど、平に平に、ご容赦願いまする!」
急いでラムルも、それに
「〈黒嶺〉の方とお見受けいたします。我等は、
「
頭を垂れたままのラムルに、冷厳な言辞がふりそそぐ。
「それは……」
一瞬、言葉につまったがラムルは、すぐさま思いの丈を吐き出した。
「何のかかわりもございませぬ。しかし!」
顔を上げたラムルは、少女の瞳をまともに見据えた。
「
ラムルは頭を下げたままにじり寄る。
「何卒、お願い申し上げ奉ります!」
ゴツッと音がするほど、ラムルが
しばらく間を開けたのち、少女が口を開く。
「
少女の呆れたような口調からは、害意が薄まって感じられた。
ラムルは再び顔を上げ、
「はい。
*
どうやら矛を治めてくれたようなので、気味悪がる鏢頭をなだめすかして、少女を
遠慮会釈なく、というより、ごく自然に身についた所作で少女は、上座におさまった。ひょっとすると、見た目どおりの上つ方の
「それはーーワルラチの仕業であろう」
ラムルが出くわした怪異の説明を聞いて、ファランがそう洩らした。
怪異の原因たるその男が〈黒嶺〉に居たことを、ファランは認めた。だが今はもういないのだと言う。ワルラチ、というナリン風の名は、〈黒嶺〉でそう呼ばれていただけで本当の名前かどうかも疑わしい。南方系の浅黒い肌と
「成る程……ホーロンにおったかーー。〈己の
ファランの笑みには、自嘲の色が含まれていた。
〈黒嶺〉の邨人は、仲間殺しの落とし前をつけんがためワルラチを捜していたが、これまで手がかりは掴めていなかった。ワルラチのしのぎは、己の〈
「そのワルラチの〈力〉とは、いかなるものでしょう」
ラムルの問いに、ファランは逡巡してみせた。いくら忘恩の徒とは言え、同じ〈
「
ラムルは、アルキンと顔を合わせて頷きあった。それは正に、ラムルとサラが目撃した怪異と瓜二つである。
「ワルラチはその力を、
「ということは、もしやーー?」
アルキンが、問うた。ファランが頷く。
「ワルラチは、一年もの間、己の〈力〉を使わずに済んだ。それは明らかに彼奴をかくまう者がいるということだ。言い換えれば……」
「ワルラチは単独犯ではないーー」
ラムルが引き取った。ワルラチが、己の邪な嗜虐性を満たすためにサラとラムルを襲ったのであれば、危険の度合いは兎も角、構図は単純である。しかし、何者かが二人を狙い済まして
ラムルは、胸騒ぎをおぼえた。ホーロンにサラを残してきたことが正解だったのか、判然としなくなった。一刻も早く帰って彼女の
卒然とラムルは立ち上がった。
「待つんだ」
アルキンがそれを座らせた。
「気持ちは分かるが、もう少し話を聞こう。ファラン様、ワルラチが隠れていそうな場所に心当たりはございますか」
ファランが思案顔になる。
だがラムルは居ても立ってもいられなくなって、再び立ち上がった。
「すぐに帰りましょう、アルキン殿。あとは我らの手でどうにかするしかーー」
「まあ、待ちやれ」
ファランの澄んだ声が割って入った。
「ワルラチは、我らの獲物でもある。それに、ホーロンという
そういうとファランは、ほっそりとした指を不思議な形に閃かせた。
異変は瞬く間に察せられた。屋内だというのに、先般と同様に忽然と人間が出現したのだった。
それは、
「お召しにより
「マルガ。ワルラチが見つかったぞ」
頭を上げた女の声は鋭く尖り、双眸は爛々と
「
「無論だ、マルガよ。だがさしあたって其の者らに助力してワルラチの居所を突き止めよ」
マルガは二人をちらり、と
「一人で充分ーーいえ、足手まといにございます」
これには、さすがのラムルも
「ボルとつなぎを取るのだ、マルガ。
「ボルですと! お言葉ですがあやつは……」
「言うな」
ハハッと女は再び頭を下げた。
「仰せのままに。ーーということは、ワルラチはホーロンに居るのですね?」
「うむ。この者らはホーロンの者だ。城内に明るい。忘れるな。目的はワルラチを確実に仕止めることだ」
「ーーはい」
再びマルガが頭を垂れると、今度はファランの姿が蜃気楼のようにかき消えた。
後には三人だけが残された。
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