転生したら犬でした! しかも飼い主は魔女でした⁉ ~成長し続ける災厄の魔獣は、主人の膝で眠りたい~

@Seedseed01190119

プロローグ1 ほーるいんわん!

 痛い。痛い。右の頬がとにかく痛い。手で触っても腫れているのが分かる。鏡で自分の顔を見るのが怖い。


(まじで痛い……)


 ――夕日が差し込む教室の中で俺は、殴られてない方の頬で頬杖をつき、三階から見えるグラウンドの景色をなんとなく眺めていた。時刻は五時半を過ぎ、部活動に励む野球部の声が聞こえてくる。


「はぁ……」


 そんな元気な声とは対照的に、俺の気分は沈んでいた。


「……ふ、ふふっ……なんだその顔?」


 ……殴られた頬がすげぇ痛い。明日までに治ってるよねこれ?

 

 こうなったのは自業自得のような気がする。何も考えずにいじめの現場に割り込んだからだ。

 

 俺は自他ともに認める鹿、子供の頃から中身が変わらないと評された馬鹿だ。

 テストの点数に限った話じゃない。記憶力が悪いくせに、忘れてもいいことは忘れない……要するに頭の使い方が悪い。

 

 だからこそなんだろうか、酸っぱく言われ続けた『困っている人は助けなさい』という言葉が忘れられない。考える前に体が勝手に動き出してしまう。いかつい不良達にカツアゲされてた男子を助けようと割り込んだ結果、このざまだ。

 

 口の中も血の味がする。母さんになんて言い訳しよう。


「困るぜホントに……」


「ふ……ふふっ」


 最近身の振り方についてよく考えるようになってきた。いいことなんて数えるほどで、ほとんどが損ばかりだ。

 今日は不良に殴られた、昨日はおじいちゃんを道案内して2時間学校に遅刻した、一昨日は川に落ちた猫を助けて風邪をひきかけた。……漫画かよ。いや、助けても特にお礼がないのがリアルだ。

 

 賢い行動ができるようになりたい。大人になっても治らなかったらどうしよ――。


「あっはっはっはっは!」


 ――いい加減にしろよお前。


「うるせぇテメエ!」


 もちろん自分のサガも悩みだけど、それ以上の悩みがある。椅子が後ろに倒れそうなほどのけぞって笑っているコイツだ。こんないい笑顔は中々見れない。


「何が面白い! 人が頭を抱えているときに腹を抱えやがって!」


「だっ、だってさ……今まで椅子に座るとなんにも集中できなくてボケーっとしてた奴が、急に窓際で、神妙な面持ちで黄昏るって! ……しかもなんか顔腫れてるし! 笑わせに来てるだろはははは!」


 『ヒーヒー』と、目に涙を浮かべて笑っているのは、小学校からの幼馴染である有野 悠奈ありのゆうな。成績優秀、スポーツ万能、ポニテが似合う美少女、人望ありと、社会に必要なスキルを標準搭載している化け物だ。


(コイツ……! 『どうしたの? 何かあったの?』とか言えねぇのか!)


 貴様には分かるまい! 矮小な一般ピーポー(スペルを覚えていない)である俺の悩みなど分かるまい!


「ふぅ、はぁっ……あ~笑い疲れた。で? 今度はどんなお節介したらそうなったんだ? 話しのネタになりそうなら聞いてやるよ」


「迷いなくクラスに拡散しようとするな! ばらすなら言わねーよ!」


「えー? ここまで引っ張っておいてもったいぶるなよ、


「ッ⁉」


 『犬』という単語に、体が無意識に強張る。俺が一番嫌いな生き物。


「い、いい犬っていうな!」


 ――。ユウだけでなく、クラスの奴らはみんな俺をそう呼ぶ。

 俺の名前である釜瀬健吾かませけんごから『嚙ませ犬』を連想させ、「なんか動きとかがいちいち犬っぽいから、犬だ」ということであだ名決定。浸透していった結果、クラスの皆までもが俺を犬扱い……これもういじめだよね。


「いい加減に認めろよケンゴ。相変わらず器量が小さい……身長と一緒だ」


「ムキ―ッ‼ 小さくないし! 170(ギリギリ)はあるし! ユウが176ででかいだけだし!」


「はいはいごめんごめん」


 笑いながら、『ヨシヨシ』と頭を撫でてくる。有野ファンクラブ会員の皆様ならドキッとするだろうシチュエーションだろう。だが俺にとってこれはゾワッとするシチュエーションだ。乱暴に手を退ける。


