おこじょちゃん

来星馬玲

おこじょちゃん

「見ろまるで性癖が、現代にっぽんの掃き溜めのようだ」


 だしぬけにそう言うと、そいつはなおも強調するようにぼくのお宝ガレージキットを指差し、その指先をさらに部屋の中にある数多のフィギュア、タペストリー、キャンバスアート、ポスター、本棚に並べられた書籍、抱き枕カバー、CD、ビデオなどへ次々と向け、部屋の中をぐるりと一周したところで、ぼくの顔へ向かってその不作法な指を突き付けた。

 そいつはぼくが働く運送会社の同僚であるが、半年近いぼくとそいつの付き合いの中で、これほどの侮蔑のこもった眼差しを直視するのは初めてだった。

 そいつはなおも「見ろ、見ろ、見ろ。あー見ろ、見ろ」と音頭を取るようにして言い続けており、おれはお前とは違うのだと得意げになっていることを、ぼくに伝えることで優越感を得ようとしている風に思えてきた。事実、いつしかそいつの言い方は新しい娯楽を発見した者特有の歓喜へと変貌していった。


「ああ、わかった。わかったから」


 ぼくは片手をそいつの前にかざすことで視線を隠し、騒がしい客人を制した。


「いや、まさか、こんな異常性愛者が傍にいるなんてなあ」


 いちいちそいつの使う言葉が癇に障ったが、この手の輩は指摘すると己が与えた影響がより強いものなのだと思い込み、図に乗るのが相場であったから、ぼくは敢えてそれ以上火に油を注ぐようなまねはしなかった。


「ああ……きみの言うとおりだから、そろそろ帰ってもらっても良いかな」


 ぼくがそう言うと、そいつは一瞬真顔に戻ったが、すぐに表情を崩し、ぼくに向かってへらへらと笑いかけながら、ぼくがそいつに貸したエコバッグをぐいと突き出した。中には、さっきコンビニで買ったチューハイが数本入っている。


「何言ってんの、久しぶりに飲めるからって言ったのはお前だろ」


 そいつはまるでそこが己の定位置であるかのような自然な動作で、こたつの前の座布団に腰を下ろした。


 ぼくは自分の趣味と愛欲に忠実に生きる人間である。その為に生活に支障をきたすことも辞さない。

 他人に理解して貰えるとは端から思ってはいないが、今回は同好の士を見つけたのかと期待したが為に、布教の意義を込めてその場で意気投合したつもりだった同僚を連れてきてしまった。

 今にして思うと、ぼくは同調してくれる人間を欲したのかもしれないが、珍しく勇気を出して行動した結果は、後悔しか生まれないという惨憺たるものであった。

 そいつとの会話は、まあとりわけ面白くない仕事の話題ばかりで、奢りの酒が無ければ我慢できずにたたき出してやっていたかもしれない。

 そいつは、今一番面白いとそいつが勝手に思っている話題へ誘導しようと幾度となく試みてきたので、ぼくはそれをかわし続けるのに精いっぱいとなっていた。


「なんか寒いと思った。こたつの電源、入ってねえじゃん」


 ようやく気がついたらしく、そいつはこたつの中へ、ぼくの領域を侵すが如く手を突っ込むと、ダイヤルをガチャガチャと弄った。しかし、電気代節約の為に電源コードが繋がっていないのだから、そんなことをしても無意味である。

 最近流行りのレトロな炭火のこたつがあれば心地よさそうではあるが、このボロアパートの一室には、そんな設備はない。


「旦那様、あたたかぁいお味噌汁が出来ましたよ」


 耳から脳内へ染み渡る、澄んだ可愛い声が聞こえてきた。


「おこじょちゃん、ありがとう」


 愛くるしいくりくりお目目にふかふかの耳。獣毛で覆われたふくよかな胸の膨らみが強調されたエプロンに身を包んだ、この世の至宝。ぼくには勿体ないくらいと思いつつも、ぼく以外にこの娘を支えられる人間はいないのだという相反する感情が、ぼくの心中で至福のハーモニーを奏でる。

