第9話「最後の戦い、最初の戦い」

 鳥、いや……天使だ。

 巨大な鳥の姿をした、それは紛れもなく熾天使セラフの輝きを放っている。

 距離が離れていても、その大きさに摺木統矢スルギトウヤも息を飲む。

 そして、すでに連中がパラレイドと呼ばれていた時代が、過去になったことをさとった。残党軍は、あくまで徹底抗戦する中で戦術ドクトリンを変えてきている。


「あっちのデカいの、あれは無人機だな」

「へ? 統矢殿、わかるでありますか?」

「動きに無駄がなさすぎる。つまり……正確に破壊と殺戮を実行するだけのマシーンってことだ。……で、クレア。端末が鳴ってるぞ」

「あ、は、はいっ!」


 わたわたとクレアが、携帯端末で通話に応じる。

 その横で、統矢は神鳥ガルーダごとき翼がゆっくり動き出すのをにらんでいた。

 恐らく、残党軍は無限に等しい戦力と補給を失い、こちらの世界線では手詰まりに近い状態まで追い込まれているのかもしれない。だから、セラフ級と呼ばれた一騎当千の人型機動兵器ではなく、AI制御の無人機に火力を集中制御させる。

 人間のパイロットも少ないだろうから、エンジェル級で無人機を援護する形だ。

 丁度、今までのパラレイドの戦闘パターンとは真逆になる。

 そうまでして戦いを選ぶ相手に、統矢は薄ら寒いものを感じた。

 クレアが素っ頓狂すっとんきょうな声をあげたのは、そんな時だった。


「とっ、とと、統矢殿! えっと、御巫桔梗ミカナギキキョウって人が……こ、この間のニューヨークの」

「ん? ああ、桔梗先輩か。なんだって?」

「それが、なんか……輸送中の廃棄資材が、誤って輸送機から落下してしまったらしく」

「なるほど、そういうことにしましょうって話かな。すると、廃棄資材ってのは――」


 突如、巨鳥が絶叫を張り上げる。

 空気を震わす高周波に、思わず統矢は耳を抑えた。

 もろに食らったクレアが、目を白黒させている。

 そして、次の瞬間……苛烈な閃光が走った。

 翼を広げた鳥型の無人機は、そのくちばしが左右に割れて光を放った。

 大出力のビームが、あっという間に突き抜ける。

 ワンテンポ遅れて、セイラムの街を地獄の業火ごうかが引き裂いた。


「っ! なんて火力だ! これじゃ街が……どうする、沙菊サギクっ!」


 衝撃波からクレアをかばいつつ、統矢は後輩の駆る機体を目で追った。

 渡良瀬沙菊の89式【幻雷げんらい改型零号機かいがたゼロごうきも善戦してたが、敵に数で押され始めた。1on1タイマンの状況では狂戦士バーサーカーの如き圧倒的な強さを誇る沙菊だが、どうしても単騎では十分に力を発揮できないでいる。

