リレイヤーズ・エイジ - LAST JOURNEY -

ながやん

第1話「呪いよ、北の海に沈め」

 終わりの見えない永久戦争の、その終焉しゅうえんから……五年。

 西暦2104年、摺木統矢は北極基地に来ていた。かつて、反乱軍の最後の拠点として使われた、巨大氷山を貫き海中まで達する要塞である。

 使わず捨てれぬ旧世紀の核兵器を集め、貯蔵していた施設だ。

 そして今は……さらに危険なこの世の悪夢を、これから封じて眠らせる場所でもある。


摺木統矢一尉スルギトウヤいちい、IDと生体承認は完了です。どうぞ奥の方へ」


 厳しいセキュリティの、その最後のゲートを統矢はくぐった。

 ここから先は、完全に外界から遮断されたときの牢獄だ。チェックをしてくれた見張りの兵と別れ、統矢は一人で歩を進めた。

 空調が働いていても、かすかに肌寒い。

 その冷たい空気が、嫌に靴音を反響させた。

 無数の監視カメラに見られながら、一番奥の部屋を開く。

 なにもない真っ白な空間の中央に、椅子に座る男の姿があった。


「久しぶりだな、大佐。……平行世界の、もう一人の俺」


 統矢は、自分の声が上ずるのを感じた。

 直接会うのは、五年ぶりだ。

 あの最後の戦い以来、初めて訪ねた。

 その男は、まだほんの子供に見える。

 全身を拘束服こうそくふくでがんじがらめにされて、自分を両手で抱くようなポーズで椅子に固定されていた。

 彼こそが、未来からの侵略者……その首魁しゅかい、スルギトウヤ大佐だった。

 パラレイドと呼ばれた謎の敵性組織、新地球帝國しんちきゅうていこくの残党を率いた男である。


「フン、よく来たな。どうだ? 平和の味を噛み締めているか? 弱いもう一人の私よ」

「ああ、なかなかに満喫しているよ」

「そうか! それはよかった、ハハハハハハッ!」


 五年の月日が、統矢を大人にしていた。

 そして、リレイヤーズであるトウヤは年を取らない。

 あの日のままの姿で、長らく監禁されているからか以前にもまして狂気が冴え冴えと感じられた。彼は宿敵である統矢を前にしても、下卑げびた笑みを浮かべている。


「もう、れんふぁは抱いたか? よかったではないか。お前は私の復讐を潰すことで、自分の幸せを手に入れたのだからな」

「れんふぁとの間に娘が、いる。もう五歳になった」

「そうか、では想像しろ! 奴らが来る、必ず来る! こちらの世界線でも、監察軍かんさつぐんは必ず襲い来るのだ! その時お前は、れんふぁを、その子を! 守れるのだろうなあ!」


 トウヤが身を揺すると、ガタガタと椅子が震えた。

 事前に資料を見ているが、彼はこの五年間であらゆる自殺を試した。だが、ここは僻地へきちであっても、彼のための牢獄なのだ。スタッフはあらゆる手を講じてトウヤに死を許さなかった。

 リレイヤーズ、それは禁忌きんきのシステムに魂を売った永遠の咎人とがびと

 死ぬことで、違う平行世界へ生まれ直すことが可能なのだ。

 ゆえに、トウヤは絶対に死なせない。舌を噛み切ることも許さず、食事を拒否しても強制的に薬物と一緒に流し込む。そうして今日まで、違う世界線への脱出を阻止してきたのだ。


「さて、なぜ私に会いに来た? この五年、私を世界から切り離して……その間にお前は、勝者としての幸せを謳歌おうかしていた訳だが」

「……そうでもないさ。なかなか自由に家族にも会えないしな」

「ハッ! 思った通りだ! だろうなあ、今や貴様は危険人物だ! この私と、平行世界の同一人物! 加えて……誰もがうらやDUSTERダスター能力者だからな!」


 統矢は今も、人類同盟軍じんるいどうめいぐんのパイロットだ。

 だが、ここ数年はパンツァー・モータロイドに乗れずに事務仕事ばかりをやらされている。そして、事あるごとに実験の被験者として、世界中の研究施設に出張する毎日が続いていた。

