第94話 フランスの帰還者



<レオたちが部屋に帰って来て>


レオがソフィを見て軽くうなずくと小さな結界を張った。

ソフィと自分のいる場所にだけ、外部と遮断する結界だ。

これで結界内の情報は一切外に漏れない。

「レオ、私たちこれからどうなるのかしら」

「さぁ、わからないな。 だが、もはや普通の生活はできないだろう」

レオの言葉にソフィが寂しそうに目線を落とす。

「そうね・・それにしても中国で内乱なんて・・バカな帰還者がいたものね」

ソフィの言葉にレオが笑う。

「仕方ないさ。 こんな力を持ったんだ。 そりゃ何でもできるって思ってっしまうだろう。 僕も女王の前では言えなかったが、おそらく中国軍なんて全滅じゃないのかな。 魔法に勝てるはずがない」

「そうね・・でもそんなことをして何になるのかしら?」

「わからないな・・だが僕たちは自分のできることをするだけだ」


ソフィにもわかっている。

もし帰還者同士の戦闘になれば、凄まじい規模で被害が及ぶ。

都市など丸ごとなくなるだろう。

中国で内乱を起こした帰還者。

何が目的なのかわからないが、我々の存在を世界にアピールしたようなものだ。

これから面倒なことにならなければ良いが・・。

ソフィは静かに席を立ち、レオの結界を出て窓から外を眺めた。


<フランス>


スレンダーな体つきの美人が歩いている。

ゆっくりとした足取りでまるでモデルのような姿勢の良さだ。

行き交う男たちが思わず振り向くのも当然だろう。

その美人は気まぐれに微笑み返すが、氷のような眼差しだ。

男たちはゾクッとするようだが、それが恐怖によるものか快感によるものかは判断はつかない。

恐怖と感じとれる人間は正常だろう。

美人がしばらく歩いていると、後ろから3人くらいの男が付けてきていた。

美人は当然気づいていたが、知らない振りをして歩いて行く。

男たちが小走りに駆けて来て美人の前に回る。


「ヒュー! やっぱり見た目通りの美人だ。 な、俺の勝ちだろ?」

「あぁ、お前の勝ちだ。 しかしこんな美人、フランスの女優でもいないぜ」

「全くだ」

男たちは卑猥な笑いをしながら美人を囲んで話していた。

男の中の1人が声をかける。

「君、もの凄いきれいな目と髪をしているね。 今まで俺が見てきた中で群を抜いてるよ」

美人はその言葉を受けても微笑みを絶やさない。

「あぁ、俺もそう思う。 こんな女性に出会えるなんて、俺の人生って最高の時代に生まれたんだろうな。 ありがとう」

男はそう言うと女性の手を取り、甲の部分にキスをした。

女性も微笑みながら成り行きを見ている。

「もしよかったら、俺たちに何か飲み物でもご馳走させてくれないかな? こんな美人と時間を共有できるのなら、これほどうれしいことはない」

男たちは焦ることもなく笑顔で美人を口説いていた。


美人が声を出す。

「あなたたち、私が欲しいのかしら?」

!!

男たちは女性の声を聞いた瞬間に背筋が思わず伸びてしまった。

なんて澄んだ声なんだ。

まるで心を矢で射られたみたいな衝撃だ。

「うっ!」

「クッ!」

「ハッ!」

男たちは一瞬息をするのを忘れていた。

そして妙にソワソワしながら返答をする。

「「「たまらねぇ!!」」」

「も、もちろんだよ。 君が欲しいんだ」

男達は全員で大きくうなずいていた。

「そう」

女性はそう声をかけて微笑む。

そして続けて言う。

「では、交渉成立ね。 ありがとう」

美人はそう言うと、スッと動く。

男たちの間をすり抜けて背後へ出た。

「ふぅ・・あまりおいしくはないわね。 ゲスはゲスと言ったところかしら。 あなたたち匂いが臭いのよ。 人の匂いじゃないわ・・って、もういないわね」

美人はそう言いながら髪をかき上げる。


美人の後ろでは、男たちが着ていた服がそのまま人の形をしている。

するとすぐにヨロヨロと揺らめいてそのまま地面に舞い落ちた。

男たちは消滅していた。

フランスの帰還者、クララ:レベル32。

そのスキルで触れた者の生気を吸い取ることができる。

ドレインタッチ。

自分の魔力に変換できる能力だ。

普通は相手の命を吸い上げるほどではないが、意思を込めて吸収すれば低位の存在なら今のように消滅する。


クララはつけてくる男たちを判定していた。

そして断定する、ギルティだと。

クララのスキルで相手の核なる心の色や匂いがわかるようだ。

先程消滅した連中の心の色・・泥水のように濁っていてドブの匂いがした。

間違いなく生物としてはクズだ。

薬もやっていたかもしれない。

「この国は全然変わらないわね。 私もほとんどタイムラグもなく帰還できたようだけど・・どれくらいの人が帰って来ているのかしら?」

クララは周りをゆっくりと眺めて、また歩き出す。


歩きながらクララは思い出していた。

あんなアンデッドの領域に転移させられるなんて・・ありえないわ。

あの変態国、ブレイザブリクの連中め。

まぁ無事に帰って来れたのは良かったけど、いったいどうしてかしら?

一緒に召喚された連中は、うれしそうに英雄ゴッコを演じていたけれど、私はどうも苦手だった。

うさんくさい連中だと思っていたわ。

するとすぐに私だけ呼び出されて転移させられた。

簡単に言えば廃棄処分。

自分達と違う思想を持つ召喚した者達。

それらが従順でないと判明すると、知識を身につける前に殺処分か転移させる。

確か魔族領域や龍族に転移させられた者もいたという話だった。

笑いながら話していたっけ?


クララは復讐してやろうかと思ったが、どうでもよくなった。

自分の身の安全さえ確保できれば問題ない。

それにアンデッドの国って、案外居心地がよかったもの。

誰も無干渉。

意思があるのかどうか知らないけれど、生きるのに不自由はなかったわね。

ただリッチが鬱陶しかったわ。

私が転移させられたところが、たまたま運が良く、女性の神官だったというリッチ。

彼女からいろいろ学ばせてもらって、気が付けば黒魔術の上位者だもの。

・・・

・・

クララはそんなことを思い出しながら歩いていた。

そして背中に感じていた。

人が儚くなくなった気配、ディアボロスの糧となった人たちを。


「・・同じなのね・・どこでも人間っていうのは残酷なものね」

妙な気配だと思ったがそれだけだ。

クララはそのまま街の中を歩いて行く。


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