 そして、冷却の水蒸気を巻き上げる鳥型は、ゆっくりと首をもたげた。

 統矢たちを見付けて、再びビームの発射体制に入る。


「とっ、とと、統矢殿! あいつ、こっちを見てるであります!」

「まずいものを造ってくれたな……一機しかいないのがせめてもの救いか。人間を見付けて殺す機械らしいぞ、あれは!」


 震えてへたりこむクレアを、瞬時に統矢は肩にかついだ。米俵こめだわらでも持ち運ぶように、やけに軽い少女を乗せて走る。

 そして、背後で空気がゆらいで熱量が集束する気配。

 流石さすがにまずいと思ったが、今の統矢には未来が見えない。無数に分岐する可能性の、その全てを掌握する力は……

 だからこそ、今は全力で走る。

 見えない未来は、イコール存在しない未来ではないのだ。

 見えないからこそ、選ぶことに全力集中、手段がなければ自分で作る。

 可能性を信じて走る統矢は、背後で轟音を聴いて地面に伏せた。


「ここまでか……れんふぁ、千雪チユキ……ッ!? ……ん、これは?」


 統矢は蒸発することなく、熱した烈風の中で顔をあげた。

 勿論もちろん、両手で抱き締めたクレアも無事だ。

 そして、バチバチと何かが燃えて落ちる音。焦げ臭い、特殊繊維が熱量を相殺するために溶けてゆく音だ。

 振り向くとそこには……片膝を突いてうつむく、りし日の愛機が佇んでいた。


「これは……【氷蓮ひょうれん】、まさかお前なのか!」


 首から下を覆っていた、対ビーム用クロークが派手に燃えている。あれだけの高出力ビームだ、たった一撃でリアクティブアーマーがズタボロである。

 その下には、トリコロールカラーを包帯まみれにしたボディが熱を帯びていた。

 間違いない、あの日に大破して以来乗ってない、統矢と共に戦った97式【氷蓮】である。

 恐らく、長らく放置されていたものを突貫作業で応急処置したのだろう。

 仲間たちと手作業で修理した、初めて蘇った時みたいにスキンテープが装甲を繋ぎ止めていた。


「火は入ってる……よし! クレア、来いっ!」

「ほ、ほへ? こ、こここ、この機体は?」

「俺の戦友、そして戦友の形見だ」


 コクピットのハッチが解放されるや、駆け上がるようにして身を収める。そして、身を乗り出し手を伸べて、クレアを引っ張り上げるなりひざの上に座らせた。

 ハーネスで身体を固定している余裕はない。

 そのままハッチを閉める間も惜しんで、統矢は操縦桿スティックを握り締めた。

 隻眼せきがんのアイセンサーに光が走って、【氷蓮】は立ち上がる。

 そこへ、ビームの第三射が浴びせられた。


「距離を取るっ! なにか武器は……って、ない訳ないよな。桔梗先輩の仕事なんだから」


 次のビームもまた、統矢たちには当たらなかった。

 遅れて投下された巨大な剣が、地面に突き立ち遮蔽物しゃへいぶつになる。

 翡翠ひすいのような緑の輝きは、零分子結晶ゼロぶんしけっしょうで鍛造された大剣だ。

 結局、統矢たちの地球の科学では、零分子結晶の謎を解き明かすことはできなかった。研究しようにも、こちらの物理法則がほとんど通用しない。傷一つつけることができないのだ。

 一説には、刀身自体が時間と空間から隔離された、物質化した異次元という説もある。

 すぐに統矢は、ビームを弾いて尚も輝く剣へ手を伸ばす。

 そして、自分でも驚きの行動に出た。


「沙菊、周りを頼むっ! 俺は……俺たちは、あのデカブツを止めないといけないからな」

『統矢殿、住民の避難は完了してるとの話でしたが』

「その人たちにだって、帰るべき家、これからも生きてく街が必要だろ?」

『……了解であります。では、エレレートは統矢殿の獲物ターゲットということで』

「エレレート?」

『あの無人殺戮兵器の名でありますよ。以前、三度ほど遭遇したであります』


 エレレートとは、天使の名だ。

 つまり、その戦闘力はかつてのセラフ級に相当するということだろう。

 すぐに統矢は、膝の上で震えてるクレアの手を取る。


「やってみるか? クレア」

「へっ? じ、自分がでありますか!?」

「訓練は受けてるんだろう?」

「し、しかし、この機体は……戦時中の資料で見たであります。統矢殿がかつて乗った」

「やるなら急いだほうがいいぞ。戦場では、止まってる奴は次の瞬間には死ぬからな」


 一瞬にも満たない時間、クレアは考え込む素振りを見せた。

 そして、次の瞬間には彼女は操縦桿を握った。

 やや散漫な動きだったが、【氷蓮】が動き出す。

 追撃のビームを避けるや、街の大通りメインストリートでよろけながらも……幾度も蘇る機体リビングデッドが走り出す。次第に加速し、エレレートへ向かって疾駆する。


「統矢殿! こっ、この機体! これって」

「驚いたか? クレア」

「思ったより全然、動かしやすい!? えっ、なんで……エース仕様のハイチューンドだから、もっとピーキーなんじゃ」

「俺には千雪やラスカみたいな操縦センスはないからな。これは、一時期北海道でだけ生産され、集中配備されていた次期主力量産機だったんだ。そんな気難しいPMRパメラじゃないんだよ」


 そう、何度も修復と改良を受けて、【氷蓮】はパンツァー・モータロイドとしては破格の性能を持つに至った。

 だが、元からあった操縦性だけは、薄れる中でも消えなかった。

 手を入れてくれた人たちが残してくれたのは、統矢を生かすためだ。

 実は統矢は、大戦に終止符を打った英雄だが……突出した技量を持つパイロットではなかったのだ。DUSTERダスター能力があるだけの、ごく普通の幼年兵だったのである。


「……こ、これなら……これなら、自分でも動かせますっ! や、やりますっ!」

「ああ、多少は壊しちゃってもいいけどな。俺もクレアも死なない程度で頼むよ」

「はいっ! これが、実戦……これが、戦場! パパがいた場所、パパの空気……う、ううっ、うああああああっ!」


 クレアの闘志が絶叫する。

 そのがむしゃらな操縦に命を預けて、黙って統矢は見守ることにした。

 敢えて手は貸さないし、ピンチになっても手を出さない。

 既にDUSTER能力は失っていたが、わかっていたし信じられた。

 シミュレーターで訓練を受けだだけの人間には、戦争はできない。そして、戦争を生き残るには実戦を経験するしかないのだ。なにかを守って戦うには、その全てに生き残る必要がある。だから、経験を重ねるしか無い。


「クレア、上体がぶれてるぞ。操縦桿を通して、機体に意思を通せ」

「は、はいっ!」

「筋がいいな、昔の俺なんて……そりゃ、酷いもんだったからな」

「武器のセーフティは……それに、レンジ・イン? この距離で? モーションパターン・サンプリング……コンバット・ルーチン、アクティブ!」

「デカい得物えものだからな、殴れば当たる! ぶった斬れ、クレア!」

「了解ですっ! うおおおっ、パパの……パパのっ、かたきぃぃぃぃぃぃぃっ! うわああああああっ!」


 絶叫と共に、クレアが【氷蓮】を風に変える。

 全力疾走する【氷蓮】が徐々に、その機体の不安定さを塗り替えてゆく。

 スピードに乗って跳躍すれば、既にもう両手で剣を振り上げる姿は堂に入ったものだ。僅かな時間で、極限状態の連続を経てクレアは……急速に戦士のなんたるかを知る、その入口に立とうとしていた。

 放たれたビームの奔流ほんりゅうを飛び越え、灰被り姫シンデレラ硝子ガラスくつが振り下ろされる。

 数年ぶりに封印を解かれ、正式に廃棄物として書類上の整理を終えた【グラスヒール】が炸裂したのだった。

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