 ぼくは眼福のあまり、意識が天まで飛んでいたので、不作法な客人がおこじょちゃんに向かって見苦しい指を突き付けているのに気づくのが遅れてしまった。


「そして極めつけはこれだ」


 比較的温厚なぼくも、これには怒鳴りそうになったが、おこじょちゃんが白く毛深い手を伸ばして、お盆の上の味噌汁と山盛り炊き玄米を、こたつの卓の上に丁寧に並べているのを前にして、ぼくは思いとどまった。


「財産をダッチワイフにつぎ込んだって本当だったんか」


 そいつのダッチワイフという言葉にむっとなったが、財産をつぎ込んだのは本当であったので、黙っていた。

 そう、ぼくはおこじょちゃんを購入する権利を厳選なる抽選で獲得したその日に、親の遺産の定額貯金を使い果たし、所有する土地を全部売り払った。

 広い世界でただ一人、オーダーメイドのおこじょちゃんとの愛の巣を築き上げるという夢がかなった瞬間、ぼくのケモナー人生は最大級のクライマックスを迎えたのだ。

 その絶頂期が一生続くのだと思うだけで、視界の悪い車道をトラックで運転する日々もウキウキしたものとなる。この自分によく分らなかった積み荷の一つ一つが送り主に届けられる度に、着実にぼくへの収入に変換される。その収入は愛の巣を維持する為に使われるのだから、積み荷すべてがケモナー人生の糧になると言えよう。

 おこじょちゃんのメンテナンスの費用もかかるため、生活費を切り詰めねばならなくなったが、夜の営みを支える、精をつける健康食材と想像力を豊かにするオカズには細心の注意を払っている。何しろ、愛するおこじょちゃんのためでもあるのだ。

 それに比べてこの同僚はケモ耳メイドに発情する、程度の低い似非ケモナーであり、あるいはその先に踏み込めるかと期待したぼくが愚かだった。

 

 ふと、そいつがぼくの愛妻に対して卑猥な言葉を羅列し始めていることに気づいた。流石に許せることではなかったので、いよいよこの男を追い出そうとしたところで、おこじょちゃんが突然……。


「その掃き溜めの中でこの偏執狂の異常性愛者に生涯を捧げることを義務づけられたわたしの身にもなってよ」


 おこじょちゃんはそう言うと、ぼくのコレクションの『イタチ解体新書・改訂版』と『隔月刊ケモな女子第11号』を取り上げると、ぼくにとっての最良一番と対抗二番のページを開いてそいつに見せつけた。


「これよ、これこれ。わたしのルーツ!」


「流石はおこじょちゃん。ぼくのことをわかってくれているのはきみだけだぁ」


 あまりの感激にぼくは発情し、おこじょちゃんに抱き着く。


「それはまあ、好きでもない奴とだなんて、同情するなあ……」


 そいつが発した言葉にむっとなったおこじょちゃん。当然である。おこじょちゃんは時々ぼくに対して毒舌になるが、それはぼくへの愛情の裏返し。ぼくへの偏愛を否定されるとバイオチップが埋め込まれた頭脳に血がのぼり、オーバーヒート寸前になるのだ。


「はあぁ! この人は唯一無二の愛しの旦那様です!」


 切れたおこじょちゃん。抱き着いているぼくを引き離し、裸の上に羽織ったエプロンをたくし上げるとそいつの顔面にお尻を向けた。


「あ、ダメダメ、駄目だよおこじょちゃん。ぼく以外の男の人にそんなとこ見せちゃあ」


「あ、はい」


 おこじょちゃんの可愛いお尻がくるりんとぼくの眼前に向けられた。そこの周囲は毛深いが、ピンと立てられた尻尾の下の大事な部分はくっきり見える。あまりの眼福に、おこじょちゃんがしようとしていたことを、ぼくは忘れていた。

 一瞬の間をおいて、おこじょちゃんの肛門から凄まじい刺激と臭気を伴った黄色い液体が迸り、ぼくの眼球を直撃した。


「めがぁ! めがぁ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おこじょちゃん 来星馬玲 @cjmom33ybsyg

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