斜め前には

大橋 仰

斜め前には

 斜め前には——

 憧れの川井聡美さんの席がある。



 俺の名前は岸快晴。彼女というモノの存在を身近に感じることなく17年過ごしてきた、人畜無害な好青年男である。


 そんな俺のピュアな心を激しく揺さぶる出来事が今朝から起こっている。

 俺の右斜め前の席に座る川井さんのシャツが、ごく一部だけ破れているのだ。


 その破れている場所が左脇で……

 左利きの川井さんが、ノートに文字を書き込むたびに、その……


 ぶ、ぶ…… ぶらっ、ぶらっ、ぶらじゃーが見えてしまうのだ!


 誤解を与えてはいけないのでハッキリ言っておく。俺は決してよこしまな気持ちでチラ見しているのではない。


 この惨事を一刻も早く川井さんに伝えようと、機会をうかがっているだけなのだ。

 本当だからな?


 しかし…… こんなのどうやって伝えればいいんだよ?



 休み時間。俺の右隣の席に座る、バカな悪友が俺に声をかけてきた。

「おい、岸。お前、何チラチラ川井さんのこと見てんだよ?」


 しまった…… バレてたのか。嗚呼、これで俺の高校生活はおしまいだ。


 きっと明日から、『左脇チラ見野郎』とか『エロ光線でシャツを溶かす男』とか言われるんだろうな……


「まあ、川井さんって可愛いから、オマエの気持ちもわかるけどな」

 ハァ? 何言ってんだコイツ? そうか! コイツは川井さんの左脇で起こっている惨事に気付いてないんだ。


 そうだ。川井さんの真後ろの席に座っているコイツには、座席の配置的に川井さんの左脇事案が見えないんだ。


 嗚呼、俺はなんとか明日からも高校生活を続けて行けそうだ。



「でもなんかさぁ、川井さんもオマエのことチラチラ見てるんだよなぁ。ひょっとして川井さん、オマエに気があったりして?」


 ハァ? またまた何言ってんだこのバカは? みんなに優しいクラスでも人気者の、超美少女川井さんが、俺に気があるわけないだろ?


「なあ岸。試しにコクってみろよ? 案外上手くいくかも知れネエぞ」


「おい、俺のバカな悪友よ。俺は今、座席配置の神様に感謝の祈りを捧げているところだ。これ以上、俺のピュアな心をかき乱すのは止めてくれないか?」


「えっ! そんな神様いるの?」


 イネーよ、バカ。


 そんなバカな悪友の驚きの言葉を残して、3限目の始まりを告げるチャイムが鳴った。


♢♢♢♢♢♢


 4限目の理科室での授業が終わった後、俺は筆箱を理科室に置き忘れていたことに気付いた。そのため、俺は今、もう一度理科室へと向かう廊下を一人で歩いている。


 向こうから憧れの川井さんが歩いて来たと思ったら…… なんだろう? 周囲を見回している。ちなみに、今、俺達の周りには誰もいないんだが。


「あ、あの、岸くん。ちょっといいかな?」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めた川井さんが、俺に話しかけてきた。


「あっ、う、うん」


 俺のピュアなハートが、17年分の期待を込めたビートを激しく刻んでいる。



「あのね。私、ずっと岸くんに言おうと思ってたことがあるんだけど……」


 これは…… ひょっとして来るのか? 俺にも青春の日々ってヤツが来るのか?



「こんなこと私に言われても、嫌な気持ちになるかも知れないけど……」


 そんなこと、あるわけないじゃないですか! むしろ、このまま天に召されるんじゃないかって心配ですよ!



「じ、じゃあ、思い切って言うよ!」


 お、お願いします!



「け、今朝けさからずっと、岸くんのズボンのファスナー、あいてるよ!!!」


 そう言うと、川井さんは一目散に、自分の教室目指して走って行ってしまった……



 ホントだ…… 俺のズボンのチャックが全開だ。中から俺の可愛くないパンツがご挨拶してやがる。


 そうか…… 座席の配置的に、川井さんがちょっと後ろを振り返るだけで、俺の下半身で起こっている珍事を、容易に発見することが出来たんだな……


 いや、ちょっと待てよ。それにしても川井さんの反応、あまりにも過剰すぎやしなかったか? ひょっとして………… パンツの前穴から、俺の愚息が『おはよう!』とか言って、川井さんに挨拶してたなんてことはないだろうな?


ハァ…… 地獄に召される気分だ。



俺は座席配置の神様を呪った。


♢♢♢♢♢♢


座席配置の神様のつぶやき

『このブラジャーチラ見のエロガキめ。これは天罰じゃ!』

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斜め前には 大橋 仰 @oohashi_wataru

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