 この北極へと立ち寄ったのも、その帰路での寄り道である。

 震える目を見開き、トウヤはくちびるの端を吊り上げた。


「世界を守ったお前を! 世界は守ってなどくれぬ! 次はお前が世界を憎め、恨めッ! 必死で戦ったお前は、もはやこの世界にとってモルモットでしかないのだ!」

「そうかもしれない。だとしても、俺はお前にはならないよ……スルギトウヤ」

「なるさ! 必ず! 何故なら、お前の未来の姿が私だからだ!」

「なら……もしそうなら、俺は未来にあらがう」


 ただ感受するだけの明日も、その先の未来もいらない。

 自分の未来は自分で探す、探して見付からなければ作り出す。

 もう、統矢はそう決めて生きてきた。

 状況は確かに不遇なもので、暗澹あんたんたる思いの毎日だ。

 それでも、世界が平和の尊さを噛み締めていられるうちは、平気だ。もう仲間が傷付かなくてすむし、愛する人の命が奪われることもない。

 戦争はもう、五年も前に終わったのだ。


「スルギトウヤ大佐。二時間後に永久冷凍刑が執行される。お別れだよ」

「そうか。なるほど、氷漬けにして永遠の仮死状態にしておけば、リレイド・リレイズ・システムによる生まれ直しは発生しない。フン、考えたものだな」

「お前はりんなと同じ場所にはいけない。もう、どこにもいけないんだ」


 それだけ言って、統矢はきびすを返した。

 もう、二度と会うこともないだろう。

 そして、スルギトウヤのような人間を二度と出現させてはならない。憎悪ぞうおの炎で自分すら焼き尽くす、得るものなき戦いの権化ごんげなど、二度と。

 だが、誰もがスルギトウヤになる可能性を秘めているのも事実だ。

 実際、統矢も死んだ更紗サラサりんなの復讐をするために、最初は戦っていたのだ。


「私を眠らせ、お前たちは生きるがいい! そして気付くはずだ! 誰かが必ず! 必ずっ! 次の戦争で私になる! そして、それは人類同士の戦いではないのだ!」


 背中はいつまでも、トウヤの叫び声を聴いていた。

 だが、もう統矢は振り返らない。

 何枚もの分厚い扉が閉まって、その奥へとトウヤは消えていった。再びセキュリティの外へと歩けば、警備の兵士たちも緊張感を滲ませ敬礼をしてくる。

 その目は、常に自分に向けられる怯えの色が見て取れた。

 大戦最強のエース、摺木統矢……その記録は、一切が抹消されている。変わって、DUSTER能力者という異能の超人兵士が、都市伝説のように恐れられているのだ。科学者たちは統矢の全身を隅々まで調べたし、その処遇を見れば一般の兵士たちも察して噂を連鎖させるのだ。

 小さな溜め息を零して、長い長い通路を抜ける。

 全てのセキュリティの外に出ると、殺風景な基地内に不意に花が咲いた。


「あっ、お疲れ様であります! 摺木統矢一尉でありますか?」


 若い少女兵だ。

 そう、いまでも人類同盟の各国は慢性的な人手不足にさいなまれている。幼年兵ようねんへいという制度こそなくなったものの、大量の戦災孤児が軍によって養われているのだ。

 だが、眼前の少女はどこか気品があって、人懐ひとなつっこいひとみには愛嬌がある。

 褐色かっしょくの肌で、白い髪を短く切りそろえている。

 まだまだあどけない表情で、彼女は統矢に奇妙な感情を注いでくるのだった。


「こっ、ここ、光栄であります。あの……その節は、父が大変お世話になりました!」

「お父さんが? 君、名は」

「ハッ! クレア・ホースト准尉じゅんいであります!」

「ホースト? も、もしかして」

「グレイ・ホースト中佐は、自分の父であります」

「……君、幾つ?」

「今年で14になりました!」


 かつて、一人の男が命を燃やした。

 大勢の仲間を宇宙へ送り出すため、捨て身で戦い、散華さんげしたのだ。

 その男の面影おもかげは、目の前の少女には感じない。

 可憐で愛らしいその表情は、恐らく母親似なのだろう。そして、瞳に宿した強い光は、それだけは恩人と全く同じ輝きだった。


「そうか、迎えの護衛……というか、監視の人間が付くとは知ってたけど」

「かっ、監視でありますか!? 自分はそんな……つつしんで護衛させていただきます!」

「ん、じゃあ頼むよ。飛行機のフライト時刻は」

「まだ一時間ほどかかるかと。しかし、天候が荒れてますので」

「そっか。……じゃあ、少しお茶にしよう。准尉、付き合ってくれ。君には話しておきたいことがある……君のお父さんのこと、そして仲間たちのことを」


 今、統矢の最後の旅が始まる。

 これから先、彼はこの世に唯一のDUSTER能力者として生きねばならない。それは、えてレイル・スルールをかくまい逃したことで、統矢自身が望んで背負った十字架だ。

 レイルが生きていることは、トウヤには教えなかった。

 トウヤもまた、レイルのことを聞きもしなかったのだ。

 それが寂しくもあり、自分との決定的な違いとなって統矢に自覚をうながしてくる。繰り返し何度も、俺は奴とは違うと……そう、呪詛じゅそのように心に念じて、統矢は少女と歩き出すのだった。

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