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死ねばいいのにと、東雲は何度思った事か。潜入中の組織は日本茶や紅茶を好む人間ばかりだったが、愛しい人のためだけにコーヒー類も淹れるようになった。今日も今日とてカフェオレを淹れている今だって、殺してやろうかと思っている。東雲は茶やコーヒーに何か混ぜる事が嫌いだが、こうしないと彼女は飲めない。
自分が彼女の事を殺す。野蛮だと思われるかもしれないが、それは簡単な事だ。掃除機で埃を吸い取るよりも、それは簡単な作業だ。
彼女に渡すこの飲み物に致死量の毒を入れれば良いだけ。もしくはあの小さな背中に銃弾を撃ち込むか、刃物で突き刺せば良いだけ。苦痛に歪む彼女の顔を、殺した自分だけが見られるんだ。顔が映る程の濃い色のコーヒーを見つめながら、きゅんと自分の胸中で何かが鳴った。青臭い言い方をするならば、ときめき。自分だけが彼女の表情を独占できる事への、隠しようもない確かな優越感。
歪んでいると、自覚は確かにある。けれど、それでも、何でも、どうでも良いんだ。自分以外の雄に関わる彼女の姿をいつまでも見ている羽目になるくらいなら。どんなに恋しく思っても愛していても、彼女は一生自分のものになる可能性は低い。東雲は潜入中の警察官で、彼女は敵対組織の愛人なのだから。なれない。なってはくれない。
なんて憎らしい人間だろう。同時に、なんて愛おしい存在なのだろう。相反する愛憎という感情が、自分の中にもあるとは。誰しもが愛の前には屈服するしかないんだ。愛とは恐ろしい。愛しいと思う者に殺意まで抱かせるのだから。
「夜空さん、出来ましたよ」
「ありがとうございます」
カップと添えられた菓子に顔を綻ばせる儚い命。己の手で散らそうと思えば散らせる
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