「触んな! 触んな!」


「ははっ吠えてら♪」


 これだよ。悩み2つ目。俺に対してだけ、異常な量のスキンシップ。おかげで俺は嫉妬に狂った奴らに目の敵にされている。昔はそれなりに距離があって、普通の友達だったはずなのに。


「良いではないか~♪」


 今も頭に触れようと何度も手を伸ばしてくる手を払い続けている。何百回と行ってきたやり取りだ。


「ふーっ! ふーっ!」


「そこまで露骨に嫌がるなよ……昔のケンゴはもっと『ユウ!ユウ! あそぼう!』って……私にゾッコンだったじゃないか」


 ニヤリと歪んだ目から見える暗黒サイコパス。今の発言で、過去を思い出し尻付近がゾワッとする。ニタリと口元を引き上げ、獲物を狙う様に距離を詰めてくる。


「っ! お、お前のその目が怖いんだよ!」


 昔は普通な奴だった。

 ある日を境に、俺に対する犬扱いが始まった。

 犬の尻尾を模した「大人のジョークグッズ」を、無理やりつけようとしてきたんだ。必死に逃げて、なんとか未遂に終わった。

 けれど、これをきっかけにユウに対する恐怖が刻まれ、迫りくるコイツを避け続ける日々だった。

 そもそもあれをどうやってゲットしたんだ? 恐ろしくて考えたくもない。


「これ以上近づくと防犯ブザー先輩の出番だぞ!」


「高校生にもなってそんなもの持ち歩いてるのはちょっと引くな。しかも男が」


 コイツから犬扱いされたり、触れられたりすると体が拒否反応を起こす。控えめに言って敵だ。


「もー、あの時のことは反省してるからさぁ、いい加減許せよ犬」


「絶対反省してない! だって今でも狙っているような目!」


「……………………ハハハ」


「その目やめろっ! 離れろ!」


「あぁん……。この塩対応は傷つくなぁ。残念だ」


 諦めたのか、がっかりした様子で俺から距離をとる。同級生を調教しようとするなんてサイコパス以外の何物でもないだろ。そんな奴に塩対応なんて当たり前だろ。塩まいたろか。


「……さてと、冗談はここまでにして話を戻すけどさ。お前を殴ったのは誰だ? 特徴だけでもいいから言え」


 ……汗。まずい、忘れてた。ユウはイライラを隠そうとすると逆にニコニコと笑うんだ。だからさっきからずっと笑っていたのかもしれない。また誰かを病院送りにするかもしれない。


 それは流石にまずい。何とかして言い訳しないと。

 この腫れは……えっと……。


「…………なんのことだい? これは口の中に弁当の残りを詰め込んでるだけだよ?」


 我ながら意味不明な言い訳だった。弁当の残りを持って帰って何の意味があるのか教えてほしい。


「へぇ? じゃあ私と半分こして食べようか?」


 きもっ!


「気持ち悪っ⁉ どうしてそんな気持ち悪い返しができるんだよ!」


「お前の苦しすぎる言い訳には負けるぞ。……はぁ……悲しきかな、飼い主に嘘をつくとは……」


「飼い犬扱いすんな! ……もう帰る!」


 ボロが出ないうちに話題を切り上げる。

 毎日こんなやり取りばっかだ。揚げ足ばかり取られる。ユウと一緒にいると疲れる。


「お、じゃあ競争な、よーいどん!」


「は?」


 ユウは全力で先に教室を出る。ガキか。

 ……いつも一緒に帰ろうとするのに、なんか珍しいな。

 

「まぁいいや……ゆっくり帰ろ………あれ? 俺のバッグない……あれ?」


『お、財布入ってるラッキー♪ もろたでー!』


 遠くからユウの声が聞こえる。

 …………………………………。


「………………あ! テメエ! 俺の持っていくなおらぁ!」


『反応が遅すぎるぞー!』


 ユウがスクールバッグを二つ持っていることに遅れて気付いた俺は、急いで追いかける。スポーツはユウに負けるが、ただ走るだけならまだ勝てる。校門を出るころには追い付き、バッグを取り返すことに成功した。

