第87話 儚さ



「ミシチェンコ君、私は力をつけねばならない」

ディアボロスは言う。

ミシチェンコは大統領を見つめる。

「そして、もう大統領ではない」

「いえ、私にとってはあなた以外に大統領はいない」

「ありがとう、ミシチェンコ君。 だがね・・」

ディアボロスはそういうと、スッとミシチェンコの肩に触れる。

「だがね、ミシチェンコ君。 もはや国の運営などと遊んでいる場合ではないのだよ」

「え?」

ミシチェンコは驚いていた。

「私は早急に力を貯えていかなければならないだろう」

「ち、力を貯えるとは、いったいどういうことなのでしょう?」

「ミシチェンコ君・・私に余計な足枷は必要ないのだよ」

ディアボロスはそういうとミシチェンコを吸収し出した。

「あ・・だ、大統領・・」

ミシチェンコはそれだけの言葉を発すると衣服を残して蒸発してしまった。

同時に、ディアボロスの頬の傷が即座に治癒していた。


「ふむ・・君のエネルギーは1000人分以上の価値があったようだよ、ミシチェンコ君。 私の糧になれたのだ。 これで私と共にいればよい」

ディアボロスは次のことを考えていた。

あの宝具を持つ人間。

これくらいのたましいでは紙で覆ったくらいの防御力は確保できたかもしれない。

だが、全然足りない。

せっかく私の細胞と結びつけた家畜がいるのだ。

回収しなくてどうする。

人には寿命がある。

その寿命が尽きる前に回収しなければ無駄になる。

やはり早急に世界を回り、回収していくしかないだろう。

・・・

当然気づかれる。

人の魔素が一気になくなるのだからな。

1人1人回収などしていられない。

仮にすれ違いながら回収しても、足取りが把握される恐れがある。

ならば一気に回収して移動し、かく乱する方が良い。

取りあえず方向性を決めると、ディアボロスは結界を解いた。


この結界は外からの侵入には反応しない。

中から外に出られないだけだ。

外から入れないようにすると、確実に自分の位置が把握されてしまう。

とはいえ、今回は特別だ。

ディアボロスの細胞と融合していないえさだから結界をしただけだ。

ワクチンを打っている人間ならば、ディアボロスを中心にその範囲内であれば気分次第で回収されてしまう。

また、回収する時にはほんの少しだが無防備になる時間がある。

ディアボロスには危険な時間だ。

そこを狙われたら、相当なレベルの差がなければディアボロスといえども簡単に倒されてしまう。

これは結界のあるなしは関係ない。

ディアボロスはふぅと息を吐くと移動を開始した。


<テツたち>


ちょうどディアボロスが結界を解いた時だ。

テンジンも普通の状態に戻っていた。

サラの胸の話で少し盛り上がっていた。

!!

「な、なんだ?」

テンジン笑顔が急に消える。

俺も感じた。

「こ、これは・・無防備に人がなくなった時に感じる乱れだ・・あぁ・・力が抜けていくようだ・・ぁあぁ・・はかない」

「そんな・・いったいどこで・・」

俺とテンジンは同じ方向を向く。

サラも遅れて俺たちと同じ方向を向く。

「テツ殿・・この先で人が亡くなったようでござるよ」

テンジンが言う。

俺もうなずきながら答える。

「あぁ・・そのようだ。 だが・・うぅ・・力が抜ける。 なんて切ない・・雪が降って溶けていくような・・一体何が起きたんだ? この感じは狩られた感じだ。 戦って亡くなったような荒々しい感じではない」

「ちょっと・・確かに変な気持ち悪い感じだわ・・テツ・・泣いているの? だけどそこまでわかるものなの? 私も確かに人が亡くなったというのはわかるけど・・」

サラが不思議そうな顔で言う。

俺も自然と泣いていたようだ。

勝手に涙が溢れてくる。

「サラ・・俺やテンジンの特性なのかもしれない。 テンジンが戦って中国軍を倒した時には、こんな嫌な感じはしない。 普通の人の死だ。 だが、この乱れ方は違う。 なんと言うのか・・まるでろうそくを吹き消すようなはかない消え方なんだ。 だが、間違いなく人が亡くなったのはわかる。 いったい何が起こっているんだ・・」

俺は西の方を向きながらつぶやいていた。

「テツ殿・・どうやら本当の敵はこちらのようでござるな」

テンジンが悲しそうな顔をしていた。


テツたちが感じた命の揺らぎ。

ディアボロスの結界で閉じ込められていた人の最期の叫びといったものだろうか。

数百人規模の叫びが一気に解き放たれたのだ。

余程の感受性の鈍いものでもわかるだろう。

病院の廃墟や近寄ってはいけない場所に漂う妙な雰囲気。

残留思念とでも呼べばよいのだろうか。

それをテツたちは感じ取っていた。

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