第88話 帰還



「テンジン・・この方向に行けば、この敵にたどり着けるだろうか」

俺は思わずつぶやいていた。

「テツ殿・・今すぐに移動すればおそらくは・・だが、あまりにも情報が不足過ぎるでござるよ。 帰還者のような雰囲気も感じない。 そして自分を完全に隠蔽できるスキルを持っているのかもしれない。 そんな敵であれば、我々が近寄っていけば必ず気づかれる。 そして高い確率で逃げられる。 くそ・・こんなに悲しい人の死を感じるとは・・拙僧の所業も許されるものではないが、これは明らかに異質なものでござるよ」

テンジンが難しそうな顔をして悔しがっている。

「確かに・・だが、こんな敵がいるのならいろんな国の帰還者の協力がいるだろう。 いや、無理かな・・」

俺は話していて自信がなくなってくる。

普通の人では、おそらく今世界で起こっていることなど、どうでもいいことだろう。

明日の生活のために動いているだけだ。


この死は、世界各地の帰還者には妙な気配として感じとられていた。

近くにいたテツたちには確実に人の死と感じられたが。


<アンナとクラウス>


メリケン首相の指令でロシアに再潜入していた。

ミシチェンコなどの妨害もなく、好きなように移動できている。

だが、情報という情報は得られなかった。

「クラウス、何もないわね」

「あぁ、そうだな。 俺たちがとらわれていた場所も何もなかったしな。 敵さんも後処理が上手なようだ」

クラウスがニヤッと笑う。

「はぁ・・これじゃ歯ごたえないわね」

「アンナ、油断はするなよ」

クラウスが釘を刺す。

「わかっているわ。 もうあんな思いはコリゴリよ。 それに・・」

!!

アンナがそこまで言った時だ。

「な、何なの・・これ? うぇ・・気持ち悪い・・」

アンナが口を押えてその場にしゃがみ込む。

「うぐ・・な、何だ・・」

クラウスもその場で片膝をついた。

「クラウス・・これって・・」

「あぁ、人が亡くなったようだ」

クラウスがうなずく。

「それほど離れていないわね。 近づいてみましょうか?」

アンナの言葉にクラウスは首を横に振る。

「ダメだ、アンナ。 これほど人が亡くなったのだ。 敵は相当なものだぞ。 それに相手の魔素すら感じないだろう。 俺たちに手の負えるものじゃない。 一度帰還しよう」

「そ、そうね」

アンナもクラウスの言葉に従う。


<クリストファー>


テンジンのところを離れ、シュナイダーの元へと帰る途中。

ディアボロスの結界が解かれ、テツたちが感じた雰囲気を背中から感じた。

クリストファーの足が止まる。

「な、なんだ・・この不快感は?」

クリストファーはゆっくりと振り返る。

「どこか・・どこか遠くで人が亡くなったようだ。 だが、この感じは・・普通じゃない」

クリストファーはその不快さを振り払うように移動を開始。

速度もほぼ全力に近い速度で移動をしていく。


<テツたち>


俺はテンジンたちと分かれて、日本に戻ることにした。

テンジンも長老のところに報告に戻るらしい。

サラもグァムに帰還するそうだ。

「テツ、デイビッドに会ったらよろしくしてあげてね。 彼・・結構いい人だから」

サラが別れ際に俺に言っていた。

そう言えば、そんなことを言っていたな。

俺的にはもう忘れていた。

「あ、あぁ、了解したよ」

俺も取りあえず返答する。

「では拙僧も失礼する。 テツ殿、これからもよろしくお願いする。 サラも気を付けて」

テンジンはそう告げると、サッと移動する。

「テンジンも気をつけてな」

テンジンはすぐに見えなくなった。

「じゃ、サラも元気でな」

俺もサラに挨拶すると超加速で日本に向かう。

サラが驚いていたようだ。

「ちょ・・ちょっと・・テツっていったい何者なの? ふぅ、私も報告しなくちゃ」


<テツ>


俺は超加速で移動している。

一気に日本海を渡り日本に到着。

クソウと会談していた場所へと戻ってきていた。

ドイツに出発して3日くらいが経過しただろうか。

何かとバタバタしていたからな。

時間を見ると16時を指していた。


俺みたいな一般人はクソウになかなか会うことはできない。

クソウと一緒だから問題なく移動できていたが、俺が単身では何かと手続きが面倒だ。

この施設に入るのだけでも、入り口で止められる。

警備員が連絡をして確認を取る。

しばらくすると、クソウ付きの行政官が迎えに来てくれた。

俺が航空機から飛び出した時にいた人だ。

行政官が笑顔で片手を挙げる。

「やぁ佐藤君、早かったね」

「あ、はい・・えっと・・」

「あ、そういえば名乗ってなかったね。 山本です」

「はい、山本さん、ただいま帰還しました」

俺が取りあえず返答をすると、山本が先導してくれた。


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