 『さすが犬、足は速いな』と言われ、褒められてるのか貶されてるのか迷ってから、怒った。



 ―――――



「なぁケンゴ、来週の3連休のどっかでカラオケいこう。デュエットしよう、デュエット」


 帰宅途中、いきなりユウが手を繋ごうとしてきた。それを軽やかに躱す俺。手慣れたもんだぜ。


「俺、忙しい、無理、残念」


「嘘ついたら犬耳付けるぞ?」


 ハリセンボンより怖い。


「やっ、やめろよお前ぇ⁉」


 バッと頭を押さえる。そんな俺を見てけらけらと楽しそうに笑うユウ。

 ……畜生、犬耳カチューシャつけられたまま登校したトラウマが……どうしてコイツは俺を犬にしたがるんだ。


「……そ、そういえばさユウ、サッカー部の田島先輩に告られたって聞いたけど、あれどうなったんだ?」


 今日のホットな話題にシフトだ。同時にユウから少し距離をとるが、自然に詰められる。


「ん? ああ、断ったよ。当たり前だろ?」


「当たり前なの?」


 どうやら眼中になかったようだ。あの二年生……御曹司だって聞いてたんだけど。かなりイケメンだったし、顔面偏差値だけで言えばお似合いなんだけど……。


「私が浮気などするはずないだろう。すでにケンゴという伴侶がいるというのに」


 でたよこの野郎。


「や、やめろよな! また勘違いされるだろが!」


 近くにユウのファンがいないことを確認する。

 ……よし誰もいないな。前は尾行されてて大変だったからな。


「もうお前と噂になるのはこりごりだよ……」


 あの日は思い出したくもない。敵意に囲まれる恐怖は貴様には分かるまい。


「イヒヒ♪ こんな美少女と噂になるんだ。男としては本望だろ?」


「はぁ? 寝言は寝て――いだだだぁ⁉」


 アイアンクローは鉄の味。


「……本望、だろ?」


 イエス以外は認めないと、鉄の爪が顔面をギリギリと締め付けてくる。細腕のどこにこんな力があるのか。


「ハイ嬉しいですっ!」


「よし」


 満足したのか、万力を離すユウ。コイツの近くにいたら命がいくつあっても足らんな。


「相変わらずケンゴは女子の扱いがなってないな。私だってそんな風に言われたら傷つくんだからな」


 俺だって傷つくんだからな(顔面)。


「へいへい、悪かったよ」


 女の子扱いを望むのなら相応の態度を見せてくれよ。と口に出せたらどれほど良かったでしょう。

 まぁユウは美人だし、時々見せる女性らしい仕草にドキッとするときもある。ちなみに今の俺の顔はメキッとしてる。


「……なぁ、ケンゴ」 


「ん」


 会話なく道を歩いていると、ユウが沈みゆく夕日をバックに俺に詰め寄ってきた。

 ……。しつこいし、懲りないな。


「――好きだ、愛している。卒業したら私と結婚しよう。絶対に幸せにするから」


 遊びの一切を感じさせない、全力の求愛が俺に向けられる。


「……」


 ユウはそれ以上何も言わない。真剣さを帯びた顔で、俺の返事を待っている。

 命短し恋せよ乙女、といったところか。赤らんだ頬からは緊張の色が見える。ユウの綺麗な顔が目に焼き付く。 


「ユウ」


 全身全霊で恋する少女からの告白を、俺は――


「ごめん。俺、首輪アレルギーだから」


 ヌルッと躱す。


「ううううううぅ~っ!」

 

 呻くなうめくな。


「いい加減しつこいぞ、ヤダって言ってるじゃんか」


 ずっと断ってるのに、毎日諦めずに告白してくる。美人だけど変態だ、人を犬扱いする異常性癖者だ。もし仮に一緒になってみろ、確実に犬小屋をDIYするぞコイツ。


「もー! あの時のことはほんとに反省してるって何度も言ってるのにぃ~! あれは一時に気の迷い、もとい性欲が爆発しただけなんだってばぁ!」


「爆弾の傍で安心して暮らせるかっ!」


 プンスコと半泣きになりつつもポカポカ叩いてくるユウ。

 性欲が爆発すると犬プレイ……? レベルが違いすぎてついていけない。


「どうすれば許してくれるんだよぉ?」


「いい加減犬って言うのやめような?」


「えぇ? えぇ? ……えぇぇ?」


 すげえむかつく顔してる。『冗談でしょ? ほんとにそれじゃなきゃダメ?』って顔してる。


「この野郎!」


「イヒヒッ♪」


 再びいたずらな笑みで俺をからかうユウ。告白が玉砕すると、いつものコイツに戻る。男女問わず人が集まってくる人気者な癖に、用がなくても俺の元まで来る。そしてTPOを弁えず俺への熱烈な求愛行動。

 おかげであらゆる所からのひがみが凄い。


「あぁ……やっぱり私にはケンゴが一番だなぁ。なんだかんだ言って私を完全には嫌いになり切れないところとか、私の誕生日に何をプレゼントしようか必死に頭を悩ませたけど結局妥当な物しか送れないところとか、毎日私との身長差が縮まってないかを確認するところとか、文句言いながら一緒に帰るところとか……………フフフ」


「きもっ……」


 背中に雪の塊を入れられたような悪寒が走る。何処まで俺を把握してるんだコイツ。


「昔はこんなに気持ち悪くなかったのに……」


 一体いつからこんな奴になったんだろう。小学生の頃のユウはもっと大人しかったのに。


「私をこんな風にしたのはケンゴだろう? 責任取って籍を入れろ」


「お、俺に何の責任が⁉ 一人で勝手にすくすくと変態に成長しただけだろ!」


「変態とは失礼な。曲がりなき純愛だよ。そしてこれからは二人で育むんだ……」


 ギュッと抱きしめられ、耳にフッと息が………。ぞわっ。


「ヒッ⁉ ご勘弁っ!」


 青ざめながら悠から距離をとる。耳から伝った不快感が全身に……あぁもう、幼馴染じゃなかったら通報してるからな、ホントに。この変態が他人に迷惑かけてないか非常に心配になる。


「……あのさぁユウさ、俺以外の人には絶対こんなことするなよ?」


 幼馴染として警告だ。俺はもう慣れてしまったから別にいいけど、人にジョークグッズつけようとするとか、体撫でまわすとか……絶対に通報されるからな? 本当に気を付けろよ。 

 

「……」


「? おいユウ聞いてんのか」


 ユウの方を振り返ると真っ赤に染まった顔で息を荒くしていた。目がギンギンになってる。

 ど、どうした、持病か?


「――! あぁ! 今のいいッ! 凄くキュンと来たッ!」


「へ⁉ なんの話⁉」


 反応を許さない速度で抱き着いてくる。きっとユウファンクラブ会員なら赤面して卒倒だろうが、俺は青ざめて気絶しそうだ。


「ぬおっ⁉」


 クシャクシャと頭を撫でまわされる。誰もがうらやむほどの美人の抱擁。それを喜ぶ余裕は俺にはない。貞操の危機だ。


「は、はやい! なんて無駄のない動きだっ!」


「偏に愛の技さ……あぁ、温かいなぁケンゴは……ゲヘヘェ」 


「きもっ⁉ 『ゲヘヘ』ってホントに言う人いるんだ⁉ 離れろよーっ!」


「断る。あ、でも一生一緒にいてくれるなら離れてやるよ」


「何て素敵な矛盾! 一瞬騙されそうになったよ!」

 

 じたばたと動いて抜けようとするが、がっちりホールドされているため抜け出せない。ユウは剣道で体を鍛えている。帰宅部の俺なんか簡単に拘束されてしまう。


「ハァ……ハァ……!」


 ああ! 鼻息やばい! 爆弾がやばい! リビドーがやばい! 俺の貞操もやばい!


 『マジで離せ!』と声を出そうとした瞬間――。



 我らを支えてくれていた母なる大地(アスファルト)がどこかに消えた。



「ふへ?」


「ん?」


 突然の浮遊感。

 唐突だった。まともに反応すらできなかった。夕日がかって赤いアスファルトに、漆黒の穴が開いた。


(え、なに――)


 直径5メートルほどの大穴が俺達を中心に突如として空き、俺達はその穴に引き寄せられるように落下していく。

 素っ頓狂な声を最後に、叫ぶ間もなく、意識が途切れた。

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